1.最高裁判所平成27年3月4日大法廷判決
労災事故における損害賠償額の算定に際して,労災保険法に基いて遺族に支給された遺族補償年金を賠償額から差引くにあたり,「損害の元本」と,その「遅延損害金」のどちらから差引くべきなのか?
この点が問題となった訴訟の上告審で,先日(平成27年3月4日),最高裁大法廷(裁判長・寺田逸郎長官)は,従前の最高裁小法廷判決を変更して,「損害の元本との間で」,相殺を行うべきとの判断を示しました(最高裁判所平成27年3月4日大法廷判決)。
以下では,この判決のことを本判決と呼びます。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/909/084909_hanrei.pdf
2.問題の所在
労災事故の損害賠償額の算定に際して,被害者や遺族が労災保険の支給を受けているときは,公平の見地からの「損益相殺的な調整」として,損害賠償額から保険支給額を差引き(相殺)して計算するものとされています。
つまり,同一の損害について,不法行為者による損害賠償と,労災保険による填補とが重複することによって,被害者サイドの「二重取り」の事態が生じることを回避するために,上記のような差引き計算を行うことによって調整を図っているのです。
そこで問題になるのが,労災保険の支給額の相殺の方法です。
労災保険分を「損害の元本から差引く」のか,それとも,「遅延損害金から差引く」のか,いずれの計算方式を選択すべきなのでしょうか。
ここで重要なのは,いずれの計算方式を選択するかによって,紛争解決の結果にどのような差異が生じるのか? ということです。
例えば,「元本から差引く」とすると,元本たる損害額が減少してしまうので,元本について発生する遅延損害金の額もまた,それに伴って減少することになります。その結果,被害者側が受け取ることのできる賠償額は,大きく減少することになります。
実際,本判決の事案においても,「元本から差引く」計算方式がとられたことによって,「遅延損害金から差引く」場合と比べて,賠償額が200万円程度減額されることになったようです。
このように,計算方式次第で賠償額が大きく増減することになるのですから,どの計算方式が採用されるのかということは,紛争当事者にとっては極めて重要な問題といえます。
3.本判決の位置づけ
しかしながら,その重要性にもかかわらず,この計算方式の問題について,これまで判例上の決着がつけられていませんでした。
例えば,本判決が「変更すべき」とした平成16年の最高裁小法廷判決は,遺族給付について「遅延損害金から差引く」との判断を示しましたが(最高裁平成16年12月20日第2小法廷判決・裁判集民事215号987頁),
他方で,後遺障害にかかる労災保険等の社会保険給付について「元本から差引く」との判断を示した平成22年の2つの最高裁小法廷判決もあり(最高裁判所第1小法廷判決平成22年9月13日・最高裁判所民事判例集64巻6号1626頁,最高裁判所第2小法廷判決平成22年10月15日・最高裁判所裁判集民事235号65頁),
最高裁の判断が統一されていない状態であったのです。
それゆえ,下級審の裁判例も割れており,現に,本判決の一審と二審でも判断は分かれていました。
そのような状況の中で,この問題について,大法廷による統一的な判断を示したのが本判決なのです。
4.本判決の内容
本判決の内容をまとめると,以下のようになります(なお,必要に応じて表現を変更しているので,ご注意ください。)。
① 労災保険法に基く遺族補償年金は,労働者の死亡による遺族の被扶養利益の喪失を填補することを目的とするものであるから,その填補の対象とする損害と,「逸失利益等の消極損害の元本」との間には,同質性・相互補完性がある。
他方で,「遅延損害金」は,遺族補償年金とは明らかに目的を異にするものであるから,遺族補償年金が填補の対象とする損害との間には,同質性も相互補完性もない。
したがって,損害賠償請求権を取得した相続人が遺族補償年金の支給を受けるとき(支給を受けることが確定したときを含む。以下同じ。)には,「遅延損害金」ではなく,「元本」との間で,損益相殺的な調整を行うべきである。
② 遺族の被扶養利益の喪失が現実化する都度ないし現実化するのに対応して,相続人が喪失した被扶養利益を填補するという遺族補償年金の給付の制度趣旨からすれば,遺族年金給付が支給される場合には,その限度で,逸失利益等の消極損害は現実化していない(発生していない)ものと評価することができる。
したがって,遺族補償年金の支給が,制度の予定するところと異なって著しく遅滞するなどの特段の事情のない限り,その填補の対象となる損害は不法行為の時に填補されたものと法的に評価して損益相殺的な調整を行うべきである(つまり,不法行為が発生してから,遺族補償年金の支給を受けるまでの期間に,差引かれるべき元本部分についての遅延損害金が発生していく,という事態は生じ得ないことになります。)。
③ 最高裁平成16年12月20日第二小法廷判決は,上記判断と抵触する限度において,これを変更すべきである。
5.実務への影響等
本判決は,遺族補償年金に関するものではありますが,その説示からすれば,今後,労災保険の相殺が問題となる他の場面においても,同様の結論がとられる可能性が高いものといえます。
その意味でも,本判決が,今後の実務に与える影響は大きいものということができます。
6.関連問題
なお,本判決とは離れますが,任意保険金の支払いがあった場合の相殺の方法についてはどのように解すればよいのでしょうか。
この点については,「任意保険による損害額の支払は,通常,被害者等から治療費,通院交通費,休業損害等の各費目につき,関係資料を任意保険会社に提出して請求をし,任意保険会社においてそれを検討して,損害費目を示した上で被害者に損害金が支払われるものであることからすると,支払われた損害金は損害費目との結びつきが強く,当該損害費目につき,元本充当の合意を認めることができると考えられる。」との指摘がされています(大島眞一「交通損害賠償訴訟における虚構性と精緻性」判タ1197号37頁)。
そうだとすれば,任意保険による損害金の支払分についても,「元本から差引く」方式によることが適しているケースが多いものと考えられます。