相続人等に対する売渡しの請求
1 趣旨
非公開会社においては、株主が死亡して相続が発生した場合などに、複数の相続人、又は現経営陣に批判的な特定の相続人が株式を承継することによって、円滑な会社経営が阻害される事態を生じさせることがあります。
このような事態を回避するために、会社法上、「相続人等に対する売渡しの請求」制度が用意されています。
2 定款の定め
会社は、相続その他の一般承継によりその会社の譲渡制限株式を取得した者に対して、当該株式を会社に売り渡すことを請求できる旨定款で定めることができます。
そして、当該定めがある場合、会社は、一般承継の事実を知った日から1年以内に限り、売渡請求の内容を株主総会特別決議で定め、承継人に対し、一方的に承継した株式の売渡しを請求することができます。
(定款記載例)
(相続人等に対する株式の売渡請求) 第○条 当会社は、相続その他の一般承継により当会社の株式を取得した者に対し、当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる。 |
3 売買価格
売渡請求に係る売買価格は、売渡請求があった日から20日以内に、会社と売渡を請求された者との間で協議によって定めるか、又は裁判所に対し売買価格の決定を申し立て、当該手続の中で裁判所が決定することとなりますが、20日以内に協議が成立せず、かつ価格決定の申立てもなされない場合には、売渡請求は効力を失ってしまいます。
このように、限られた短期の期間内に売買価格の合意、ないし価格決定の申立手続を行う必要がありますので、売渡請求を行う際には事前に協議の成立見込み等について検討し、場合によっては価格決定の申立の準備を行っておく必要があるでしょう。
また、優良な企業においては当該売買価格も高額化する傾向にあり、財源規制も働くことから、売渡請求を行使するにあたっては、自社株式の評価を行った上で、売買によって自社のキャッシュフローに深刻な影響を与えないか、売渡請求時の分配可能額を超えないか等を確認しておく必要があります。
4 クーデターリスク
会社法上、売渡請求に係る株主総会特別決議においては、請求対象の株式を保有する株主は、一般承継によって承継することとなった株式はもちろんのこと、もともと保有していた株式についても議決権を行使することができないと解されています。
そのため、オーナー家以外の少数株主が存在する会社においては、制度導入にあたって、オーナー家以外の少数株主によってオーナー家の相続人を会社から排除するような売渡請求権の行使、いわゆる「クーデターリスク」を考慮しておく必要があります。
例えば、株式売渡請求が定款に規定された発行済株式総数1000株の取締役会を設置する非公開会社X社を想定して考えてみましょう。
X社の取締役は、代表取締役A、Aの唯一の推定相続人である後継者Bのほか、CとDの計4名がおり、X社株式は、Aが600株、Bが150株、Cが150株、Dが100株保有していたとします。
この事例において、Aが死亡し、BがAの保有するX社株式600株を全て相続した場合は、X社取締役のCらは、X社取締役会においてBが相続した600株につき売渡請求に係る株主総会を招集する議題を提案・可決し、当該株主総会を招集した上で、当該株主総会において、Bは議決権を行使することができませんので、Cらのみによって決議を成立させてしまうことができます。
その結果、X社の株式は、X社が600株(議決権なし)、Bが150株、Cらが併せて250株となり、X社の株式の内議決権を有する株式は400株のみとなり、X社の過半数を超える議決権がCらに帰属することとなり、経営がCらに乗っ取られてしまうのです。
このように、相続人に対する売渡請求制度の導入にあたっては、かかるリスクも考慮した上での慎重な検討が要求されますので、会社法に精通した弁護士の関与の下、導入の是非を判断するのが好ましいといえます。
5 具体的手続の流れ
以下の図は、定款に相続人等に対する株式の売渡し請求の定めのない非公開会社が、当該制度を導入し、行使するまでの具体的な手続の流れを示しています。なお、一般承継が生じた後であったとしても相続人等に対する株式の売渡請求に係る定款の定めをおくことも可能と解されています。
<続く>