衆議院選が真っ盛りです。
岸田総理は、総裁選で打ち出していた金融所得課税の強化につき見送る意向を明らかにしたため、野党から攻撃を受けています。金融所得課税の強化については賛否両論ありますが、現状の税制(所得税+住民税で20%)に対して富裕層を優遇するものとの声は根強いようです。
私も若い頃、金融所得に係る税率の低さ(かつては10%の軽減税率が適用されていたこともありました。)について、累進課税の税率と比較し、強く不満を感じていました。
『働いて所得が増えても多くは税金に取られる。もともとのお金持ちはお金がお金を稼いでくれて、それにかかる税金は安い。もともと持ってる人には到底かなわん。頑張っても損。』といったところです。
しかし、金融所得課税の強化が正しい方向なのか、疑問もあります。
もし金融所得課税の強化によって日本市場への投資が阻害され、上場会社の株価が下落するのであれば、多くの国民にとって損失だからです。
その理由は上場会社の株主構成にあります。公的年金や企業年金などの資金運用として日本株が投資対象となっているため、株価の下落は年金の運用に打撃を与えることになります。例えば、厚生年金、国民年金の運用に関わるGPIFは、基本ポートフォリオとして資産構成の25%を国内株式と設定しています。
『投資なんかしてないから関係ないわ。』という問題ではありません。個人として日本株に投資していなくても、株価下落の影響を受けてしまうのです。
日本の上場会社の株主構成はこの30年で大きく変化しています。下の図(全国証券取引所『2020年度株式分布状況調査の調査結果について〈要約版〉』より)を見てください。
1990年代に大きな変化が訪れています。「都銀・地銀等、生・損保、その他金融」、「事業法人等」が減少し、「信託銀行」と「外国法人等」が上昇しています。信託銀行は名義上の株主に過ぎませんので、「信託銀行」と「外国法人等」を合わせた保有比率は国内外の機関投資家の保有比率を表しています(保険会社を含める例もあります。)。2020年度を見ると、機関投資家の保有比率が50%を超えています。
この変化の原因はバブル崩壊にあります。
バブル崩壊前は、"株式の持合い"といわれる金融機関と事業会社の間や、事業会社間で相互に株式を保有する形態が広く見られました。図を見ても金融機関、事業会社の保有比率が高くなっています。
そして、バブル崩壊により、1990年代以降、不良債権処理、そして株価の下落に困った金融機関、事業会社が保有する株式を次々と放出しました。その株式を個人投資家の資金や年金基金などを運用する機関投資家が取得することになったのです。特に海外機関投資家の保有比率が増加しています(約30%)。
持合いの時代、株主である金融機関・事業会社は、いわゆる安定株主として、基本的には経営に口を出さず、経営陣の提出する株主総会議案に賛成してきました。株式を保有するのは、持合いの相手方と良好な関係を築く手段であり、株主としての権利行使自体には無関心だったのです。
そのため、経営者は、よほど問題を起こさない限り、本来株式会社のオーナーであるはずの株主から自由に経営することができました。「所有と経営の分離」が明確で、ある意味「経営者支配」が実現していたと言えます。
しかし、今は違います。機関投資家が株主総会議案に反対することは珍しくなくなりました。また、株主に会社法上認められている権利である株主提案権も近時頻繁に行使されています。東芝のように株主提案が賛成多数で株主総会において可決される例もあります。経営者は、株主、特に機関投資家を無視して経営することはできなくなりました。
株主構成の大きな変化は、コーポレート・ガナバンスに多大な影響を与えているのです。
かつては、終身雇用制度下で新卒一括採用され、時間をかけて昇進を繰り返し、その出世の頂点として取締役がありました。彼らは持合いにより株主から比較的自由に経営することができました。欧米企業と比較し株主への配当が少ないとの批判も受けていました。
上場会社は、いわばサラリーマンによるサラリーマンのための会社だったのです。
時代は移り、終身雇用は大きく揺らぎ、株主、とくに機関投資家の存在感は増し続けています。
加藤真朗
(続く)
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