先行の株主総会で選任された取締役が代表取締役として招集した後行の株主総会において重任されている場合に、先行の株主総会において取締役を解任された株主が同総会における取締役の選任・解任決議の取消しを求める訴えの利益を肯定したが、結論としては株主の請求を棄却した事例(光潤社株主総会決議不存在確認・取消請求事件)
東京高判平成30年9月12日 金判1553号17頁
(原審:東京地判平成30年1月25日 金判1553号28頁)
第1 判決の概要
本件は、ロッテグループの経営権を巡る一連の紛争において、ロッテグループの持株会社の筆頭株主であったY社(光潤社)の株主総会決議の有効性等が争点となった裁判である。
Y社の株主であり先行する株主総会決議(先行決議)によってY社取締役を解任されたX(創業者Aの長男)が、Y社に対し、同解任決議を含む先行決議の取消しを求めた[第1事件]と、XがY社に対し、先行決議によって新たに取締役に選任されたDを含む取締役の過半数の賛成によって代表取締役に選定されたB(創業者Aの二男)が招集した株主総会における取締役選任決議等(後行決議)の不存在確認・取消しを求めた[第2事件]が併合されている。
本判決は、Xが先行決議のうちX解任・新取締役選任の取消しを求めることの訴えの利益を肯定し、他方その余の本案の争点ではXの請求をいずれも棄却した原判決の結論を是認した。
(参照条文) 会社法831条(株主総会等の決議の取消しの訴え) 1 次の各号に掲げる場合には、株主等・・・は、株主総会等の決議の日から3箇月以内に、訴えをもって当該決議の取消しを請求することができる。・・・ 一 株主総会等の招集の手続又は決議の方法が法令若しくは定款に違反し、又は著しく不公正なとき。 会社法830条(株主総会等の決議の不存在又は無効の確認の訴え) 株主総会若しくは種類株主総会又は創立総会若しくは種類創立総会・・・の決議については、決議が存在しないことの確認を、訴えをもって請求することができる。 |
第2 事案の概要
先行総会開催時におけるY社の取締役は、平成26年6月に選任されていたA(ロッテグループ創業者)、X(創業者の長男)、B(創業者の二男)の3名であり、Aが代表取締役を務めていた。
Bは株主として平成27年9月11日付でAに対し株主総会の招集請求を行い、平成27年10月6日に同総会の招集許可を裁判所から得て先行総会の招集手続を行った上で、平成27年10月14日、先行総会が開催された。
なお、これに先立つ平成27年9月17日、Aは先行総会の各議案につき賛成の議決権を行使することをBに委任する委任状を作成していた(当時のAの意思能力の有無につき争いがある。)。
先行総会時点(ただし後述のAからBへの株式譲渡を除く)のY社の発行済株式は4万株であり、Bが2万株(50%)、Xが1万5500株(38.75%)、Cが4000株(10%)、Aが333株(0.8%)、Bが代表理事を務めるZ財団が167株(0.4%)を有していた。
Bは、平成27年10月14日、本人、A代理人及びZ財団代表理事の各資格で先行総会に出席し、本人及びA代理人の資格で賛成の議決権を行使し、Z財団の代表理事の資格において棄権した。その結果、Xの解任決議及び新取締役としてDの選任決議を含む各議案は全て賛成多数(2万0333個の議決権)で可決された(先行決議)。
これに伴い、B及びDは、同日、BをY社の代表取締役に選定した。
なお、平成27年8月14日にAの有する株式のうち1株がBに譲渡されており、平成27年10月14日、同譲渡がB及びDにより承認されている(当時のAの意思能力の有無につき争いがある。)。
Aは、平成28年6月17日、Bに対し、後行総会において議決権行使を委任する旨の委任状を作成した。
Bは、招集手続を行った上、平成28年6月29日に後行総会を開催し、出席株主であるB及びA代理人B(議決権合計2万0333個)の議決権行使により、賛成多数で、A、B及Dの取締役選任(重任)決議等が可決された(後行決議)。
Y社の定款では、株式譲渡は取締役の過半数の決定による承認を受ける必要があること、総会は法令に別段の定めがある場合を除き社長が招集すること、取締役2名以上の場合は取締役の過半数の決定をもってその1名を代表取締役とすること等が規定されていた。
XはY社の株主として、Y社に対し、先行決議の取消しを求める株主総会決議取消訴訟を提起し[第1事件]、その後、後行決議につき主位的に不存在確認を求め、予備的に取消しを求める株主総会決議不存在確認等請求訴訟を提起した[第2事件]。両事件は併合されている。
原審は、第1事件につきXの訴えの利益は失われていないと判示したが、取消事由はないとし、Xの請求を棄却した。第2事件についても、Bの招集権限を認めた上、不存在事由、取消事由はないとして、Xの請求を棄却したところ、両事件につきXが控訴した。
第3 判旨
1 先行総会のX解任決議及びD選任決議の取消しを求める部分に訴えの利益があるか(積極)
概要以下のとおりの原審の判断を是認し、訴えの利益を認めた。
本件では、D選任決議の取消しによりDが遡及的に取締役の地位を失えば、その後のBの代表取締役選定につき、取締役の過半数の決定を欠き、Bの代表取締役選定が定款違反で無効となること、また同選定が無効となれば、Bは後行総会の招集権限を遡及的に失うこととなり、後行総会は無権限者が招集したものとなるとともに、後行決議は全員出席総会でなされたなどの特段の事情もないことから、後行決議は法律上不存在となる。
また、X解任決議についても、Xが取締役の地位を遡及的に回復すれば、Bを代表取締役に選任した者は取締役の過半数に足りない2名となり、その結果後行決議が不存在となる。
そのため、先行するX解任、D選任決議の取消しを求める訴えに、その瑕疵の継続を主張して後行決議の不存在確認を求める訴えが併合されている本件においては、先行決議の取消しを求める部分についても訴えの利益が存在する。
2 先行決議の取消事由(消極)
Bへの議決権行使の委任に際し、平成27年当時のAの行動等に照らし、Aの意思能力に問題はなかったとの原審の判断を是認し、定足数違反はなく、取消事由は存在しないとした。
本判決では、委任の当時、①Aがアルツハイマー型認知症に罹患していたとの診断書はないこと、②Aは「アリセプト」等の認知症の治療薬を服用していたが、処方の経緯等が不明で、認知症の予防のため服用していたことも否定できないこと、③平成27年当時、Aは同じ質問を繰り返すなど記憶が曖昧なことがあったが、Aが93歳であったことも考慮すると、病的な記憶障害ないし見当障害によるものか否か不明であること、④Aは韓国において限定後見の審判を受けており財産管理、身上保護、訴訟行為等に限定後見人の同意を要するとされていたが、意思能力を欠く者に対する制限が課され、又はそれと同視できるとはいえないこと等が指摘されている。
3 後行決議の不存在事由(消極)
先行決議に取消事由がないため、後行総会は適法にY社の代表取締役として選定されたBによる招集であるから、招集権限に問題はなく、不存在事由はないとの原審の判断を是認した。
4 後行総会の取消事由(消極)
後行総会に先立って承認されているAからBに対するY社株式1株の譲渡は、譲渡当時Aの意思能力にも問題がなく、その承認も取締役の過半数によりなされているため、後行総会はBの出席により過半数の定足数を満たしており、取消事由は存在しない旨の原審の判断を是認した。
第4 実務上のポイント
1 訴えの利益
本判決の前提となる最高裁判決は、取締役を選任する先行の株主総会決議が存在しない場合、その決議によって選任されたとされる取締役を含む取締役会で選任された代表取締役が招集した株主総会における取締役選任決議は、全員出席総会等の特段の事情がない限り法律上不存在となる旨の判例(最判平成2年4月17日民集44巻3号526頁。「平成2年最判」)、及び、このように瑕疵が連鎖すると主張されており、後行決議の存否を決するには先行決議の存否が先決問題となる場合には、先行決議の不存在確認訴訟と後行決議の不存在確認訴訟が併合されているときは後者はもちろん前者にも確認の利益があるとの判例(最判平成11年3月25日民集53巻3号580頁。「平成11年最判」)の2件である。
本件は、平成11年最判において訴えの利益がある場合として明示されたケースと若干異なり、先行決議を争う訴訟が決議不存在確認訴訟ではなく決議取消訴訟である事案である。もっとも、本判決は、「先行の株主総会決議の取消しを求める訴えの認容判決が確定し、当該決議が遡及的に効力を失えば、後行決議が存在しないことになるなど、後行決議の存否を決するために先行決議の効力の有無が先決問題となる関係」にある場合には、平成11年最判の理が同様に妥当するとして、訴えの利益(確認の利益)を認めている。
本件は、先行決議が取り消されることにより、後行決議が不存在となる関係にあり、平成11年最判と同様に先行決議の瑕疵が「先決問題」であったケースといえる。そのため、本判決の考えを前提とすれば、役員の地位の得喪に関する先行決議の不存在・瑕疵を争う訴訟に、瑕疵の連鎖により後行総会の招集権限を争う後行決議の不存在確認訴訟が併合されている事案一般に訴えの利益を肯定する結論が妥当するものと思われる。もっとも、併合されていない場合(審級が異なるなど審理の進行状況により併合できない場合も想定できる。)にまで射程が及ぶかは不明であるが、併合を必須の要件とすることには否定的な見解もあるところである[1]。
他方、会社側としては、平成2年最判のいう後行決議が全員出席総会でなされたなどの特段の事情を主張し、瑕疵の連鎖を否定することが考えられる。特段の事情の範囲については裁判例の集積もほとんどないが、一例として、代表者等の経営陣側が、株主の立場で裁判所の招集許可を得て後行総会を招集するケースなどが考えられる。
2 意思能力
本件は、株主の議決権行使の委任の有効性を判断するに当たり、高齢株主の意思能力の有無が問題となった。債権法改正においても意思能力のない者の法律行為は無効との規律が法律上も明示され(民法3条の2)、高齢化の進む我が国において、意思能力の有無が問題となるケースは益々増加することが予想される。本件は、このような事案の事実認定の参考となるものである。