民事執行法の改正,ハーグ条約の実施に関する法律の改正を行う法律が,令和元年5月10日に成立し,同年5月17日に公布されました。同法律は公布日から1年以内に施行される予定です。
第1 債務者財産の開示制度の実効性の向上
1 改正の趣旨
債権者が債務者の財産に対して強制執行を行うには,債権者が,強制執行の申立ての際に,強制執行の対象となる債務者の財産を特定しなければなりません。しかし,債権者が,事前に債務者の財産を把握し,特定することは容易ではありません。
そこで,平成15年,債権者が債務者の財産に関する情報を取得するための制度として,債務者自身の陳述により債務者の財産を把握する「財産開示手続」という制度が創設されました。
しかし,この財産開示手続は,債務者自身からしか情報を取得できず,かつ,手続を利用することのできる者の範囲も限定されており,債務者の不出頭や虚偽陳述に対する制裁も弱いものでした。そのため,財産開示手続の利用は,年間わずか1000件前後となっていました。
このような現状に鑑み,民事執行法の改正を行い,①債務者以外の第三者から債務者の財産に関する情報を取得する手続の新設,②既存の財産開示手続の拡充により,債務者財産の開示制度の実効性を向上させることとなりました。
2 債務者以外の第三者からの情報取得手続の制度の新設
債務者財産の開示制度の実効性を向上させるため,以下のとおり,債権者が執行裁判所に対して申し立てることによって,債務者以外の第三者から情報を取得する手続が新設されました。
まず,銀行,信用金庫,労働金庫,信用組合,農業協同組合,証券会社等の金融機関から,預貯金債権や上場株式,国債等に関する情報を取得することが可能となります(改正民事執行法207)。また,登記所から,債務者の所有する土地・建物に関する情報を取得することができます(改正民事執行法205)。そして,市町村,日本年金機構等から,給与債権(勤務先)に関する情報を取得することもできます(改正民事執行法206)。
この手続を利用できる者は,執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者,及び債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者です。ただし,給与債権に関する情報取得手続を利用できる者は,養育費等の債権や生命・身体の侵害による損害賠償請求権を有する債権者に限られています。
第三者 |
取得可能な情報の種類 |
民事執行法 |
銀行,信金,労金,信組,農協,証券会社等 |
預貯金債権に関する情報 上場株式,国債等に関する情報 |
207 |
登記所 |
債務者が所有する土地・建物等に関する情報 |
205 |
市町村,日本年金機構等 |
給与債権に関する情報 |
206 |
3 財産開示手続の見直し
また,現行の財産開示手続をより利用しやすく実効的なものにするため,財産開示手続の申立権者の範囲の拡大,債務者の不出頭,虚偽陳述に対する罰則の強化をしました。
まず,財産開示手続の申立権者の範囲は,現行制度においては,確定判決等を有する債権者に限定されていましたが,民事執行法の改正により,執行力のある債務名義を有する債権者に拡大されました(改正民事執行法197)。これにより,現行制度においては財産開示手続を利用できなかった,仮執行宣言付判決を得た債権者や,公正証書により金銭(例えば養育費など)の支払を取り決めた債権者等も,財産開示手続を利用することができるようになります。
そして,債務者が不出頭や虚偽陳述を行った場合には,現行制度においては,30万円以下の過料という軽微な罰則が与えられるに過ぎませんでしたが,民事執行法の改正により,制裁を6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金に改めました(改正民事執行法213)。制裁の強化により,債務者に財産開示手続を遵守させ,財産開示手続の実効性を向上させる趣旨です。
第2 不動産競売における暴力団員の買受け防止の方策
昨今の公共事業や企業活動等における暴力団排除の取り組みの進展を受けて,民事執行法上も,フロント企業等を含む暴力団関係者の買受け自体を制限する規定を設けることとなりました。
これにより,裁判所の判断により暴力団員等(暴力団対策法上の「暴力団員」及び「元暴力団員」(暴力団員でなくなってから5年を経過しない者)をいいます),法人で役員のうちに暴力団員等がいるもの等が買受人となることは,制限されます。また,暴力団員等でない者が,暴力団員等の指示に基づき買受けの申出をすることも制限されます。例えば,買受人自身は暴力団員ではなかったとしても,暴力団員が買受人に資金を渡すなどして買受けをさせていた場合も,買受けを制限されることとなります。
第3 国内の子の引渡しの強制執行に関する規律の明確化,国際的な子の返還の強制執行に関する規律の見直し
1 国内の子の引渡しの強制執行に関する規律の明確化
親権者(又は監護権者)でない父又は母が,子を日本国内のどこかの場所に連れ去ってしまった場合,親権者(又は監護権者)である父又は母が,家庭裁判所に対して,子の引渡しの調停や審判により,子の引渡しを求めることになります。そして,子の引渡しの審判が確定した後にも,親権者(又は監護権者)でない父又は母が,子を引き渡さない場合は,親権者(又は監護権者)である父又は母が裁判所に申し立てることにより,子の引渡しの強制執行を行うことができます。
これまで,国内の子の引渡しの強制執行は,現行法では明文の規定がなく,動産に関する規定を類推適用して行われていました。そこで,裁判の実効性を確保しつつ,子の利益に配慮する等の観点から,国内の子の引渡しの強制執行についても,民事執行法で明文化されることとなりました。
親権者(又は監護権者)である父又は母(債権者)の申立てにより,執行裁判所が執行機関となり,執行官に子の引渡しの実施を命ずる旨を決定します(改正民事執行法174④)。ただし,子の利益に配慮し,親権者(又は監護権者)である父又は母(債権者)が子の引渡しの実施を申し立てることができるのは,間接強制では引渡しの見込みがあるとは認められない場合や,子の急迫の危険を防止するために必要がある場合等に限られます(新民執法174②)。また,子の引渡しの際には,子と親権者(又は監護権者)でない父又は母(債務者)が共にいることは不要ですが,子の利益に配慮し,親権者(又は監護権者)である父又は母(債権者)が,子の引渡しの現場に出頭することが原則となっています(改正民事執行法175)。
2 国際的な子の返還の強制執行に関する規律の見直し
子が,親権者(又は監護権者)でない父又は母によって,国境を超えて連れ去られた場合にも,国際的な子の返還の強制執行を行うことができます。
国際的な子の返還の強制執行については,ハーグ条約上,利用可能な手続のうち最も迅速な手続を用いるとの規定があることから,民事執行法の改正に伴って,ハーグ条約実施法も改正されました。
現行制度では要件となっていた間接強制前置を不要としつつ,子の利益に配慮し,国内の子の引渡しの強制執行と同様に,親権者(又は監護権者)である父又は母(債権者)が子の引渡しの実施を申し立てることができるのは,間接強制では引渡しの見込みがあるとは認められない場合や,子の急迫の危険を防止するために必要がある場合等に限られると定められています(改正ハーグ条約実施法136)。また,子の引渡しの際にも,国内の子の引渡しの場合と同様に,子と親権者(又は監護権者)でない父又は母(債務者)の同時存在の要件を不要としつつ,親権者(又は監護権者)である父又は母(債権者)が,子の引渡しの現場へ出頭することを原則としています(改正ハーグ条約実施法140)。
第4 民事執行法その他の見直し
1 差押禁止債権をめぐる規律の見直し
現行法上,債権の差押えにより債務者の生活が困窮することを防止するため,債務者が,差押命令の取消しを求める制度(差押禁止債権の範囲変更の制度)が定められています。
しかし,①債務者がこの制度の存在を十分に認識していない,②債務者が申立ての準備をしている間に差押債権者によって差押債権が取り立てられてしまう,などの理由により,この制度があまり活用されていないのが現状です。
そこで,債務者に差押禁止債権の範囲変更の制度を認識してもらうため,同制度の存在を,裁判所書記官が債務者に対して教示しなければならないことを定めました(改正民事執行法145④)。また,債務者が差押禁止債権の範囲変更の申立ての準備をしている間に差押債権者によって差押債権が取り立てられてしまうことのないように,給与等が差し押さえられた場面において,債務者が差押禁止債権の範囲変更の申立てのための準備期間(差押債権の取立てができない期間)を1週間から4週間に伸長しました(改正民事執行法155Ⅱ)。
※差押禁止債権とは,債務者やその家族が生活していくために必要な財産について,債権者の差し押さえを禁止するものをいいます。
例)給料,賃金,俸給,退職金,賞与の4分の3(民事執行法152①)
国民年金(国民年金法24),厚生年金(厚生年金法41),
生活保護受給権(生活保護法58),児童手当受給権(児童手当法15)
2 債権執行事件の終了をめぐる規律の見直し
債権執行事件において,債権者が取立ての届出等をせずに2年以上もの間にわたって漫然と事件を放置し続けている場面において,執行裁判所が差押命令を取り消す決定を行うことにより,事件を終了させる制度を導入しました(改正民事執行法155⑤乃至⑧)。