相続人の廃除
第1 はじめに
自身の相続人として3人の子がいるものの、そのうちの1人の息子は、これまでに何度も暴言を吐いたり、暴力を振るうなど、被相続人を虐待したため、親子の縁を切ることとしたというような場合でも、この息子に財産を相続させないといけないでしょうか。
このような場合に被相続人である親の意思により,家庭裁判所が当該息子の相続資格を奪う制度として,相続人の廃除(民法892条,893条)があります。
本稿では,この相続人の廃除の制度についてご説明いたします。
第2 相続人の廃除の対象及び廃除事由
1 相続人の廃除の対象
被相続人となる故人は、遺言を行うことにより、一定の範囲で、どの財産を誰に相続させるかを決めることができます。しかし、遺留分にて説明いたしましたように、遺留分が認められている相続人には、遺言により一切の財産を相続させないようにすることはできません。
もっとも、親を虐待するような息子にまで必ず遺留分が発生し、一定の財産を相続させなければならないというのはあまりに不当です。そこで、相続人の廃除の制度によって,遺留分として一定の相続分が保障されている相続人についても、財産を相続させないようにする必要があります。
一方で,遺留分を有しない相続人(兄弟姉妹)については,遺言によって被相続人の財産を相続させないようにすれば足ります。
このことから,相続人の廃除の対象になるのは,遺留分を有する相続人(代襲相続を考慮しなければ,配偶者,子,直系尊属)のみとされています。代襲相続については,法定相続人とその順位をご参照ください。
2 相続人の廃除事由
相続人の廃除を行うことができる事由は、具体的には、以下の場合です。
① 被相続人が相続人に虐待された場合
② 被相続人が相続人に重大な侮辱を加えられた場合
③ 相続人に著しい非行があった場合
著しい非行の例としては,相続人が借金を重ね、親に多額の返済を肩代わりさせたような場合や、悪質な犯罪行為を行った場合が挙げられます。後記第5において「著しい非行」が認められた裁判例を挙げますのでご参照ください。
第3 相続人の廃除の方法
相続人の廃除の方法は2つあります。
1つは、被相続人の生前に、家庭裁判所に対して相続人の廃除を請求する方法(民法892条。以下「生前廃除」といいます。)です。
生前廃除の方法は次のとおりです。まず,被相続人は,家庭裁判所に対して、相続人廃除の請求を行います。被相続人の請求を受け,家庭裁判所は、審判により、廃除の可否を判断します(家事事件手続法188条1項)。
この方法を採り、相続人の廃除が認められますと、被相続人の生前に相続人に財産を相続させないことを確定することができます。しかし、相続人廃除の審判事件では原則として推定相続人の陳述を聞かなければならないとされており(同条3項)、家庭裁判所から推定相続人に呼び出し通知が届いてしまうため、廃除を行ったことを相続人に知られてしまいます。これによって推定相続人関係がさらに悪化し、または推定相続人のさらなる非行などを招く可能性もあります。
もう1つは、遺言により相続人の廃除を行う方法(民法893条。以下「遺言廃除」といいます。)です。遺言廃除の場合、相続が発生した後に、被相続人の財産を遺言の内容に従って管理・分配する遺言執行者が、家庭裁判所に対し、相続人の廃除を請求することになります。
この方法のメリットとしては、被相続人が相続人の廃除を行おうとしていることを、生前に、廃除の対象となる相続人に知られなくて良いという点があります。一方で,デメリットとして,相続発生後の家庭裁判所の審判において家庭裁判所が相続人の廃除を認めない場合も多いこと及び廃除が認められたとしても結果的に個別の財産について誰に相続させるかが決まるまでに時間がかかることが挙げられます。
第4 相続人の廃除の取消
一度,相続人の廃除を行ったとしても、被相続人はいつでも廃除の取消を行うことができます(民法894条)。この際も、家庭裁判所に廃除の取消を請求する手続が必要となりますが、これは権利関係を明確するためのものであり、廃除の取消を行う事情が必要となるようなものではありません。
第5 「著しい非行」として相続人の廃除が認められた事例
被相続人の養子が,被相続人が10年近く入院及び手術を繰り返していることを知りながら,居住先の外国から年1回程度帰国して生活費等として被相続人から金員を受領するだけで,被相続人の面倒をみることはなく,被相続人から提起された離縁訴訟等について,連日電話で長時間にわたって取下げを執拗に迫り,また、同訴訟をいたずらに遅延させたことなどの事情から、民法892条にいう「著しい非行」があったものとして,推定相続人の廃除が認められた。(東京高裁平成23年5月9日決定)
遺言により推定相続人からの廃除がなされた事案において,借金を重ね,被相続人に2000万円以上を返済させたり,推定相続人の債権者が被相続人宅に押しかけるといった事態により,被相続人を約20年間にわたり経済的,精神的に苦しめてきた相手方の行為は,客観的かつ社会通念に照らし,相手方の遺留分を否定することが正当であると判断される程度に重大なものであって,民法892条の「著しい非行」に該当するとして推定相続人の廃除が認められた。(神戸地裁伊丹支部平成20年10月17日審判)