契約文書の電子化② ― 法律上、電子署名が手書きの署名・押印と同様の機能を果たすか
1 はじめに
契約文書の電子化① ― 契約文書の電子化の意義・方法では、電子署名は手書きの署名・押印の代替となるものと説明いたしました。本稿では、署名・押印及び電子署名にまつわる法律上の規定を紹介し、電子署名が法律上も手書きの署名押印に代わるものなのかを検討します。
2 紙の契約の場合
我が国において、重要な書面に署名・押印が施されるのは、当該文書の作成者について事後的に問題となった場合に備えてのことです。
我が国の民事訴訟法では、訴訟において文書を証拠として用いる者は、文書の成立の真正(文書が作成名義人の意思を真に表現していること)を立証する必要があります(民事訴訟法228条1項)。
この点、本人またはその代理人の署名・押印がある私文書については、文書の成立の真正を立証する負担を軽減するための規定(法定証拠法則)が設けられています(228条4項)。本条項によれば、文書が書証として裁判所に提出された場合、文書上の押印が本人の意思に基づくものであることが証明されれば、文書の成立の真正が推定されます。また、判例上、文書上の押印が作成者本人の印鑑であることが認められると、Aの意思で押されたものと事実上推定されます(最判昭39・5・12民集18巻4号597頁)。したがって、文書を証拠として用いる者としては、文書上の印影が本人の印章によって押されたものであることを証明すれば、文書の真正な成立の推定を受けることができるのです(二段の推定)。
我が国で紙の文書に署名・押印を施すのは、当該文書が訴訟上の証拠と認められやすくなる(形式的証拠能力が認められやすくなる)からといえます。なお、我が国では、文書上の印影が本人の印章によるものと証明するための手段として用いるために、実印に印鑑登録証明書を発行する制度が確立されています。
3 電子署名の場合
電子署名及び認証業務に関する法律(以下「電子署名法」といいます。)上、電子署名の場合も、紙の契約書における署名・押印ついての上記規定と同趣旨の規定が存在します。
⑴ 電子署名の定義
まず、電子署名法2条1項は、電子署名の定義について以下の3要件を挙げています。
① 電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。)に記録することができる情報について行われる措置であること
② 当該情報が当該措置を行った者の作成に係るものであることを示すためのものであること。
③ 当該情報について改変が行われていないかどうかを確認することができるものであること。
電子署名の代表的なものは、契約文書の電子化① ― 契約文書の電子化の意義・方法で紹介した、認証機関が関与する公開鍵暗号技術です。しかし電子署名法上、電子署名はこれに限定されていません。今後の技術発展次第では指紋、虹彩などを利用した方法も、電子署名法上の電子署名に該当する余地があります。
⑵ 成立の真正の推定規定
電子署名には、手書きの署名・押印における上記民事訴訟法228条4項は適用されません。そこで、電子署名についても成立の真正を立証する負担を軽減するための規定が制定されています。
電子署名法3条は、「電磁的記録であって情報を表すために作成されたもの(公務員が職務上作成したものを除く。)は、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名(これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるものに限る。)が行われているときは、真正に成立したものと推定する。」と規定しています。
すなわち、「これを行うために必要な符号及び物件を適正に管理することにより、本人だけが行うことができることとなるもの」という要件(以下「本人要件」といいます。)を満たした電子署名は、手書きの署名押印と同様、成立の真正について推定を受けることができるのです。
なお、公文書が除かれているのは、公文書については別に成立の真正を推定する規定(民事訴訟法228条2項)が存在するため、当該規定によれば足りると考えられたためです。
⑶ 本人要件を満たす方式
どのような方式の電子署名であれば本人要件を満たす(法律上、手書きの署名押印と同様の効果を受けることができる)のでしょうか。
ア 認証機関が関与する公開鍵暗号技術
認証機関が関与する公開鍵暗号技術による電子署名は、電子署名法上予定されている(2条3項、4条以下)技術であり、本人要件を満たします。なお、認定を受けていない特定認証業務であっても、本人要件を満たします。
イ 他の技術について
しかし、電子署名法3条が適用される電子書面は同法2条3項の特定認証業務の対象となる電子署名と必ずしも一致するものではありません(電子署名及び認証業務に関する法律の施行状況にかかる検討会報告書20頁)。したがいまして、法律上、認証機関が関与する公開鍵暗号技術による電子署名以外であっても、電子署名法3条の効力を受ける余地があります。
例えば、市販のソフトウェアには、メールアドレスやパスワードを用いて自分自身で電子証明書を作成し、文書に添付する機能を有するものが存在しますが、同機能については、他人が本人の個人情報を用いて電子証明書を作成することができるという点で、本人要件を満たすか否かについて議論があります。
また、タブレット上に電子ペンでサインをするペンタブレットは、単に記入された文字の形状だけでなく、筆順、ペンの加速度、筆圧、空中での電子ペンの挙動までデータ化し、そのデータを電子文書に記録しています。このようなバイオメトリクス技術を用いたデータは、他人が本人になりすますことが困難であることから、本人要件を満たす余地があります(そもそも、民事訴訟法上の「署名」に当たるという見解もあります。)
一方で、単に印影を画像データとして電子上で押印を行うタイプの電子印鑑は、当該画像データを他人が利用することは十分可能ですので、本人要件を満たさず、成立の真正を推定する規定との関係では、法的に意味がありません(なお、ネット上には実物の印章の印影を電子データに取り込む方法が紹介されていることもありますが、印章自体が偽造される可能性があり、おすすめしません。)。
ただ、同じ電子印鑑という名称で呼ばれるものの中には、電子印鑑に個人識別のためのデータが付されているものがあります。このようなタイプの電子印鑑が本人要件を満たすか否かは当該個人識別情報の内容によることになります。例えば、個人識別情報がパソコンのログイン情報である場合には、他人がパソコンを使用することが可能であることから、電子署名法3条の推定効を受けることができない可能性があります(推定効が生じないとしても、パソコンのIPアドレス、ログイン時刻、当該パソコンを他人が使用する蓋然性などから、立証を加えることになります。)。電子印鑑は現状、社内稟議書等、対内的な文書を作成するのに適していると思料いたします。
認証機関が関与する公開鍵暗号方式以外の技術が本人要件を満たすかについて正面から判断する判例や所轄官庁の見解はありません。今後の議論の成熟及び技術の発展が望まれるところです。
⑷ 契約文書の電子化導入にあたって
認証機関が発行する電子証明書を用いた公開鍵暗号技術による電子署名を自社に導入することにもコストがかかる(業者によって異なりますが、月額2万円~3万円の基本料金に加え、電子証明書発行料金及び文書ごとの送信料が生じるようです。)ことに加え、現状、契約の相手方が電子証明書を用意できない場合も多いでしょう。導入に際しては、導入コストと、印紙代や郵送費用の削減及び業務の効率化というメリットを秤にかけて、吟味する必要があります。
これに対し、認証機関が関与する公開鍵暗号方式以外の電子署名については、議論が成熟しておらず、法律上、手書きの署名押印と同様の機能を有している(電子証明書3条の推定効が及ぶ)とまではいえません。現段階では、(特に自己作成の電子証明書を用いる場合には)相手方との紛争が生じにくい類型の文書に限るという対応をとるのが良いと思料いたします。
契約文書の電子化④ - 電子署名法2条及び3条の解釈について
弁護士 林 征成