1 はじめに
令和2年4月1日から,改正されたパート・有期雇用労働法,労働者派遣法が施行されます。ただし,中小企業に対してはパート・有期雇用労働法は令和3年4月1日から適用されます。
そこで,本稿では,働き方改革の3つの柱,①年次有給休暇の時季指定,②時間外労働の上限規制,③同一労働同一賃金のうち,③同一労働同一賃金について,概要とともに、近時の注目すべき裁判例を紹介します。
2 同一労働同一賃金の原則
同一労働同一賃金の原則とは,正社員と非正規社員(短時間労働者,有期雇用労働者,派遣社員)との間で,不合理な待遇の差を設けてはならないことをいいます。具体的には,同じ仕事を行う労働者には同じ待遇を(均等待遇),異なる仕事を行う労働者には違いに応じた待遇を(均衡待遇)実施するように求められています(ただし,派遣社員については,均等待遇・均衡待遇による待遇のみならず,労使協定により待遇を定めることが認められています)。
<均等待遇・均衡待遇>
均等待遇 |
職務の内容(業務の内容及び責任の程度のことをいいます),職務の内容と配置の変更の範囲が同じ労働者は,同じ取扱いをしなければならない。 |
均衡待遇 |
職務の内容,職務の内容と配置の変更の範囲が異なる労働者に対して,異なる取り扱いをする際には,その違いに応じた範囲内で行わなければならない。 |
同一労働同一賃金の原則により,企業は,正社員と非正規社員の待遇の差が不合理とならないように,各種手当,福利厚生等の待遇を定めなければなりません。
しかし,企業は社員の待遇について様々な手当等により賃金体系を設計しているところ,企業の賃金体系が不合理であるか否かの判断が困難な場合も少なくないと思われ,今後も,この点に関する紛争は増加することが見込まれます。
ここで,正社員と非正規社員の待遇差が不合理であるか否かを判断した最高裁判例が2つあります。ハマキョウレックス事件(最高裁平成30年6月1日民集72巻2号88頁)と長澤運輸事件(最高裁平成30年6月1日民集72巻2号202頁)です。これらの裁判例については,第101回企業法務研究会においても取り上げたところです。その詳細な内容については,以下の記事をご参照ください。
・同一労働同一賃金⑴(ハマキョウレックス事件,最高裁平成30年6月1日判決・民集72巻2号88頁)
・同一労働同一賃金⑵(長澤運輸事件,最高裁平成30年6月1日判決・民集72巻2号202頁)
これらの2つの最高裁判例を受けて,下級審においても,正社員と非正規社員の待遇差が不合理であるか否かを判断する判決が次々となされました。今回は,この下級審裁判例のひとつである大阪医科薬科大学事件を紹介します。
3 大阪医科薬科大学事件(大阪高裁平成31年2月15日労判1175号5頁)
⑴事案の概要
大阪医科薬科大学に勤務していたアルバイト職員(有期雇用労働者)が,自身の待遇のうち,基本給,賞与,休日分賃金,年休日数,私傷病欠勤補償,医療費補助制度について,正社員との間に不合理な待遇差があるとして,不法行為に基づく損害賠償金を請求した事案です。
⑵大阪高裁の判断
大阪高裁は,各々の待遇について,以下のとおり判断しました。
待遇 |
大阪高裁の判断 |
賃金 |
合法 |
賞与 |
違法 |
休日分賃金 |
合法 |
年休日数 |
合法 |
夏季特別休暇 |
違法 |
私傷病欠勤補償 |
違法 |
医療費補助制度 |
合法 |
⑶賃金
大阪医科薬科大学では,アルバイト職員は時給制,正社員は月給制が採用されていました。また,アルバイト職員の賃金の額は,同じ時間働く正社員と比較して2割程度低くなっていました。
しかし,アルバイト職員には短時間だけ勤務する者も多いことから,正社員と違って時給制を採用することは不合理とはいえないと判断されました。
また,アルバイト職員と正社員では,業務の内容(定型的な業務が多いか否か)や配置転換の有無に違いがあったため,賃金の額に差があることも不合理とはいえないと判断されました。
⑷賞与
大阪医科薬科大学では,正社員には賞与を支給していましたが,アルバイト職員には賞与を支給していませんでした。
賞与は,賃金とは別に支給される一時金であり,労務の対価の後払い,功労報償,生活費の補助,労働者の意欲向上等多様な趣旨を含むものです。
大阪医科薬科大学では,正社員全員を対象として基本給にのみ連動する賞与(業績による変動のない賞与)を支給していました。そのため,大阪医科薬科大学で支給される賞与は,社員に対する賞与算定期間の就労それ自体に対する功労の趣旨を含むものです。
そのため,アルバイト職員も,その期間に一定程度就労していたことには変わりないのであるから,額の多寡はあるにせよ,賞与を一切支給しないのは不合理であると判断されました。
⑸休日分賃金
上述のとおり,大阪医科薬科大学では,アルバイト職員は時給制,正社員は月給制が採用されていたことから,年末年始及び創立記念日の休日において,実質的には,正社員には賃金が支給されるが,アルバイト職員には賃金が支給されないという違いが生じていました。
しかし,上述のとおり,アルバイト職員への時給制の採用は不合理といえないことから,これにより休日分賃金に差が生じたとしても,不合理な待遇差にはあたらないと判断されました。
⑹年休日数
大阪医科薬科大学では、正社員に対しては、最初の1年間については後半の6ケ月に10日、それ以降は1年に1ないし14日の年休を与えていました。アルバイト職員に対しては、労働基準法所定の日数の年休を付与していました。
正社員とアルバイト職員では,正社員は長期間の継続的な就労が期待されている一方,アルバイト職員は雇用期間が一定ではなく,必ずしも長期間就労することが想定されていないことから,それに伴い年休日数の算定方法に違いがあるとしても,不合理な待遇差であるとはいえないと判断されました。
⑺夏季特別休暇
大阪医科薬科大学では,正社員には5日の夏季特別休暇が付与されますが,アルバイト職員には夏季特別休暇が付与されていませんでした。
夏季特別休暇の趣旨は,体力的負担の大きい夏における心身のリフレッシュにあります。アルバイト職員であっても,職務の違いがあるとはいえ,夏に相当程度の負担があることには変わりません。
そのため,少なくとも,フルタイムで就労するアルバイト職員に対して夏季特別休暇を与えないことは合理的とはいえないと判断されました。
⑻私傷病欠勤補償
大阪医科薬科大学では,正社員が私傷病により欠勤した際には,6ケ月間は賃金全額を支払い,それ以降は休職を命じて標準賃金の2割を休職給として支払っていました。他方,アルバイト職員に対しては,このような補償は一切ありませんでした。
そもそも,このような私傷病欠勤補償が定められた趣旨は,正社員が長期にわたり継続して就労したことに対する評価,将来における長期の就労への期待から,正社員の生活を保障することにあります。
アルバイト職員の契約期間は最長1年で,かつ,定型的な業務が多く,代替性のある職員であるから,長期にわたる継続した就労に対する評価、期待も高いとはいえません。
しかし,アルバイト職員であっても,習熟した者は,職務に対する貢献度も高く,代替性が高いとは言い難い側面もあります。このことからすれば,アルバイト職員であることを理由に,一律に私傷病欠勤補償を一切行わないことには,合理性があるとはいえないと判断されました。
⑼医療費補助制度
大阪医科薬科大学では,正社員に対しては,附属病院受診の際に医療費を補助する措置を講じていました。このような医療費補助制度は,あくまで恩恵的な措置であって,そもそも労働条件に含まれません。
そのため,アルバイト職員に対して医療費補助制度を設けないことは,不合理な待遇差にはあたりません。
4 まとめ
この裁判例は,高裁段階において初めて非正規社員に賞与の支払いを認めたものであり,また,アルバイト職員について様々な手当の支払いが認められた裁判例ということで注目を集めました。
企業は,同一労働同一賃金の原則の実現のため,正社員と非正規社員に不合理な待遇差が生じないよう,現状の待遇を確認した上で,待遇に違いがある場合には,待遇差の内容,程度,その趣旨等から,その待遇差が不合理ではないといえるような待遇を定めなければなりません。
この裁判例は,アルバイト職員と正社員の待遇差の各々について,その待遇の趣旨,勤務実態等から判断したものであり,企業が自社の待遇を検討する際に,大いに参考となります。