修正動議と事前の書面による議決権行使との関係等につき判示した事例(アドバネクス株主総会決議不存在確認等請求訴訟)
東京高判令和元年10月17日 金判1582号30頁
(原審:東京地判平成31年3月8日 金判1574号46頁)
第1 判決の概要
本件は、東証第1部上場会社であるY社の株主であるXら(X1は創業者一族であり元代表取締役会長)が、Y社定時株主総会(本件総会)において、X1及びA~Fの計7名を取締役に選任する議案(本件会社提案)が可決されたと主張し、筆頭株主である法人グループの代表者であるJが議長として行ったA、B、C、G、H及びIの計6名を取締役に選任する旨の議案(本件修正動議)を可決した決議(本件決議)の不存在確認等を求めた事案である。本判決は原審と同様に、本件決議には瑕疵があったとしたものの、新たな総会決議の成立等を理由に、Xらの訴えの一部を却下し残部を棄却した。
本判決の判示事項は、原判決を引用して判示した部分を含め多数に上るが、いずれも株主総会実務において参考となるものである。
(参照条文) 会社法310条(議決権の代理行使) 株主は、代理人によってその議決権を行使することができる。この場合においては、当該株主又は代理人は、代理権を証明する書面を株式会社に提出しなければならない。 会社法311条(書面による議決権の行使) 1 書面による議決権の行使は、議決権行使書面に必要な事項を記載し、法務省令で定める時までに当該記載をした議決権行使書面を株式会社に提出して行う。 2 前項の規定により書面によって行使した議決権の数は、出席した株主の議決権の数に算入する。 民法93条(心裡留保) 1 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。 |
第2 事案の概要
1 当事者等
X1はY社の株主であり、Y社の創業者の孫で本件総会までY社の代表取締役であった。X2はX1の母でありY社株主である。X3社はY社の株主である。Y社は東証第1部上場企業であり、Y社においては、本件総会まで本件会社提案の候補者らが取締役であった。
Jは、Y社の株主である会社5社の代表取締役であり、実質的な筆頭株主であった。Kはこのうち1社の職務代行者として本件総会に参加し、後述のとおり動議により本件決議の際議長を務めた。
Y社持株会(本件持株会)は、Y社の取引先を会員とする持株会であり、本件総会当時、Jが理事長であった。
L銀行は、Y社の株主であり、Mは同銀行の支店長であり本件総会に入場していた。
Y社の定款には、①株主総会の議長は取締役社長とし、社長に事故あるときは取締役会で定めた順序により他の取締役が議長となる旨の規定、②取締役は8名以内とする規定があった。
2 本件総会の経過等
Y社代表者であったAを議長として本件総会が開始されたが、本件会社提案の審議の際、Jは本件修正動議を行った。
本件会社提案と本件修正動議につき、一旦議場を閉鎖し、Jが用意した投票用紙で議決権行使し、集計をすることとなった。その際、議長であったAは、本件会社提案に賛成する株主は本件修正動議に反対するよう株主に説明した。
Jは自己が代表する会社及び本件持株会の代表として、KはJが代表者である会社1社の職務代行者として、本件修正動議に賛成として議決権を行使した。
L銀行は、本件総会に先立ち議決権行使書面を送付することにより本件会社提案に賛成の議決権を行使していたところ、L銀行の担当者Mは、Y社担当者に傍聴に来ているだけである旨等を説明し、何も記載せずに投票用紙を渡した。
本件持株会は、Y社総務部を事務所としており、会員に対し、本件総会につき特別の指示がある場合は本件総会の前日までに書面をもって知らせること、会社提案に賛成の場合は特別の指示は不要であること等を通知した上、本件持株会は、本件総会に先立ち電子投票により本件会社提案につき賛成の議決権を行使していた。
本件持株会の理事長でもあるJは、本件持株会も本件修正動議に賛成する旨の議決権行使をした。しかし、Y社は、その投票の集計中に、本件持株会の会員から本件会社提案に反対する旨の特別の指示がなされていないことから、この議決権行使は濫用により無効で、事前の議決権行使を有効とする旨の原稿を用意した。
集計結果の公表等のため、Y社本社にて本件総会が再開された際、Kは議長の交代を求める動議(議長交代動議)を提出し、JはKを新たな議長に指名すると述べた。Aは、これを動議と取り扱い、可決されたものとして議長をKに交代した上(議長交代決議)、Kは、本件修正動議が可決した旨発言した。
その後、Y社は、L銀行の議決権行使が、本件修正動議では候補者とされていないX1及びD~F(X1ら)の選任について賛成とされていたものを、棄権に変更する旨の訂正臨時報告書を提出した。
3 提訴
Xらは、主位的に①本件決議の不存在確認請求及び②X1らが取締役であることの確認請求(控訴審にて追加)を、予備的に③本件決議の取消請求及び④X1らが権利義務取締役であることの確認請求(控訴審にて追加)を行った事案である。
原審は、議長交代決議は有効と解した上、L銀行の議決権行使は棄権と取り扱うべきものとしたが、本件持株会が本件修正動議に賛成した議決権行使は権限濫用により無効であるとして、本件決議は取り消されるべきものとしてXらの予備的請求を認容した。これに対し、双方が控訴したのが本件である。本判決は、本件決議に関するXらの訴えをいずれも却下し、その余の訴えを棄却した。
第3 判旨
1 議長交代決議の瑕疵について
本判決はまず、原判決を引用し、株主の職務代行者であるKによる議長交代動議の提出は可能である旨判示した。
その上でさらに原判決を引用し、会議の議長の決定は議事の方法に関する決定としてその会議体において決定すべきであり、取締役が株主総会の議長となる旨の定款の定めがあってもこれと異なる定めを排除するものではないとして、Kが本件総会の議長となったことは定款13条に反しないと判示し、議長交代決議に瑕疵はないとした。
2 本件持株会の議決権行使について
また本判決は、本件持株会の議決権行使の有効性につき、「議決権の行使は、議案に対する株主の意見の表明であるから、...、意思表示に準じて考えるべきであって、議決権行使の有効性の判断について意思表示や代理等の民法の原則の適用を一般的に排除する理由はない。」と判示した。
その上で、原判決を引用し、法人の代表者等が修正議案に議決権を行使する際には、原案に対する特別の指示があれば、そこから合理的に導き出せる内容により議決権行使をする権限が与えられていると解するのが相当とした上、持株会の会員全員から本件会社提案に賛成するとの特別の指示があったとみることができる本件において、Jがした本件修正動議に賛成する議決権行使は、権限を逸脱又は濫用したもので、かつY社総務部が本件持株会の事務局として会員による特別の指示の連絡先となっていたこと、本件総会の再開前にJの投票が本件持株会の特別の指示に反していることを前提とする決議結果発表原稿を用意していたこと、Y社代表者が、本件会社提案に賛成する株主は本件修正動議に反対するよう説明していたことからすれば、Y社は、Jによる議決権行使が権限を逸脱または濫用していることに悪意だったとした。
したがって、Jによる本件持株会の議決権行使は無効とした。
3 L銀行の議決権行使が本件会社提案に賛成したといえるか
本判決は、本件総会では傍聴者としての株主の入場は認められていなかったとの原判決の認定事実を削除した上、L銀行の担当者Mは、議決権行使についての権限を授与されていなかったため、本件会社提案及び本件修正動議について議決権を行使する際、Y社の担当者に対し、傍聴のために本件総会会場に入場しており、議決権行使は事前に送付した議決権行使書によりされているから投票することはできないとして、白紙の投票用紙を返還したとの事実を認定した。
その上で、書面による議決権行使の制度は、株主の意思をできるだけ決議に反映させるために株主自身が株主総会に出席することなく議決権を行使できるよう設けられた制度であるとし、上記の事実を前提とすれば、Y社において確認している株主の意思に従って議決権の行使を認めるべきであるから、投票による本件会社提案及び本件修正動議について欠席と扱い、事前に送付されていたL銀行の議決権行使書の意思に従って、本件会社提案に賛成、本件修正動議に反対として扱うのが相当と判示した。
さらに、Mは議決権行使につき何らの権限を有しておらず、株主の職務代行者ではなかったため、Mが本件総会会場に入場したことや投票前に議場を退場しなかったことをもって、事前の書面による議決権行使が撤回されたとみることはできないと判示した。
これらの結果、本件会社提案のうちX1らに対する賛成票は、過半数に達することとなるとされた。
4 決議の成立時期
本判決は、最判昭和42年7月25日民集21巻6号1669頁を引用し、投票という表決手続を採った場合も含め、議長の宣言は決議の成立要件ではなく、決議は、会社が株主の投票を集計し、決議結果を認識し得る状態となった時点で成立すると判示した。
5 訴えの利益等
(1)本判決は、G~Iは本訴訟の一審判決直後に取締役を辞任しているため、G~Iの選任につき本件決議の不存在確認及び取消しを求める訴えは訴えの利益がなく却下されるべきとした。
(2)また本判決は、本件では本件総会の次年度の総会が開催され新たな取締役選任決議がなされているところ、X1らは同総会の招集決定をした取締役会に出席の機会を与えられておらず同決定には瑕疵があるが、同総会は代表取締役であるAにより招集されているから、同総会決議が法的に不存在とまではいえないとした。
そのため、定款の定めによりX1らの任期は既に満了しており取締役の地位にはなく、X1らは権利義務取締役にも当たらないとされた。
第4 実務上のポイント
本判決が判示した事項で理論上及び総会実務上参考となる要点をまとめると、以下のとおりである。
①株主の職務代行者が株主総会で動議を提出できること、
②定款の定めにかかわらず、総会の決議により取締役でない者を議長と選出することは許されること、
③議決権行使についても民法の意思表示や代理等の原則を適用できること、
④持株会の理事長による修正動議への議決権行使が権限の逸脱又は濫用に当たり、会社が悪意である場合には、当該議決権行使は無効となること(民法93条1項ただし書又は110条の適用又は類推適用と思われる。)、
⑤事前に原案に賛成する書面による議決権行使がなされている場合、権限を有しない株主の担当者が会場で投票しなかったとしても、事前の議決権行使の趣旨に従い原案に賛成、修正動議に反対と取り扱うべきであること
本判決は、法人株主の書面による議決権行使とその職務代行者の総会の議場での行動との関係等、重要な判示を多数含むものであり、理論上及び実務上参考となるものである。
弁護士 佐野 千誉