加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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最高裁平成30年(受)第1429号 令和2年2月28日第二小法廷判決―被用者の使用者に対する逆求償の可否

最高裁平成30年(受)第1429号 令和2年2月28日第二小法廷判決―被用者の使用者に対する逆求償の可否

1 はじめに

 本稿では最高裁平成30年(受)第1429号 令和2年2月28日第二小法廷判決を紹介致します。

 本判決は被用者(典型的には会社の従業員)が事業の執行中に第三者に損害を生じさせた場合についての実務上の対応に影響を及ぼすと思われますので、以下ご説明いたします。

2  事案の概要

 被用者が、使用者である運送会社所有のトラックを運転して、荷物の運送業務に従事中、被害者運転の自転車と接触する交通事故を起こしてしまい、被害者は同日死亡しました。  

 本件は、被用者であるトラック運転手が、被害者の相続人に対して事故による損害の賠償をしたことから、使用者である会社に対し同額の求償金等の支払いを求めたというものです。

3  問題の所在

 民法上、使用者が、被害者に対し、使用者責任に基づき賠償した場合に、被用者に対し求償できる旨の規定があります。(民法第715条3項。)本件はこれと逆で、被用者が被害者に賠償金を支払った場合に、使用者へ求償(いわゆる逆求償)を請求するものです。

 本件の争点は、かかる逆求償が認められるか否かです。この点については、民法上、何ら規定がなく、学説上も逆求償を認める立場と否定する立場の両論が存在しています。

 なお、原審(大阪高裁平成29年(ネ)第2529号 同30年4月27日判決)は、民法715条1項の規定は、損害を被った第三者が被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え、使用者にも損害賠償義務を負わせることとしたものにすぎず、被用者の使用者に対する求償を認める根拠とはならないとして逆求償を否定していました。

4  判決内容

 本判決は、原審の判断を覆し、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができると判示しています。

 すなわち、使用者の被用者に対する求償が認められるのと同様に、被用者の使用者に対する逆求償が認められたのです。

 かかる判断の理由として①民法715条1項の趣旨は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目した損害の公平な分担にあり、かかる趣旨からすれば、使用者が被用者との関係においても損害を負担すべき場合があると解されること、②使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができるところ、この場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でないことが挙げられています。

5  求償の範囲

 715条3項に基づく使用者の被用者に対する求償の範囲は、事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に限定されています(最高裁昭和49年(オ)第1073号 同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁)。すなわち、上記諸般の事情を考慮して、使用者と被用者の内部負担割合が決定され、使用者はその限度に応じて被用者に対して求償することができることとなります。

 本判決は、前記4で述べた理由の②の通り、使用者が第三者に損害賠償した場合と被用者が第三者に損害賠償した場合とで異なる結果となることは相当でないとしています。

 そのため、被用者は上記の諸般の事情に照らして決定される被用者の内部負担を超えた額について使用者に求償することができると判示したものと解されます。

6  実務上の影響

 本判決によると、被害者が第三者に対して損害賠償をした場合であっても、使用者が被用者との関係で一定の賠償額を負担する必要が生じます。

 ここで、被用者本人が被害者と示談交渉をしていた場合には、賠償額が適正な額を超えて高額となっている事態が想定できます。このような場合には、使用者が負担すべき債務額も高額となるおそれがあります。

 したがいまして、被用者本人に示談交渉をさせず、使用者自身が弁護士等を通じて被害者と示談交渉をすることによって、被害者と適正な額での示談をするという対応も検討すべきでしょう。

 このほかにも、例えば,被用者が事業の執行中に被用者自身の自転車で第三者と接触事故を起こしてしまったような場合には,被用者が加入する個人賠償責任保険会社が被害者に対して賠償金を支払うことが考えられます。このような場合には,当該保険会社は、被用者の使用者に対する求償権を保険代位によって取得したとして、使用者に対して求償金の支払請求をすることが考えられます。使用者としては、保険会社からこのような請求がされることも想定するべきでしょう。


弁護士 林 征成

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