はじめに
令和2年4月,新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止のため,全国に緊急事態宣言が発令され,5月にはその期間の延長が発表されました。緊急事態宣言においては,新型コロナウイルス感染症は人が密接に接触するほどに感染リスクが高まると言われていることから,人と人との接触の8割削減が目標として掲げられています。これを受けて,多くの人が集まるスポーツ,ライブ,イベント等が次々と中止や延期となっています。
本稿及び次稿では,このようなイベントの中止,延期等により,生じうる法的問題及びその対応についてお話しします。
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イベント主催者がイベントを中止した際に,イベント参加予定者との関係で生じうる法的問題
1 参加費等の返金
イベント主催者は,新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けてイベントを中止した際,イベント参加予定者だった者に対し,参加費,チケット代金等を返金しなければならないのでしょうか。
まず,多くのイベントでは,イベント参加申込時やチケット購入時,イベント参加希望者にイベントに関する規約に同意して頂いていると思います。そのため,イベント中止の際にイベント主催者がどのような対応をとるべきかは,当該規約の定めによるところとなります。
(1)規約にイベント中止時に返金する旨の条項がある場合
当該規約に,イベント主催者が一定の場合にイベントを中止することができるとの定めがある場合があります。例えば,「天変地異,戦乱,暴動,官公署の命令その他当社の関与しない事由が生じた場合において,イベントの安全かつ円滑な実施が不可能となり,または不可能となるおそれが極めて大きいとき」,「イベント契約を解除することがあります」というような定めです。
当該規約に,このような定めとともに,イベント中止の際にイベント参加予定者に対し参加費,チケット代金を返金する旨の定めがある場合には,当該規約どおり,イベント主催者はイベント参加予定者に対して,参加費,チケット代金等を返金しなければなりません。
(2)規約にイベント中止時に返金しない旨の条項がある場合
他方,当該規約にイベント中止の際に参加費,チケット代金等を返金しないと定められている場合には,当該条項どおり,イベント主催者はイベント参加者に対して返金しなくてよいこととなります。ただし,当該条項が消費者契約法10条により無効となる場合には,当該規約にはイベント中止時の参加費,チケット代金等の返金について何らの定めもないものとして,返金の要否は,民法の規定に従って判断されることになります。
消費者契約法10条は,①任意規定が適用される場合に比して消費者の権利を制限し,または,消費者の義務を加重するもので,②信義則(民法1条2項)に反して消費者の利益を一方的に害する条項は無効であると定めています。当該規約の条項が②信義則違反にあたるか否かは様々な事情を総合考慮して判断されます。例えば,イベント中止の理由如何にかかわらず(イベント主催者の都合等を含む)イベント主催者が自らの裁量でイベントを中止することができ,その場合であってもイベント主催者はイベント参加者に対してチケット代金を一切返金しないというような一方的な条項が定められている場合には,消費者契約法10条により当該条項が無効となる可能性もあるでしょう。他方,イベントは中止したものの,従前用意していた参加賞を配布したり,次回予定されているイベントへの振替えや優先的な申込みを認める等の措置が講じられる場合には,参加費,チケット代金等を返金しないとの条項は,消費者契約法10条により無効となる可能性は低いでしょう。
(3)規約にイベント中止時の参加費,チケット代金の返金に関して何らの定めもない場合
当該規約に,イベントの中止の際に,イベント参加予定者に対し参加費,チケット代金を返金するか否かについて何の定めもない場合には,イベント主催者がイベント参加予定者に対し,参加費,チケット代金等を返金しなければならないか否かは民法の規定によるとこととなります。
改正前民法536条1項は,当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは,債務者が反対給付を受ける権利を有しないと定めています(現在中止や延期となっているイベントの殆どが令和2年4月1日より前に締結された契約に基づくものであると考えられるため,旧民法の規定を前提としています,危険負担)。すなわち,イベントの中止により,イベント主催者及びイベント参加予定者の双方に帰責事由がない場合には,イベント参加予定者がイベント主催者に対して参加費,チケット代金等を支払う義務も消滅します。そうすると,イベント主催者が既に支払いを受けた参加費,チケット代金は,不当利得となるため,イベント主催者は,イベント参加予定者に対して,参加費,チケット代金相当額を支払わなければなりません。
イベントの中止に関する当事者双方の帰責事由は,イベント中止の経緯,イベント中止の原因となった新型コロナウイルス感染症が与える影響の程度等の諸般の事情から判断されますが,新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため政府や自治体から強い自粛要請があることや,新型コロナウイルス感染症の感染拡大が世界規模で大きな影響を与えているものであること等に鑑みれば,新型コロナウイルス感染症の影響によるイベントの中止は,イベント主催者及びイベント参加予定者双方に帰責事由がないと判断される可能性が高いと考えられます。そのため,イベント主催者は,イベント参加予定者に対し,参加費,チケット代金等を返金しなければならない可能性が高いといえます。
2 イベント参加予定者の交通費,宿泊費
イベントの種類や内容によっては,遠方からのイベント参加予定者が,事前にイベントへ参加するための交通手段や宿泊施設を予約している場合があります。イベント参加予定者が,イベントの中止に伴い,この交通手段や宿泊施設をキャンセルする場合,イベント中止決定時期等によっては,予約時に支払った費用が返金されないことがあります。
イベント参加予定者が,イベント主催者に対し,これらの交通費や宿泊費が,イベント主催者による,イベント中止というイベント契約の債務不履行に基づき発生した損害にあたるとして,その賠償を請求するように求めてきた場合(民法415条),イベント主催者はこれに応じなければならないのでしょうか。
契約の債務不履行に基づく損害賠償請求が認められるには,債務不履行の事実のみならず,不履行につき債務者に帰責事由があることを要します。上述のとおり,イベントの中止についてイベント主催者に帰責事由が認められるか否かは,ケースバイケースではありますが,新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響によるイベントの中止は不可抗力によるものとして,イベント主催者に帰責事由が認められないと判断される可能性が高いでしょう。