第1 判決の概要
本件は、株主総会において退任取締役の退職慰労金を内規に従って決定する承認決議がされた場合において、当該退任取締役に対し当該内規の基準額から減額した退職慰労金を支給する旨の取締役会決議には裁量権の逸脱・濫用がないと判断した最高裁判例です。
第2 争点
1 報酬等の規制
会社法上、取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(報酬等)については、定款に定めがなければ株主総会の決議によって定めなければならない(会社法361条1項)とされておりますが、判例上、株主総会においては取締役全員の報酬総額の最高限度のみを定め、その枠内で個人別の報酬額の決定を取締役会に一任することも適法と解されています(最判昭和60.3.26判時1159・150)。
本件で問題となった退職慰労金も報酬等に当たるため、基本的には上記のような報酬等の規制が及ぶこととなります。
もっとも、退職慰労金については、①会社の内規や慣行によって一定の支給基準が確立し、②当該基準が株主に推知しうる場合には、株主総会決議で、一定の支給基準に従って退職慰労金を支給するものとし、具体的金額、支給期日、支給方法は取締役会の決定に一任することは適法(最判昭和39.12.11民集18・10・2143)と解されています。
2 本判決の争点
本判決の事案は、退職慰労金内規に従って取締役会が元代表取締役に対する退職慰労金額を決定する旨の株主総会決議後、取締役会は当該内規によって算定される退職慰労金の基準額から大幅に減額した額を元代表取締役に支給する旨の決議をした事案ですが、そのような取締役会による退職慰労金の減額は株主総会から委任された退職慰労金の支給金額決定に当たって裁量の逸脱・濫用があると認められるかが問題となりました。
第3 事案の概要
1 当事者
⑴ 原告
原告は、平成16年6月から被告の代表取締役に就任し、平成29年6月に代表取締役社長及び取締役を辞任した元代表取締役です。
本来原告本人が負担すべき源泉所得税及び社内規程違反の宿泊費の補填を意図して報酬の増額を行ったことが新聞等で報じられ、代表取締役社長及び取締役を辞任することとなりました。
⑵ 被告
ア 被告会社
放送法による基幹放送事業等を目的とする株式会社です。
イ 被告Y2
平成28年6月17日に被告会社の取締役に就任し、平成29年6月16日に原告の後任として被告会社の代表取締役社長に就任した者です。
2 被告会社において定められていた退職慰労金内規(本件内規)の概要
被告会社においては、以下のような退職慰労金内規が定められていました。
①退任慰労金は、本件内規等を勘案した上で計算すべき旨の株主総会決議に従い取締役会が決定した額、又は本件内規に基づいて取締役会が決定し、株主総会で承認された額とする。
②退任慰労金は、退任時の報酬月額に、役位別に算出した在任年数にそれぞれの役位係数に乗じた数を累計した支給率累計を乗ずる方法により算出する。
③役位係数は,代表取締役社長は4.0とし,専務取締役は3.0とし,常務取締 役は2.5とし,取締役は2.0とする。
④取締役会は、退任取締役のうち、在任中会社に対し特に重大な損害を与えたものに対し、②により算出した金額を減額することができる(特別減額)。
3 原告の退職慰労金が支給されるまでの株主総会決議、取締役会決議
⑴ 平成29年6月16日 定時株主総会
被告会社の一定の基準に従い、相当額の範囲内で退職慰労金を贈呈すること、金額、贈呈時期、方法等を取締役会に一任する承認決議(本件株主総会決議)が行われました。
⑵ 平成29年6月16日 取締役会
Xと利害関係を有しない第三者を構成員とする調査委員会が設置されました。
⑶ 平成29年12月1日 取締役会
調査委員会が被告Y2へ最終報告書を提出し、取締役会において当該報告書の内容について説明が行われました。
⑷ 平成30年2月2日 取締役会
最終報告書に示された減額可能額の9割を退職慰労金から差し引いた5700万円をXに支給する旨の決議(本件取締役会決議)がされました。
4 原告の請求内容
議長であった被告Y2の故意又は過失により、本件株主総会の委任の範囲を超える減額を行う本件取締役会決議がされたとして、選択的に①または②を求める請求をしました。
①X➡被告会社 退職慰労金請求として退職慰労金減額分の請求
X➡Y2 会社法429条1項又は不法行為に基づく損害賠償請求
②X➡被告会社及びY2 被告会社に対しては会社法350条又は不法行為に基づき、被告Y2に対しては会社法429条1項または不法行為に基づく損害賠償請求として退職慰労金減額分+弁護士費用の連帯支払
5 判旨
原判決を破棄し、第1審判決を取り消す。
被上告人(X)の請求をいずれも棄却する。
⑴ 判断基準
本判決は、
・退職慰労金内規の特別減額規定(上記2④の規定)の趣旨について、取締役を監督する機能である取締役会が取締役の在任中の行為について適切な制裁を課すことにより、上告会社の取締役の職務執行の適正を図る点にあると解されること
・特別減額規定の要件である、当該退任取締役が上告人会社に「特に重大な損害を与えた」という評価の基礎となる行為の内容や性質、当該行為によって被告会社が受けた影響、当該退任取締役の被告会社における地位等の事情は、取締役会が判断するのに適した事項であること
・退職慰労金規定には本件減額規定による減額の範囲等について何らの定めもないこと
を認定し、
取締役会は、「在任中特に重大な損害を与えたもの」に当たるか否か、これに当たる場合に減額をした結果として退職慰労金の額をいくらにするかを判断するに当たり、広い裁量権を有するというべきであって、取締役会の決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということができるのは、この判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理である場合に限られると解するのが相当であると判示しました。
⑵ あてはめ
本判決は、退任取締役の報酬額の決定をした本件取締役会決議は、第三者委員会が作成した調査報告書の内容を踏まえて行われたものであるが、
・本件調査委員会が調査等に当たって収集した情報に不足があったことはうかがわれないこと
・取締役会は、本件調査委員会が提示した案(原告が、在任中、長期間にわたり被告会社から社内規程の上限を超える金額の宿泊費等を受領し、発覚後は一旦負担した当該超過分に係る源泉徴収税相当額を被告会社に転嫁し、また宿泊費等の支給を実質的に永続化する目的で自らの報酬を増額した行為について刑事告訴をし、かつ原告に退職慰労金を支給しない案)も検討したが、審議の結果、最終的に、告訴をせずに退職慰労金を大幅に減額する旨の判断に至ったのであり、取締役会においては、相当程度実質的な審議が行われたこと
を認定し、取締役会の判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理であるということはできず、本件取締役会決議に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできないと判示しました。
第4 本判決の意義等
1 本判決の意義
取締役会による退職慰労金減額の決定については、経営判断と同様の広い裁量権が認められることを前提として、経営判断原則[1]と同様の判断枠組を用い、裁量権の逸脱・濫用はないと判断した点に意義があります。
⑴ 原判決との比較
原審は、本判決と同様に、取締役会が株主総会から与えられた裁量を逸脱・濫用した場合に取締役が損害賠償責任を負うという判断枠組を採用していたものの、裁量権の範囲を本判決よりも狭く解していたため、報酬減額を行った取締役会の裁量権の逸脱・濫用があったと判断しています。
具体的には、株主総会から取締役会への委任は本件内規を厳格に解釈適用すべきことを前提にしたものであるとして取締役会の裁量権の範囲は狭く解し、被告会社に対して「特に重大な損害を与えた」とはいえないと裁判所が判断した原告の行為(原告が在任中独断で長期間にわたり文化芸術活動の支援事業等のための費用を被告会社に支出させた行為)によって生じた損害額相当額をも報酬額から減額したことについて、取締役会には裁量権の逸脱・濫用があると判断したため、本判決とは異なる結論となりました。
⑵ 原判決の批判
もっとも、このような判断をした原判決に対しては、
・具体的な報酬等の決定については取締役に広範な裁量権を与えることが望ましいとの批判(原審の判例評釈として、久保田安彦「法学研究」〔慶應義塾大学〕47頁)や、
・第三者委員会の作成した最終報告書に基づき判断した取締役会の判断について信頼の原則が認められるべきである旨の批判(原審の裁判例評釈として、弥生真生「退職慰労金減額の取締役会決議と議長の不法行為責任」金商1657号6頁)
がありました。
⑶ 本判決のポイント
本判決は、第三者委員会の調査を実施し、当該第三者委員会が調査に当たって収集した情報に不足がないこと、取締役会が実質的な審議をしていたこと等を考慮した上で、原告が在任中独断で長期間にわたり文化芸術活動の支援事業等のための費用を被告会社に支出させた行為が被告会社に損害を与えるものであったか否かにかかわらず、原告が本件減額規定にいう「在任中特に重大な損害を与えたもの」に当たるとして減額をし、その結果として被上告人の退職慰労金の額を5700万円とした取締役会の判断が株主総会の委任の趣旨に照らして不合理であるということはできない旨判示しています。
第5 実務対応において重要なポイント
本判決をふまえると、株主総会での一任決議後、取締役会において内規に基づき退職慰労金減額の決定をするに当たっては、
情報収集過程と調査、判断過程における合理性を担保することが重要であると考えられます。
具体的には、
・退任取締役と利害関係を有しない第三者である専門家(弁護士等)により構成される第三者委員会[2]作成の意見書・報告書を取得する等調査を十分に行うこと
・取締役会において、意見書や報告書の調査を踏まえた実質的な審議をすること
・報酬額決定に当たっての情報収集や判断過程について記録化すること(報告書の作成、第三者委員会による取締役会での報告、審議の内容の記録等)
が重要であると考えられます。