譲渡制限株式を第三者に譲渡するために譲渡承認請求を受けた株式会社が、これを否決した上で、自ら買い取ることとし、売買価格決定申立てを行った事案において、価格決定に当たり非流動性ディスカウントが認められた事例
最決令和5年5月24日裁時1816号7頁
原審:広島高決令和3年12月21日(平成30年(ラ)103号)
第一審:広島地裁福山支判平成30年5月25日(平成28年(ヒ)3号・平成28年(ヒ)4号)
第1 判決の概要
本件は、譲渡制限株式を第三者に譲渡するために譲渡承認請求を受けた株式会社が、これを否決した上で、自ら買い取ることとし、売買価格決定申立てを行った事案である。原審では、価格決定において、30%の非流動性ディスカウントを認め、本決定もこれを支持し、抗告を棄却した。
(参照条文) 会社法144条2項(売買価格の決定) 2 株式会社又は譲渡等承認請求者は、第百四十一条第一項の規定による通知があった日から二十日以内に、裁判所に対し、売買価格の決定の申立てをすることができる。 |
第2 事案の概要
1 申立てに至る経緯
Y1社及びY2社(以下「Y1社ら」という。)は、いずれも取締役会設置会社であり、定款には、その発行する株式の譲渡又は取得をするには取締役会の承認を受けなければならない旨の定めがある。
Xは、Y1社の株式約18.8%及びY2社の株式約10.67%(以下「本件株式」という。)を第三者に譲渡するためにY1社らに対し、譲渡承認請求を行ったがY1社らは、その譲渡を承認しない旨の通知をした。
Y1社らは、Xに対し、株式を買い取る旨を通知した上で、売買価格決定申立てを行った。
2 原審
原審において、株式1株当たりの売買価格について鑑定が実施されたところ、次の旨の鑑定意見を述べた。
① 本件株式の評価方法は、DCF法を用いるのが相当である。
② 本件株式の売買価格の算定に当たっては、いずれも非上場会社の株式には市場性がないことを理由とする減価(「非流動性ディスカウント」)として、本件株式の評価額から30%の減価を行うのが相当である。
かかる鑑定意見に基づき算定された株価について不服のあるXが、許可公告を申し立てた。
第3 判旨
最高裁は、「会社法144条2項に基づく譲渡制限株式の売買価格の決定の手続は、株式会社が譲渡制限株式の譲渡を承認しない場合に、譲渡を希望する株主に当該譲渡に代わる投下資本の回収の手段を保障するために設けられたものである。そうすると、上記手続により譲渡制限株式の売買価格の決定をする場合において、当該譲渡制限株式に市場性がないことを理由に減価を行うことが相当と認められるときは、当該譲渡制限株式が任意に譲渡される場合と同様に、非流動性ディスカウントを行うことができるものと解される。このことは、上記譲渡制限株式の評価方法としてDCF法が用いられたとしても変わるところがないというべきである。」と判示し、DCF法によって算定された評価額から非流動性ディスカウントを行うことができることを認め、抗告を棄却した。
第4 実務上のポイント
1 意義
本件は、会社法144条2項に基づく売買価格決定申立てに係る株式の評価に関し、非流動性ディスカウントを認めた点で重要な意義がある。
非流動性ディスカウントについては、反対株主の株式買取価格の決定(会785Ⅰ)の場面において、収益還元法により株式買取価格を決定する場合には非流動性ディスカウントを認めないという先例(最決平成27年3月26日民集69巻2号365頁、以下「最決平成27年3月26日」という。)があり、かかる先例との関係性が注目される。
2 訴訟類型に応じた株価算定の方法の異同
閉鎖会社の少数株主に係る株式評価が問題となる場合において、少数株主の売却できる額を保障すればよいという考え方と少数株主と支配株主の双方に同じ1株当たりの株主に属する企業価値を保障するという考え方の2つの考え方があるとの指摘がある(株式星明男「株式買取請求手続における非流動性ディスカウントの可否-道東セイコーフレッシュフーズ事件決定を踏まえて」田中亘ほか編『論究会社法-会社判例の理論と実務』(有斐閣、2020)・254頁から255頁)。
前記のとおり、最決平成27年3月26日は、反対株主の株式買取価格の決定(会785Ⅰ)という組織再編の場合における株式評価が問題となった事案であり、本件は譲渡承認の拒絶の場合の株式評価の事案である。
最決平成27年3月26日でも判示されているとおり、反対株主の株式買取請求権の趣旨は、組織再編行為に反対する株主に会社からの退出の機会と企業価値の分配を保障する点にあり、かかる趣旨に鑑みると、同じ1株当たりの株主に属する企業価値を保障するという考え方をとって株式を評価するべきであるという方向に働く。
他方で、譲渡承認の拒絶による譲渡価格決定申立ての事案は、株主が自らが譲渡を希望しているというものであり、反対株主の株式買取請求権における上記趣旨が当てはまらない。寧ろ自ら売却を希望している事案であることからすれば、少数株主の売却できる額を保障すればよいという考え方をとって株式を評価するべきであるという方向に働く。
会社法144条2項に基づく価格決定の手続きが、「譲渡に代わる投下資本の回収の手段を保障するために設けられたもの」であるとの本判決の判旨に言及し、株主に保障される価値が異なると理解する手がかりとなるとの指摘もある(星明男「非流動性ディスカウントと裁判例の理解」(商事法務No.2345、2023)・64頁)。
本判決と最決平成27年3月26日とでは訴訟類型が異なることから、非流動性ディスカウントの可否について結論の差異が生じたものであると解される。
3 市場性がないことが既に考慮されている場合
本判決は、譲渡制限株式の評価額の算定過程において市場性がないことが十分考慮されている場合には、二重の減価となるので非流動性ディスカウントを行うことは相当ではないと述べている。
この点は当然のことを述べたものと思われるが、非流動性ディスカウントが問題となる事案においては、鑑定結果中に市場における流動性が評価済ではないかという視点をもって確認することが必要である。
4 ディスカウント率
本判決では非流動性ディスカウントのディスカウント率を30%としているところ、これは実務上一般的な数値のように思われる。
本判決の判旨からは30%という数値の適否については何ら述べられていないが、今後の同種事案を通じて、ディスカウント率についても議論が進められることが期待される。
弁護士 浅井 佑太