株主の提訴請求を受けて取締役に対し責任追求訴訟を提起した監査役からの会社に対する費用等償還請求が認容された事例
(昭和ホールディングス監査費用償還請求事件)
東京高判平成24年7月25日 判時2268号124頁(上告不受理)
原審:横浜地判平成24年2月13日 判時2268号127頁
第1 判決の概要
Y社の監査役であったXが、Y社株主の提訴請求を受け、Y社を代表し、Y社取締役及び元取締役に対し2件の責任追及訴訟を提起したところ、第1訴訟については取締役らの責任が否定されたが、第2訴訟については責任が認められた。
そこで、責任追及訴訟提起のための申立手数料(印紙代)を負担したXが、会社法388条2号等に基づき、Y社に対し費用及び利息の償還を請求したのが本件事案である。
Y社は、XがB社の監査役であったことなどから、B社代表取締役Aの利益(Y社経営権の簒奪)を図るという不当な目的で責任追及訴訟を提起したのであって、申立手数料は「監査役の職務の執行に必要でない」として争った。
本判決は、Y社の主張を排斥し、Xの費用等償還請求を認めた。
(参照条文)
会社法388条(費用等の請求)
監査役がその職務の執行について監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含む。)に対して次に掲げる請求をしたときは、当該監査役設置会社は、当該請求に係る費用又は債務が当該監査役の職務の執行に必要でないことを証明した場合を除き、これを拒むことができない。
二 支出した費用及び支出の日以後におけるその利息の償還の請求
第2 事案の概要
1 XのY社監査役就任
Y社は、主にゴム製品の製造販売を目的とした東証第2部(当時)に上場する取締役会及び監査役会設置会社であった。
Y社は光ファイバー関連事業への投資を資金使途とした新株予約権をB社に発行し、B社は、この新株予約権の一部を行使して、Y社の発行済株式総数の13%を占める筆頭株主になった。
Y社は、光ファイバー関連事業の提携先代表者から、当時B社の監査役であったXをY社の監査役とするよう推薦を受け、XをY社の監査役に選任した。
2 Y社・A間の対立とCによる提訴請求
その後B社の代表取締役に就任したAは、Y社に対し、新株予約権の行使価格の引下げ等を要求したが、Y社はこれに応じなかった。その後も、Y社とAとの間の意見は対立したままであった。
ところで、Y社は、子会社による輸入自動車販売事業及び光ファイバー事業に関し、多額の損失を計上した。
Y社の株主Cは、Xに対し、会社法847条1頂に基づき、光ファイバー事業への投資に関してY社の取締役及び元取締役計4名に対する責任追及訴訟と、子会社による輸入自動車販売事業に関してY社の取締役及び元取締役計6名に対する取締役の責任追及訴訟を、それぞれ提起するよう請求した。
3 本件責任追及訴訟
これら請求を受けたXは、他の監査役D、Eとともに監査役会を開催し、関係する取締役らから事情を聴取した。D、Eは訴訟提起に消極的であったが、Xは、監査役としてY社を代表し、①光ファイバー事業への投資に関し、Y社の取締役ら計6名を被告とする訴訟物の価額9億8000万円(申立手数料296万円)の訴訟(第1訴訟)と、②子会社による輸入自動車販売事業に関し、Y社の取締役ら計7名を被告とする訴訟物の価額11億8136万2186円(申立手数料339万円)の訴訟(第2訴訟)をそれぞれ提起した。Xは、提訴直後に監査役を退任したが、後任の監査役Fが訴訟を進行させた。
裁判所は、第1訴訟については、取締役ら6名の任務懈怠を認めることができないとして請求を棄却したが、第2訴訟については、取締役ら6名の任務懈怠があったとして、11億7236万2174円と遅延損害金の請求を認容する判決を言い渡した。
4 監査費用等償還等請求
XはY社に対し本件責任追及訴訟の提起のために支出した申立手数料等につき費用等の償還を求めた。
原審は、監査役の訴訟提起が、会社ないし取締役に対する不当な嫌がらせを主眼としたものであるなどの特段の事情がある場合に限り、これを権利の濫用として排斥すれば足りるとしたうえで、本件では特段の事情を認めることができず、Xの申立手数料の支出は「監査役の職務の執行に必要でない」費用とはいえないとして、Xの請求を認容した。これに対し、Y社は控訴した。
第3 判旨
控訴棄却。原審同様Ⅹの請求を認めた。
本判決は、監査役は、会社と委任関係にあり、会社からその権限を負託されているのであるから、会社の利益のためにこれを行使しなければならないことは当然であると述べたうえで、Y社の不当目的、権限濫用との主張について、「会社法388条は、株主代表訴訟(同法847条1項但書)と異なり、監査役による費用請求に目的要件を規定していないこと、監査役は株主総会で選任されるものであり、会社に対して善管注意義務を負い、会社の利益のため権限を行使しなければならない立場にあることを考慮すると、上記訴えの提起が不当な目的によるものであるかを判断するにしても、上記訴えの提起が会社の利益に沿ったものであるかを第一に判断すべきである」と判示した。
そして、①第2訴訟において取締役らの責任が認められたこと、②第1訴訟も十分審理の上に判断されたこと、③監査役会を開催し、関係取締役から事情聴取の上提訴していること、④X退任後もFが訴訟を継続する判断をしたことを理由に挙げて、Xは、会社の利益のために監査役の権限を行使したものと評価でき、不当な目的によるもの、権限濫用とは認められないとし、控訴を棄却した。
第4 実務上のポイント
1 本判決の意義
本件は、監査役が立替えて支出した費用の会社に対する償還請求事件であり、「監査役の職務の執行に必要でない」費用であるか否かが争われた初めての公刊裁判例[1]として実務上重要な意義がある。加えて、監査費用が確保されている場合にも監査費用として執行することができるか否かについて、判断基準を示した先例として意義があるといえる[2]。
本判決の判示は、指名委員会等設置会社の監査委員、監査等委員会の監査等委員による費用等償還請求についても同様にあてはまると考えられる。
2 監査費用等の償還請求
会社法388条は、監査役の地位強化ないしは適正な職務遂行のため、立証責任を転換し、会社が「監査役の職務の執行に必要でない」ことを証明しなければ、監査役の費用等償還請求を拒めないとしている。指名委員会等設置会社の監査委員、監査等委員会の監査等委員による費用等償還請求についても同様である(会404条4項、399条の2第4項)。
監査費用には、監査に必要な一切の費用が含まれ、監査役自身が実地調査等に要する費用、訴訟提起に必要な費用等のほか、補助者として弁護士・公認会計士等を依頼する、監査役スタッフを雇用する等の費用も含まれるとされる[3]。
このように広く認められる監査費用であるが、平成26年会社法改正で、内部統制システムに関し、監査費用の前払又は償還の手続等に係る方針が含まれるようになった(会規100条3項6号)。日本監査役協会の「監査役監査基準」(令和4年8月1日最終改定)では、13条において監査費用について規定しており、監査費用はあらかじめ予算計上しておくことが望ましいとされているが、緊急又は臨時に支出した費用について償還請求権を有する旨明記されている(同条2項)。同様の定めは、指名委員会等設置会社について「監査委員会監査基準」(令和4年8月1日最終改定)11条、監査等委員会設置会社について「監査等委員会監査基準」(令和4年8月1日最終改定)12条においてもそれぞれ存在する。
3 本判決と原判決との相違
Y社は「監査役の職務の執行に必要でない」費用であると主張していたが、本判決も、Aが新株予約権を行使し、Y社株式を取得するために、Cに責任追及訴訟提起の請求をさせ、Xに監査報告において取締役の責任追及を可能とするような留保意見を作成させようとしたと解する余地もないではないと述べている。にもかかわらず、本判決及び原判決においてY社の主張が排斥されたのは、前記第3の①ないし④の事実が認められたからである。
もっとも、本判決と原判決は、判断の枠組みが異なっている。
原判決は、不当な個人的利益を獲得する意図に基づく場合、不当な嫌がらせを主眼とする場合など特段の事情がある場合に限り、権限濫用となって「監査役の職務の執行に必要でない」費用に当たるとし、前記3の①ないし④の事実から特段の事情を認めることはできないとしていた。
一方、本判決は、前述のとおり、訴えの提起が会社の利益に沿ったものであるかを第一に判断すべきであるとし、前記3の①ないし④の事実から、本件責任追及訴訟はY社の利益のためのものと判断している。このように、本判決は、主観面を審査するのではなく、客観的に会社の利益に沿ったものか判断すべきとしている。この点、原判決と比較して、監査役にとって厳しい一般論を説示したものとの指摘がある[4]。取締役らの責任が否定された第1訴訟について、本判決が、当事者が主張立証を尽くした上で判断した結果である旨あえて言及していることからすると、勝訴の見込みが著しく低いなど客観的に見て提訴すべきでないと解される事案については、監査費用等償還請求が認められない可能性もあるのではないだろうか。
また、本判決は、権限濫用の場合に限らず、より一般的に、監査費用の請求が認められる基準を示そうとしたものとの見解もある[5]。
4 監査役の対応
(1)監査役が株主からの提訴請求を受けた場合等訴訟提起・進行の判断を迫られた場合の対応についてであるが、本判決が前記第3の③で摘示したように、監査役会を開催し、関係取締役から事情を聴取するなど提訴判断に必要な事実関係の調査が必須である。
加えて、弁護士の意見・助言を得るなど弁護士の関与も必要である。本判決は、本件責任追及訴訟がY社の利益に沿ったものである理由付けとして、原判決に付加して、X退任後に訴訟を進行させた後任の監査役F及び同時に就任したGの両名が弁護士であることを述べている。この点、裁判所が訴訟提起・進行につき弁護士の判断を尊重していることがうかがえる。
(2)会社が監査役の職務に必要でないことを証明することなく、監査役の費用等償還請求を拒むときは、監査役の取締役(会)への報告義務の対象となるとともに[6]、監査報告に記載すべきとの見解が有力である[7]。
不幸にしてこのような立場に置かれた監査役としては、上記監査報告に記載すべきとの見解に基づき、費用等の償還を求めて会社経営陣と折衝することが考えられる。
弁護士 加藤 真朗
[1] 公刊物未登載ではあるが、監査役の費用償還請求権の行使が争われた事案としてはトライアイズ事件(東京地決平成21年9月25日)がある。
[2] 砂田太士「本件判批」リマークス53号74頁(2016)
[3] 江頭憲治郎『株式会社法(第8版)』561頁(有斐閣・2021)
[4] 大塚和成「本件判批」銀法794号66頁(2015)
[5] 川島いずみ「本件判批」金判1502号6頁(2016)
[6] 落合誠一編『会社法コンメンタール(8)』443頁〔砂田太士〕(商事法務・2009)
[7] 江頭憲治郎、中村直人編『論点体系会社法(3)第2版』367~368頁〔三浦亮太〕(第一法規・2021)