加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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パワハラガイドライン及びセクハラガイドライン等への対応⑴

● はじめに

 第102回企業法務研究会では,労働政策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律の改正(以下,かかる改正法を「改正労働政策推進法」といいます。)に伴い,新たに策定されたパワーハラスメントに関する指針(以下「パワハラガイドライン」といいます。),及び改正に至ったセクシャルハラスメントに関する指針(以下「セクハラガイドライン」といいます。)やマタニティハラスメントに関するガイドライン等(以下,これらを併せて「セクハラガイドライン等」といいます。)を取り上げました。

 これから3回に分けて,これらのガイドラインについて説明します。

● 改正労働政策推進法

 改正労働政策推進法の改正により,パワーハラスメント(以下「パワハラ」といいます。)に関して事業主が講ずるべき措置等を定めた規定が新たに創設されました。


改正労働政策推進法第30条の2

第1項

「事業主は,職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう,当該労働者からの相談に応じ,適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

第2項

「事業主は,労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として,当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いしてはならない。」

第3項

「厚生労働大臣は,前2項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して,その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(かっこ内省略)を定めるものとする。」

第4項

「厚生労働大臣は,指針を定めるに当たっては,あらかじめ,労働政策審議会の意見を聴くものとする。」

(第5項以下省略)


 上記労働政策推進法第30条の2第3項及び同条第4項を受けて,労働政策審議会においてガイドラインの策定が進められ,令和元年11月にガイドライン案が公表されました。そして,令和元年11月21日から同年12月20日までパブリックコメントに付され,同月23日に最終決定が行われました。

 その後,令和2年1月15日に告示されました。

 施行日については,中小事業主について令和4年4月を,それ以外の事業主については令和2年6月を予定しております。

※中小事業主とは,次の金額又は人数以下の事業主をいいます。

業種

要件

金額・人数

製造・建設・運輸・その他の業種

資本金(出資の総額,以下同じ。)

3億円

社員数(常時雇用,以下同じ。)

300人

卸業

資本金

1億円

社員数

100人

サービス業

資本金

5000万円

社員数

100人

小売業

資本金

5000万円

社員数

50人

● セクハラガイドライン等の改正

 パワハラガイドラインとは異なり,セクハラガイドライン等については雇用機会均等法第11条等に基づき,既に策定されていましたが,今回パワハラガイドラインの策定と併せ改正が行われました。

 もっとも,従来のセクハラガイドラインと内容において重要な改正点は少ないので,これまでの対応を大きく変える必要はないと考えられます。

● サンクション

 以上のガイドラインに従わない場合であっても,罰則はありません。

 ただし,違反している場合には行政からの勧告が行われる場合があり,勧告に従わない場合にあっては公表されることがあります。

 また,民事上の請求がなされた場合にあっては,債務不履行責任又は不法行為責任の一事情としてガイドラインに従った措置を講じていなかったことを主張されるリスクもありますので,企業としてはガイドラインに従った対応を行わなければなりません。

● 概要

 パワハラガイドラインでは,以下の内容が定められています。

① パワハラの内容

② 事業主等及び労働者の責務

③ パワハラ問題に関し雇用管理上講ずべき措置の内容

④ パワハラ問題に関し行うことが望ましい取組みの内容

⑤ 事業主が自らの雇用する労働者以外の者に対する言動に関し行うことが望ましい取組みの内容

⑥ 事業主が他の事業主の雇用する労働者等からのパワハラや顧客等からの著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取組みの内容

● パワハラの判断方法

 パワハラガイドラインでは,パワハラとは,「①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって,②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより,③労働者の就業環境が害されるもの」と定義付けています。①ないし③のすべてを満たさなければパワハラに該当しないことには注意が必要です。

 相談窓口に相談があった場合に,パワハラに該当するか否かを判断するに当たっては,以下の手順で検討することが考えられます。

1 ①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動

 ガイドラインによれば,まず「職場」とは,事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し,当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても,当該労働者が業務を遂行する場所については,「職場」に含まれるとされています。

 そして,「優越的な関係を背景とした」言動とは,事業主の業務を遂行するに当たって,当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者(以下「行為者」といいます。)に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性の高い関係を背景として行われるものをいいます。

 この点,職務上の地位が上位の者による言動である場合には,基本的に優越的な関係を背景とした言動に該当すると考えられますので,②以下の要件を検討することになるでしょう。〈⇒②以下の審査へ。〉

 他方,職務上の地位が同等又は下位の者による言動の場合であっても,言動を行った者が協力を得られないと業務を円滑に遂行することが困難である者の場合や集団による言動であって,抵抗や拒絶が事実上困難である場合にあっては,事実上の優越的な関係が認められます。そこで,ガイドラインでは,言動を行った者の職務上の地位が当該言動を受けた者と同等又は下位である場合であっても,①の要件を満たすとしています。〈⇒②の審査へ〉

2 ②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動

 「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは,社会通念に照らし,当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない,又はその態様が相当でないものをいいます。

 かかる判断に当たり,ガイドラインでは,言動の目的,当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や言動の目的,当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況,業種・業態,業務の内容・性質,当該言動の態様・頻度・継続性,労働者の属性や心身の状況,行為者との関係性等を総合考慮することが示されています。

 また,ガイドラインでは,個別の事案における労働者の行動が問題となる場合,その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となることについても留意が必要であると指摘していますので,言動の目的が労働者の問題行動に対する指導の意味を含むものである場合については,上記考慮要素に加えて,労働者の問題行動に関する事情についても考慮する必要があります。

3 ③労働者の就業環境が害されること

 「③労働者の就業環境が害される」とは,当該言動により労働者が身体又は精神的に苦痛を与えられ,労働者の就業環境が不快なものとなったため,能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業するうえで看過できない程度の支障が生じることをいいます。

 ガイドラインでは,この判断の方法について,平均的な労働者が同様の状況で当該言動を受けた場合に,就業するうえで看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかを基準とすることが示されています。

 もっとも,相談窓口の運用としては,労働者が相談を行うことに委縮しないように,労働者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮することが必要です。ガイドラインでも,かかる趣旨から,パワハラに該当するか否か微妙な場合であっても,広く相談に対応し,適切な対応を行うことが求められています。

4 まとめ

 ①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動に該当するか否かは,職位の異動等の観点から判断することで足り,判断が容易であるうえ,職位が同等又は下位の者による言動であっても,協力が得られない場合には業務を円滑に進めることが難しい等の事情がある場合についても,要件に該当することになりますので,①の要件該当性が問題となるケースは,基本的に少ないと考えられます。

 そのため,パワハラに該当するか否かを判断するにおいては,①以外の要件,すなわち②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動に該当するか,③労働者の就業環境が害されたといえるかの2つの要件について,特に吟味する必要があるでしょう。

 また,②業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動であればあるほど,③就業環境が害される程度は増大する(業務上明らかに不必要で,不相当な言動であればあるほど就業環境が害される)と考えられ,両者は相関関係に立つと考えられます。

 したがいまして,②及び③の要件の中でも,特に②の要件については慎重に判断することが必要であると考えられます。

● パワハラに該当すると考えられる例と該当しないと考えられる例

 パワハラガイドラインでは,以下のとおり,パワハラに該当すると考えられる例とパワハラに該当しないと考えられる例が紹介されています。

 しかしながら,いずれの例も極端な事例であり,実務で問題となるのはパワハラに該当するか否かの線引きが難しいケースの方が多いと思われるため,パワハラガイドラインの例を参考にして,パワハラに該当するか否かを判断することは困難な場合が多く生じることが予想されます。

 そこで,パワハラに該当するのか否かが問題となった場合には,前記のフローチャートに沿い,各考慮要素に従って個別的に判断していくほかありません。

行為態様

該当すると考えられる例

該当しないと考えられる例

身体的な攻撃

①殴打,足蹴りを行うこと

②相手に物を投げつけること

誤ってぶつかること

精神的な攻撃

①人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。

②業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと

③他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと

④相手の能力を否定し,罵倒するような内容での電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること

①遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ,再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること

②その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者に対して,一定程度強く注意をすること

人間関係からの切り離し

①自身の意に沿わない労働者に対して,仕事を外し,長期間にわたり,別室に隔離したり,自宅研修させたりすること

②一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし,職場で孤立させること

①新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施すること

②懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し,通常の業務に復帰させるために,その前に,一時的に別室で必要な研修を受けさせること

過大な要求

①長期間にわたる,肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずること。

②新卒採用者に対し,必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し,達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。

③労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること

①労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せること。

②業務の繁忙期に,業務上の必要性から,当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せること。

過小な要求

①管理職である労働者を退職させるため,誰でも遂行可能な業務を行わせること。

②気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えないこと。

①労働者の能力に応じて,一定程度業務内容や業務量を軽減すること。

個の侵害

①労働者を職場外でも継続的に監視したり,私物の写真撮影をしたりすること。

②労働者の性的指向・性自認や病歴,不妊治療等の機微な個人情報について,当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること。

①労働者への配慮を目的として,労働者の家族の状況等についてヒアリングを行うこと。

②労働者の了解を得て,当該労働者の性的指向・性自認や病歴,不妊治療等の機微な個人情報について,必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し,配慮を促すこと

 以上を前提に,次回はパワハラガイドラインに基づいて事業主がいかなる取組みを行うべきかについて説明します。

パワハラガイドライン及びセクハラガイドラインへの対応⑵

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