リーマン・ブラザーズ証券(以下,「リーマン」といいます)の民事再生手続をめぐり,リーマンに対して債務を負う野村信託銀行がその債務を返済するにあたって,同じグループ会社の野村証券が有する債権との相殺が可能かどうかが争われた訴訟につき,最高裁は,7月8日,同じグループ会社の第三者との相殺は認めないとする初判断を下しました。
本件では,リーマンと野村信託銀行との間で,野村信託銀行と共通の親会社を有する会社がリーマンに対して有する債権と,野村信託銀行がリーマンに負う債務とを相殺できるとの合意がなされていましたが,最高裁は,
「再生債務者に対して債務を負担する者が,当該債務に係る債権を受働債権とし,自らと完全親会社を同じくする他の株式会社が有する再生債権を自働債権としてする相殺は,これをすることができる旨の合意があらかじめされていた場合であっても,民事再生法92条1項によりすることができる相殺に該当しないものと解するのが相当である。 」
とし,民事再生手続においては,三角相殺ができる旨の合意があったとしても,三角相殺は許されないとの判断をしました。また,その理由として,再生債務者に対して債務を負担する者が他人の有する再生債権をもって相殺することができるものとすることは,互いに債務を負担する関係にない者の間における相殺を許すものにほかならず,民事再生法92条1項の「再生債務者に対して債務を負担する」との文言に反し,再生債権者間の公平,平等な扱いという再生手続の基本原則を没却するものというべきであり,相当ではないと述べています。
なお,本件最高裁判決では,千葉勝美裁判官の補足意見が述べられています。同裁判官によると,今後の経済界,金融界におけるデリバティブ取引が大きく進展し,企業グループを全体としてリスク管理を図ることが強く要請される状況となり,企業グル ープ以外の小規模業者も含めて当該業界全体としても,本件相殺的処理ないしそれに類するより広範な相殺的処理のようなリスク管理の必要性・合理性を承認してよいとする共通の認識が広く醸成されてくるような状況が生じてきた場合には,三角相殺を行う範囲をより限定的に規定した契約書を作成することによって民事再生法92条の該当性を肯定することや,あるいは,立法によって,同法同条等が許容する相殺とは別個の,債権者平等原則の例外となる債権債務の差引清算の措置を採用すること等が検討課題となるであろう,とのことです。