加藤&パートナーズ法律事務所

加藤&パートナーズ法律事務所

法律情報・コラム

法律情報・コラム

会社法判例-株主の提訴請求に対する監査委員らの不提訴判断について善管注意義務違反が否定された事例 (東芝株主代表訴訟事件)-

株主の提訴請求に対する監査委員らの不提訴判断について善管注意義務違反が否定された事例(東芝株主代表訴訟事件) 

東京高判平成28年12月7日 金判1510号47頁(上告受理申立て)

原審:東京地判平成28年7月28日 金判1506号44頁

第1 判決の概要

 指名委員会等設置会社であるA社は、B技術研究組合を介して、C独立行政法人から受注した業務に関し、労務費を水増しして請求し、受領していた。この件が発覚した後、A社は本来返還する必要のない金員まで返還し、早期解決を図った。A社株主であるXは、これを損害として、当時の取締役であったDらに対する損害賠償請求につき提訴請求をした。しかし、A社の監査委員であったYらは提訴しなかった。

 この監査委員の不提訴判断が善管注意義務・忠実義務違反にあたるとして、XはYらに対し5億0920万0419円及び遅延損害金を請求する株主代表訴訟を提起した。

本判決は、本件の事実関係からはDらに対し責任追及訴訟を提起した場合の勝訴の可能性は非常に低いとして、Yらの責任を否定した。

(参照条文)

会社法847条(株主による責任追及等の訴え)

1 6箇月(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前から引き続き株式を有する株主(第189条第2項の定款の定めによりその権利を行使することができない単元未満株主を除く。)は、株式会社に対し、書面その他の法務省令で定める方法により、・・・役員等・・・の責任を追及する訴え・・・の提起を請求することができる。ただし、責任追及等の訴えが当該株主若しくは第三者の不正な利益を図り又は当該株式会社に損害を加えることを目的とする場合は、この限りでない。

4 株式会社は、第1項の規定による請求の日から60日以内に責任追及等の訴えを提起しない場合において、当該請求をした株主又は同項の発起人等から請求を受けたときは、当該請求をした者に対し、遅滞なく、責任追及等の訴えを提起しない理由を書面その他の法務省令で定める方法により通知しなければならない。

会社法408条(指名委員会等設置会社と執行役又は取締役との間の訴えにおける会社の代表等)

5 第420条第3項において準用する第349条第4項の規定にかかわらず、次に掲げる場合には、監査委員が指名委員会等設置会社を代表する。

一 指名委員会等設置会社が第847条第1項・・・の規定による請求(執行役又は取締役の責任を追及する訴えの提起の請求に限る。)を受ける場合(当該監査委員が当該訴えに係る訴訟の相手方となる場合を除く。)

第2 事案の概要

 1 A社による労務費の水増し請求

A社は、電気機械器具製造業等を目的とする東証第一部(当時)に上場する指名委員会等設置会社である。A社は、B組合を介しC法人から業務の委託を受けていたが、平成6年度の労務費について水増し請求をし(本件過大請求)、その支払いを受けた(本件不正行為)。

平成8年6月、A社従業員Xは、この事実につきA社取締役Dに対し告発した。その後、A社は、過大請求額が資料散逸のため確定できないとして、C法人に対し労務費全額の返還を申し出て、遅くとも平成14年8月2日までにB組合を介しC法人に対して同額の支払いをした。

 2 第1次提訴請求および第2次提訴請求

Xは、A社の株主として、A社の監査委員会に対して、平成24年4月30日付提訴請求書によりA社元取締役Dら3名に対して、また、平成25年3月27日付提訴請求書によりDらを含むA社元取締役ら22名に対して損害賠償請求の訴えを提起するようそれぞれ請求した。

A社の監査委員会は、いずれの提訴請求についても、責任追及の訴えを提起しない旨をXに対し通知し、実際にも訴訟を提起しなかった。また、Xも、第1次提訴請求に対する不提訴理由通知書を受け取った後、直ちに株主代表訴訟を提起することはなかった。

 3 元取締役らに対する代表訴訟

Xは、平成25年8月5日、Dらを含む元取締役7名を被告として、本件過大請求発覚後、早期の幕引きを図るために本来返還する必要のない金員までC法人に対して返還したことによってA社が損害を被ったなどと主張して、株主代表訴訟を提起した。

裁判所は、平成26年2月6日、Xの主張に係る損害賠償請求権はいずれも消滅時効が完成しているなどとして、Xの請求を棄却し、その後、同判決は確定した。

 4 本件代表訴訟

Xは、平成26年3月31日付提訴請求書により、A社に対して、株主から提訴請求を受領しながらDらに対して損害賠償請求を行わなかったA社の監査委員4名(Yら)に対して損害賠償請求の訴えを提起するよう請求した(第3次提訴請求)。

A社は、同年5月27日付不提訴理由通知書により、Xに対し、訴えを提起しない旨通知し、実際にも訴訟を提起しなかった。

そこで、Xは、Yらが第1次提訴請求を受けながら、Dらに対する督促を行い又は直ちに訴えを提起せず、結果として、A社の損害賠償請求権を時効消滅させたことにつき、善管注意義務・忠実義務の違反があったと主張して、Yらの責任を追及する株主代表訴訟を提起した。

原判決は、Xの請求をいずれも棄却したため、これに対してXが控訴した。

第3 判旨

   控訴棄却。Xの請求を認めず、Yらの責任を否定した。

1 提訴請求を受けた監査委員の裁量権の存否について

本判決は、「提訴請求を受けた監査委員の善管注意義務・忠実義務違反の有無については、当該判断・決定時に監査委員が合理的に知り得た情報を基礎として、同訴えを提起するか否かの判断・決定権を会社のために最善となるように行使したか否かによって決するのが相当である。そして、責任追及の訴えを提起した場合の勝訴の可能性が非常に低い場合には、監査委員が同訴えを提起しないと判断・決定したことをもって、当該監査委員に善管注意義務・忠実義務の違反があるとはいえないというべきである。」と判示し、提訴請求を受けた監査委員に一定の裁量権を認めるとともに善管注意義務・忠実義務違反の有無につき審査基準を明らかにした。

2 提訴の判断の基礎となる情報について 

  本判決は、提訴請求を受けた後、A社の監査委員会は、調査委員会を設置し、Dらからの事情聴取のほか、弁護士からの意見聴取等、調査委員会において必要と判断する調査を行い、本件過大請求、本件不正行為及びDらによる是正指示について、提訴の当否を判断するにあたり必要十分な情報に基づき正確な事実を認識したこと、Dらのその後の対応についての認識についても、提訴の当否を判断するにあたり必要な限度の情報に基づいて認定を行い、その上で提訴の当否について判断しており、Yらは合理的に知り得た情報を基礎として不提訴の判断を行ったというべきであるとした。

3 責任追及訴訟を提起した場合の勝訴の可能性について

本判決は、Dらの善管注意義務・忠実義務違反の有無を検討した上で、本件の事実関係からはDらの善管注意義務・忠実義務違反の事実は認められず、Dらに対し責任追及訴訟を提起した場合の勝訴の可能性は非常に低いとして、Yらの責任を否定した。

第4 実務上のポイント

 1 本判決の意義

   本件事案は、株主からの提訴請求を受けて不提訴と判断した監査委員の任務懈怠責任が株主代表訴訟により追及されたものであり、公刊裁判例としては初めてのものであって、先例として重要な意義がある。

本判決の判示は、監査役設置会社の監査役、監査等委員会設置会社の監査等委員についてもあてはまると考えられる。

 2 提訴判断と任務懈怠

   本判決は、提訴請求を受けた監査委員の善管注意義務・忠実義務違反の有無については、①当該判断・決定時に監査委員が合理的に知り得た情報を基礎として、②同訴えを提起するか否かの判断・決定権を会社のために最善となるように行使したか否かによって決するのが相当であると述べる。

まず①についてだが、提訴請求を受けた監査役、監査等委員、監査委員(監査役等)は取締役等の提訴請求対象者の任務懈怠の有無について、提訴判断に必要な調査を尽くすことが求められている。もっとも、提訴請求を受けた日から60日以内に提訴しない場合、株主から請求を受けたときは不提訴とする理由を書面等により株主に対し通知する必要があることから(会社法847条4項)、調査期間については限界がある。

   本件事案の場合、監査委員会は、第3の2記載のとおり、調査委員会を設けて、Dらからの事情聴取、弁護士からの意見聴取等の調査を行い、事実関係についても提訴の判断をするにあたり必要な情報を収集していたと認定されている。提訴請求を受けた監査役等にとって、実務上参考となろう[1]

   次に②についてであるが、調査で得た情報を基礎として、会社のために最善となる判断をしたか否かが問題となる。

   本件事案のように、Dらに対し責任追及の訴えを提起した場合の勝訴の可能性が非常に低い場合は、不提訴判断が任務懈怠とはならない。監査役等が任務懈怠責任を負う危険があるのは、本件事案と異なり、提訴請求対象者に責任がある場合といえる。

3 責任等があると判断した場合の不提訴裁量の範囲

   前述した不提訴理由の通知には、ⅰ会社が行った調査の内容、ⅱ請求対象者の責任又は義務の有無についての判断及びその理由、並びにⅲ責任又は義務があると判断した場合には訴えを提起しない理由を記載しなければならないと定められている(会社法施行規則218条)。この規定からすると、監査役等が請求対象者に責任等があると判断した場合であっても、不提訴とする判断は許容される。

次に、いかなる場合に不提訴との判断が善管注意義務違反とならないかが問題となる。この点、監査役について、提訴による会社の信用棄損や将来の利益を考慮しての政策的不提訴が許されるかという議論がなされてきた。この点、政策的不提訴を許容する肯定説もあるが[2]、否定説も有力である[3]。未だこの点に関する裁判例が見当たらないため、監査役等の立場からすると政策的不提訴については慎重であるべきだろう[4]

現実には、請求対象者たる取締役等との関係性から、提訴を躊躇する監査役等が多いと考えられるところ、政策的不提訴を広く許容すれば、将来の違法行使抑止機能、会社の自浄作用が損なわれるおそれがあって妥当ではない[5]

信頼回復・企業価値向上の観点からは取締役の忠実義務違反や重大な注意義務違反の事例については政策的不提訴を認めるべきではない[6]。この点、取締役が無資力である場合、賠償額が少額に過ぎる場合などは、勝訴しても会社にとって利益はなく、提訴しなくても任務懈怠にならないとの見解がある[7]。しかし、会社の利益は損害回復のみではなく、違法行為の抑止等についても考慮する必要がある[8]

取締役である監査委員、監査等委員については、監査役と比較して政策的な不提訴裁量を広く認める見解がある[9]。監査委員、監査等委員は取締役であって取締役会の構成員であって、提訴を回避するインセンティブは監査役より大きいといえる。そのため、不提訴裁量を広げる解釈は信頼回復・企業価値向上の観点からは妥当ではなく、監査役と同様に解するべきであろう[10]

弁護士 加藤真朗



[1] ベスト・ブラクティスを定めたとされる日本監査役協会「監査役監査基準」(2022年8月1 日最終改定)は「提訴の当否判断に当たって、監査役は、被提訴取締役のほか関係部署から 状況の報告を求め、又は意見を徴するとともに、関係資料を収集し、外部専門家から意見を 徴するなど、必要な調査を適時に実施する。」と規定する (54条2項)。なお、同様の定めは、 指名委員会等設置会社について「監査委員会監査基準」(2022年8月1日最終改定) 48条、 監査等委員会設置会社について「監査等委員会監査等基準」(2022年8月1日最終改定) 52 条においてそれぞれ存在する。

[2] 江頭憲治郎『株式会社法(第9版)』564頁(有斐閣・2024)等。

[3] 近藤光男「代表訴訟と監査役の機能」黒沼悦郎=藤田友敬編『江頭憲治郎先生還暦記念 企業法の理論(上巻)』601頁(商事法務・2015)等。

[4] 中立的な第三者委員会の判断に従う場合は、例外的判断も許容されるであろう。高橋均「本件判批」ジュリ1510号117頁(2017)参照。

[5] 取締役等に対する提訴請求を受けた不提訴判断が善管注意義務違反となる基準について、第三者に対する損害賠償請求権の不行使に関する裁判例(東京地判平成16年7月28日判タ1228号269頁)が示した①勝訴しうる高度の蓋然性があったこと、②勝訴した場合の債権回収が確実であったこと、③回収が期待できる利益がそのために見込まれる諸費用等を上回ることが認められることという三要件を必要条件とする見解がある(前田雅弘「本件判批」リマークス55号81頁)。前掲東京地判平成16年7月28日は経営判断原則を採用したものと解されているところ、提訴請求を受けた不提訴判断については、純粋な経営判断の場面とは異なり、裁判所の事後審査に適していると考えられる(張笑男「本件判批」金判1542号5頁参照)のであるから、前掲東京地判平成16年7月28日の基準と同様に解さなくてもよいのではないか。不祥事を起こした会社の信頼回復・企業価値向上という視点を加えた議論が望まれる。

[6] 加藤真朗「株主代表訴訟と監査役等の責務」榊素寛=古川朋雄=宮崎裕介編『近藤光男先生古稀記念 コーポレート・ガバナンスのフロンティア』356頁(商事法務・2024)。

[7] 山下友信「取締役の責任・代表訴訟と監査役」商事1336号12頁(1993)

[8] 近藤光男「監査役の義務と責任」商事1383号7頁。

[9] 岩原紳作編『会社法コンメンタール(9)』136頁〔伊藤靖史〕(商事法務・2014)等

[10] 加藤・前掲注6)361~362頁。

トップへ戻る