事業承継とは、会社の「事業」を後継者に引き継がせることをいいます。
価値ある事業を次世代に承継することは、それ自体とても重要なことであるとともに、従業員の雇用を維持し、生活を守るという観点からもとても重要な問題といえます。
特に、中小企業経営者の高齢化が進んだ近年においては、事業承継は、我が国の喫緊の課題と捉えられています。
このように、事業承継は極めて重要な問題であるにもかかわらず、実務においては税務面での対策ばかりに重点がおかれ、法的リスクについて十分に検討がなされない傾向にあります。
その結果、株式の分散や、少数株主対策の失敗により、紛争に発展する事例が後を絶ちません。
そのような紛争リスクを回避し、円滑かつ安全な事業承継を実現するためには、事業承継のプランニング段階における弁護士の関与が重要となります。
弁護士が関与することにより、企業規模・株主構成に応じて、様々な手法のうちから、事業価値の維持・発展及び紛争予防の観点から最適な手法を選択することが可能となります。
これについては、大きく3つの選択肢があります。
いずれの場合においても、事業承継対策を検討する時点において既に株式が分散しており、経営陣に敵対する可能性のある株主が存在している場合においては、少数株主対策を講じることが重要となります。
現経営者に複数の相続人がいる場合には、何の準備もしていなければ、相続に伴い株式や事業用資産が複数の相続人に分散してしまうことがあります。
そうした事態を避けるためには、弁護士と相談し、事前に対策を講じておくことが重要となります。
事業承継を成功させるためには、株式の集約が不可欠です。
必ずしも、すべての株式を後継者に取得させる必要はありませんが、少なくとも、安定した経営権を確保するためには、定款変更・組織再編と言った重要事項において要求される株主総会特別決議の成立に必要な、総議決権の3分の2以上を後継者にて保有することが望ましいといえます。
後継者のみでは、総議決権の3分の2以上を保有することが困難な場合には、後継者に協力してくれる安定株主に株式を保有させることを検討する必要があります。
株式の集約に失敗した場合、例えば、本来は親族間の対立に過ぎないものが、株主総会にも持ち込まれることとなります。
ひとたびそのような事態が生ずれば、経営の安定は害されることとなります。かかる事態が解決されるまでの間、中小企業の強みである経営の迅速性が損なわれることになりますし、解決するために多額のコストを要することもあります。
そのため、親族内承継を計画するにあたっては後継者あるいは安定株主への株式の集約をいかに実現するかという観点が非常に重要となります。
相続発生前に、現経営者から後継者に、株式・事業用資産を贈与する方法です。そのメリットは、現経営者の意思に従って、確実に株式等を移転することができる点にあります。
後述の「生前準備型」の場合は、相続発生後に遺言の有効性が争われるなどの紛争リスクがありますが、生前に贈与しておくことでそのようなリスクを避け、確実に株式等を移転させることができます。もちろん、生前贈与の場合であっても、きちんと契約書を作成しておかなければ、後に争われるリスクがありますので、この点には注意が必要です。
デメリットとしては、①遺留分侵害の対象となり得る点や、②相続税よりも高額な贈与税が課せられる点が指摘できます。
もっとも、①の点については、経営承継円滑化法に基づく遺留分に関する民法特例を活用することにより、②の点については、暦年課税制度、相続時精算課税制度、事業承継税制等を活用することにより、ある程度のリスク回避が可能です。
相続発生前に、後継者が、現経営者から、株式・事業用資産を購入する方法です。
そのメリットは、対価を支払って取得するため、生前贈与と異なり、後に遺留分減殺請求権(遺留分侵害額請求権)を行使されるリスクを回避することが可能である点にあります。
後継者が購入代金を準備しなければならないことがデメリットといえますが、自社株の評価額が低い場合には、有用な方策といえます。
現経営者が、株式・事業用資産を誰に承継させるかを遺言により定めておく方法です。
遺言がない場合、後継者に株式を集約するためには、後継者に株式を相続させる旨の遺産分割協議が整わなければなりません。それができなかった場合には、株式が相続人間に分散することとなりますし、仮に協議が整ったとしても、協議が整うまでの間、経営の安定が害されることとなります。
生前に後継者に株式を取得させる旨の遺言を作成しておくことで、こうした事態を回避することが可能となります。
事業承継に遺言を活用するメリットとしては、生前贈与や売買を利用する場合とは異なり、①相続が発生するまでの間、現経営者のもとに経営権をとどめておくことができる点、②相続開始前であれば、いつでも撤回や変更ができる点が指摘できます。
デメリットは、遺言の形式に不備があった場合や、遺言能力(有効に遺言を作成できる能力)の存否に疑念を抱かれた場合には、遺言の有効性を巡り法的紛争に発展するおそれがあることです。また、紛争の結果、遺言の有効性が認められたとしても、紛争の解決までには相応の時間がかかりますので、それまでの間、経営の安定性が害されることになります。
現経営者が、死因贈与により、後継者に、事業を承継させる方法もあります。
具体的には、現経営者と後継者との間で、現経営者の死亡を条件として、現経営者の保有する株式・事業用資産を後継者に贈与する旨の契約を締結します。
そうすることで、遺言による場合と同様、現経営者が死亡した際に、後継者に株式等を承継させることが可能となります。
遺贈にはない死因贈与特有のスキームとしては、「負担付死因贈与」というものがあります。
これは、後継者が特定の義務・負担をまっとうすることを条件に死因贈与を約束するという契約を用いた手法です。
例えば、現経営者と同居して面倒をみることや、承継対象企業において勤続することといった負担を課すことが考えられ得ます。
もっとも、後継者が負担を履行したか否かについて相続人間で争いが生じる可能性があるため、負担付死因贈与を用いる場合には、契約書において負担の内容を具体的かつ明確に定めておく必要があります。
死因贈与のメリット・デメリットは、基本的には遺言と同様ですが、遺言ほどの厳格な形式は要求されていない点に特徴があります。
民法は、一定範囲の相続人に最低限の相続上の権利を保証しており、これを遺留分といいます。
相続人が複数いる場合、せっかく後継者となる相続人に株式・事業用資産を承継させたとしても、その結果他の相続人の遺留分を侵害することになった場合には、他の相続人から遺留分侵害額支払請求をされる可能性があります。このとき、ただちに株式が分散することにはなりませんが、後継者となる相続人は遺留分侵害額を支払う必要がありますので、株式の価値によっては多額の出捐を余儀なくされるおそれがあります。
かかる事態を回避するための事前の対策として、経営承継円滑化法は、遺留分に関する民法特例を定めています。
遺言が、遺留分を侵害する可能性がある場合には、この特例の活用を検討する必要があります。
株式会社では、定款に定めることによって、普通株式とは別に「権利の内容が異なる株式」を発行することができます。これを「種類株式」といいます。
以下では、種類株式のうち、事業承継に活用できるものをご紹介します。
議決権制限株式とは、株主総会において議決権を行使することができる事項について制限が付された株式をいいます。
これを活用すれば、現経営者の保有する株式の一部を無議決権株式に変更した上で、後継者となる相続人には普通株式を取得させ、それ以外の相続人には議決権制限株式を取得させる、といったことができます。
こうすることで、贈与税の負担等の関係で後継者に全ての株式を取得させることが難しい場合であっても、後継者だけに経営権を承継することが可能となります。また、後継者がすべての株式を承継する場合と比して、他の相続人の遺留分を侵害するリスクも低減されます。
拒否権付株式とは、一般に「黄金株」と言われるもので、株主総会や取締役会の決議事項の全部または一部について、普通株式による決議や取締役会決議とは別に、拒否権付株式を持つ株主だけの種類株主総会の承認を必要とするものをいいます。
先代経営者にて拒否権付株式を1株保有しておけば、普通株式の全てを後継者に生前贈与したとしても、先代経営者はいざというときには拒否権を有しているため、安心して後継者に経営を任せることが可能となります。
取締役・監査役の選任に関する種類株式とは、取締役・監査役の選任を当該種類株式を持つ株主を構成員とする種類株主総会で行なうものとする種類株式のことをいいます。
先代経営者において当該種類株式を保有しておけば、普通株式の全てを後継者に生前贈与したとしても、役員人事を掌握することで、後継者をコントロールすることが可能となります。
税務上の評価方式(財産評価基本通達に定められた評価方式)に従えば、経営者の保有する株式を後継者が取得する場合には、後継者以外の者が取得する場合と比較して、株価が高く評価されることが多く、課税負担が高額になる傾向にあります。
そのため、後継者の資力が不十分な場合には、現経営者の株式の全てを後継者が取得することに支障が生じます。
そのようなケースにおける対策として、従業員持株会を設立し、現経営者の保有株式の一部を従業員持株会に買い取らせることが考えられます。これにより、後継者の課税負担を軽減することが可能となります。
また、従業員持株会には、上述した税務上の効果の他にも、福利厚生策として機能するとともに、従業員の経営参加意識を高揚させるなどのメリットもあります。
株式交換・株式移転により持株会社を作り、その持株会社の株式を後継者に承継させる方法です。
既に設立済みの会社を持株会社にする場合には株式交換が利用され、新たな持株会社を設立する場合には株式移転が利用されます。
いずれも、持株会社は、その株式を対価として現経営者の保有する事業会社の株式を取得するため、現経営者や持株会社において取得資金を用意する必要はありません。
持株会社の株式を取得した現経営者は、持株会社を通じて、間接的に、事業会社を支配することになります。
この場合、後継者に承継させる資産は、既存会社の株式ではなく、持株会社の株式となります。
主たるメリットとしては、以下の点が指摘できます。
現経営者が2社以上の会社を経営している場合に、それらの会社を合併した上で、後継者に承継する方法です。
主たるメリットは、株価の引き下げによる税負担の軽減にあります。
具体的には、①合併により会社規模が大きくなることで、税務上の株式評価額が低くなる場合や、②債務超過会社のマイナス資産を取り込んで株価を引き下げることができる場合には、税負担の軽減が見込めます。
複数の後継者がいる場合には、新設分割により会社を複数に分社化し、それぞれの後継者に経営を引き継がせるという方法があります。
後継者同士の反りが合わず、1つの会社を承継させた場合には、将来的に後継者間で紛争が生じるおそれがある場合には有益な方法といえます。
役員や事業責任者といった経営陣が経営権を取得することをMBO(Management Buy-Out)といいます。
また、従業員等(従業員持株会を含みます。)が、現経営者から株式の全部または一部を買い取ることにより、経営権を取得する手法のことをEBO(Employee Buy-Out)といいます。
MBOやEBOを円滑かつ安全に実施するには、適切にスキームを選択し、株式譲渡契約書等において法的リスクに対して手当てをしておくことが重要です。そのためには、プランニングの初期段階から弁護士を関与させる必要があるといえます。
また、MBO、EBOの手法の一つとして、株式を買い取るための特定目的会社(SPC)を設立し、SPCにて資金調達を行うというものがありますが、この手法を用いる場合には、SPCの設立や、その後の組織再編手続にあたって弁護士が関与することが望ましいといえます。
親族内承継の場合には、株式・事業用資産を無償で譲渡することが多いですが、親族以外の役員・従業員等に経営権を承継させる場合には、経営権の移転は有償で行われることが一般的です。
有償で経営権を移転させる方法としては、主に、「株式譲渡」による方法と、「事業譲渡」による方法があります。
「株式譲渡」は、文字通り、現経営者の株式を後継者が買い取る方法をいいます。最もよく用いられる方法です。
「事業譲渡」による方法は、会社と後継者(あるいは後継者が株式を保有する受け皿会社)との間で事業譲渡契約を締結するというものです。
この方法を用いるメリットとしては、簿外の債務を承継するリスクを回避できることにあります。もっとも、事業の譲渡を受けたとしても、許認可は当然には承継されませんので、注意が必要です。
親族や従業員等から後継者を探すことができなかった場合も、M&Aを用いることにより、第三者に事業を承継することが可能です。
あくまでも「事業」を生かし続けることや雇用を守ることを目的とするのであれば、後継者が親族や社内の人間であることは必ずしも必要ではありません。
親族外・社外に広く承継者を募れば、最適な後継者(企業)を見つけられる可能性はより高まります。
その意味で、M&Aは、事業を生かし続け、雇用を守るためには非常に有効な方法といえます。
また、会社を清算(廃業)する場合と比べて、課税上の負担が少ない点でも、メリットがあるといえます。