使途に反して金員を交付した破産会社の代表取締役について、取締役会に対する解職勧告義務等を怠ったとして社外監査役の責任を認めた上、責任限定契約の適用を肯定した事例
(セイクレスト役員責任査定決定異議申立事件)
大阪高判平成27年5月21日 判時2279号96頁(上告不受理)
原審:大阪地判平成25年12月26日 金判1435号42頁
第1 判決の概要
破産したA社の破産管財人Yは、A社代表取締役Bが定められた使途に反して金員を交付した行為が任務懈怠にあたり、これに対する監査を怠ったとして社外監査役Xの会社に対する損害賠償責任につき役員責任査定の申立てを行った。破産裁判所は、Xの善管注意義務違反を認めたが、その重過失は否定して責任限定契約(会427条1項)を適用し、2年分の報酬の限度でXの責任を認めた。Xはこれを不服として異議の訴えを提起し、YもXには重過失が認められるとして反訴を提起した。
主要な争点は、①Xに取締役会に対し内部統制システムを構築するよう勧告等すべき義務違反があったか否か、②XにBを代表取締役から解職すべきである旨取締役会に勧告等すべき義務違反があったか否か、③Xに差止請求権(会385条1項)を行使すべき義務違反があったか否か、④Xに重過失があったといえるか否かなどであった。
本判決は、③についてはXの義務違反を否定したものの、①及び②については義務違反を肯定し、Xの任務懈怠責任を認めたが、④についてはXには重過失はないとして、本件査定決定を是認した。
(参照条文)
会社法423条(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)
1 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人・・・は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
会社法427条(責任限定契約)
1 第424条の規定にかかわらず、株式会社は、取締役(業務執行取締役等であるものを除く。)、会計参与、監査役又は会計監査人(以下・・・「非業務執行取締役等」という。)の第423条第1項の責任について、当該非業務執行取締役等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、定款で定めた額の範囲内であらかじめ株式会社が定めた額と最低責任限度額とのいずれか高い額を限度とする旨の契約を非業務執行取締役等と締結することができる旨を定款で定めることができる。
第2 事案の概要
1 当事者
A社は、ジャスダック(当時)に上場する不動産売買等を目的とする取締役会、監査役会設置会社、会計監査人設置会社であった。A社には、日本監査役協会「監査役監査基準」に準拠した内部規程(本件監査役監査規程)が存在した[1]。本件監査役監査規程には、「監査役は、必要があると認めたときは、取締役又は取締役会に対し内部統制システムの改善を助言又は勧告しなければならない」との定めがあった。
Xは、公認会計士であり、A社の社外監査役(非常勤)であるが、A社における現預金、小切手、手形の出納、管理等を分掌する経営管理本部管掌業務の監査を担当していた。XとA社は、Xの任務懈怠責任について、Xが善意・無重過失のときは、報酬の2年分を賠償額とする責任限定契約を締結していた。
Yは弁護士であるが、平成23年5月2日、A社の破産手続開始決定を受け、破産管財人に選任された。
2 A社の経営危機とBによる手形振出し等
A社は、平成19年のサブプライムローン問題から財務状況が悪化し、平成21年3月末日には約7億5000万円の債務超過に陥っており、平成22年3月31日までに債務超過を解消しなければ上場廃止となるおそれがあった。
A社代表取締役Bは、①平成21年8月には、有価証券届出書に記載した使途に反する破産会社の資金の流用を、②平成22年3月には、現物出資の価額が著しく不足する現物出資の実行を、③平成22年8月から12月には、返済可能性が低い状況下で多額の約束手形の振出しを行った。①及び③については、取締役会の承認決議を経ていないものも含まれていた。
手形の振出しについては、会計監査人の要求により、平成22年11月15日に、Bの専断による手形発行を防止する内容の手形取扱管理規程が制定されたが(本件手形取扱規程。但し施行は平成23年1月1日)、Bは翌16日以降も取締役会の承認を経ずに手形を振り出していた。その事実は遅くとも平成22年12月7日の取締役会の時点で監査役らに明らかになっていた。
3 本件金員交付
A社は、平成22年9月15日開催の臨時取締役会において、株主割当による募集株式の発行を決議し(本件募集株式発行)、同年12月20日に開催された取締役会において本件募集株式の払込金額が約4億2000万円であることが報告された。そして、払込期日である同月29日には、払込金がA社に振り込まれた。同日、代表取締役Bは、独断で、A社従業員に8000万円を出金させた上、これを第三者に交付した(本件金員交付)。
4 本件責任査定決定
平成23年5月2日にA社は破産手続開始決定を受けたが、破産管財人に選任されたYは、Xを相手方として、Bの任務懈怠行為に関しA社の監査役としての善管注意義務に違反してA社に損害を生じさせたと主張して、破産法178条に基づきXに対する損害賠償請求権の額を8000万円と査定するよう求める役員責任査定の申立てを行った。
破産裁判所は、Xの善管注意義務違反を認めたものの同違反につき悪意重過失があったとは認められないとして、XとA社の間の責任限定契約に基づき、損害賠償請求権の額をXの監査報酬の2年分である648万円と査定する旨の決定を行った。
5 異議の訴え(原審)
Xは本件査定決定の取消しを求めて異議の訴えを提起したが、Yも反訴を提起した。
原審は、Xは、本件金員交付を予見することが可能であったから、A社の取締役会に対し、内部統制システムを直ちに構築するよう勧告すべき義務並びにBの代表取締役からの解職及び取締役解任決議を目的事項とする臨時株主総会を招集することを勧告すべき義務の違反があるが、Xには重過失が認められないと判示し、本件責任査定決定を認可した。
これに対し、X、Y双方が控訴した。
第3 判旨
双方の控訴を棄却し、本件責任査定決定を認可した原判決を維持した。
1 Bの任務懈怠
本判決は、まず本件金員交付について、あらかじめ定められた使途に反するものであること、重要な財産の処分(会362条4項1号)であるにもかかわらず取締役会の承認決議を欠くことから、Bの任務懈怠を認めた。
2 取締役ら及び監査役らの本件金員交付についての予見可能性
本判決は、本件金員交付までのBの行為を、ア有価証券届出書に記載した使途に反する資金流用、イ増資額の水増しによる会社財産の希薄化、ウ返済可能性が低い状況下での多額の約束手形の振出しに類型化し、本件金員交付はア及びウと実質的にみて、会社資金を不当に流出させるという点で、同種又は類似した態様の違法行為であるとする。そして、取締役ら及び監査役らは、Bが、本件募集株式発行に係る払込金が入金された機会に、不当に流出させる具体的な危険性があることを予見することが可能であったとし、平成22年12月7日時点で、本件金員交付について予見可能性があったと判じた。
そのうえで、取締役らには、取締役会の構成員として、内部統制システム構築義務違反及びBを代表取締役から解職すべき義務の違反があったとした。
3 内部統制システム構築についての助言・勧告義務違反の有無
本判決は、Xが公認会計士であって平成13年3月から23年3月30日に辞任するまで監査役であったこと、経営管理本部管掌業務につき担当していたこと、取締役会への出席を通じてBの任務懈怠行為を熟知していたことをあげて、Xには、「監査役の職務として、本件監査役監査規程に基づき、取締役会に対し、破産会社の資金を、定められた使途に反し合理的な理由なく不当に流出させるといった行為に対処するための内部統制システムを構築するよう助言又は勧告すべき義務があった」と判示した。
そして、因果関係については、現金、預金等の出金等について、本件手形取扱規程に準じた管理規程を設けるよう助言又は勧告していれば、本件金員交付を防止することも可能であったと判示した。
4 代表取締役解職についての助言・勧告義務違反の有無
本判決は、「Bの一連の行為は、BがA社の代表取締役として不適格であることを示すものであることは明らかであるから・・・Xとしては、A社の取締役ら又は取締役会に対し、Bを代表取締役から解職すべきである旨助言又は勧告すべきであった」と判示した。
また、因果関係については、解職すべき旨助言又は勧告していれば、Bが解職された可能性もあり、仮に解職に至らなくとも取締役会にいて解職の議題が上程されることによって、Bが任務懈怠行為を思いとどまった可能性もあったとした。
5 差止請求についての義務違反の有無
本判決は、内部統制システム構築について助言又は勧告したり、代表取締役からの解職について助言又は勧告することによって、かなりの程度効果を上げることができたと考えられると述べ、差止義務違反については否定した。
6 重過失の有無
本判決は、本件責任限定契約にいう「重過失」の意義について、「任務懈怠に当たることを知るべきであるのに、著しく注意を欠いたためにそれを知らなかったこと」と判示した。
そして、A社の監査役会は、①取締役会において度々疑義を表明したり、事実関係の報告を求めたこと、②平成22年10月には、財務担当取締役が所在を把握していない約束手形の所在等について説明がない場合には辞任する考えである旨申入れを行ったこと、③同年11月には、取締役会の承認を欠く多額の約束手形の振出しについて、監査役として看過できず、しかるべき対応をせざるを得ない旨申し入れたことから、監査役として、一定の限度でその義務を果たしていたこと、④取締役会については、代表取締役の職務の執行の監督や内部統制システムの整備が全く行われていなかったわけではなかったことを事情としてあげ、結論として、Xの重過失を否定した。
第4 実務上のポイント
1 本判決の意義
監査役の任務懈怠を認めた裁判例は少ないが、本判決は監査役の責任を認めた一例である。しかも、Xを含め本件における監査役は、代表取締役Bの任務懈怠行為を抑止しようと相当努力していたにもかかわらず、責任が認められている。従来の監査役の責任を認めることに消極的であった裁判例の流れとは異なるものであり、今後の裁判所の判断に影響を与える可能性は否定できない。実務上留意すべき裁判例である。
なお、指名委員会等設置会社の監査委員、監査等委員会設置会社の監査等委員については、取締役会構成員の一員であり、本件事案のような事例であれば、監査役と比較して、より責任が認められやすいと考えられる。
2 本件監査役監査規程
本判決は、前記第3の3に記載したとおり、本件監査役監査規程に基づき、内部統制システム構築助言・勧告義務を認めている。この判断は、A社同様に、監査役協会がベストプラクティスを提言したとされる監査役監査基準[2]に倣って監査役監査に係る内部規程を定めることが多いとされる上場企業の監査実務に衝撃を与えた。
この点、本判決が、本件監査役監査規程に基づき責任を認めたことについては、批判が根強い[3]。しかし、実務としては、高裁レベルで上記のような判断が出た以上は、自社が制定した監査に係る内部規程が、監査役の任務懈怠を判断するに際して考慮されると覚悟する必要がある[4]。最善を目指すべきは当然であるが、いわば身の丈にあった規程を制定するのも一つの選択肢であろう。
3 監査役の対応
(1)有事の対応
A社の監査役は、平成22年10月には辞任せざるを得ない旨の、同年11月にはしかるべき対応をせざるを得ない旨の申し入れを行うなどBの任務懈怠を防止するために強い態度をとっていた。しかし、その後もBの任務懈怠行為が続いていたにもかかわらず、辞任することもなく、「しかるべき対応」がとられることもなかった。伝家の宝刀といわれる監査役の差止請求権につきその行使を真剣に検討すべき事案であったと考えられる[5]。
(2)平時の対応
監査役会設置会社においては、職務の分担が認められている(会390条2項3号)。そして、監査役の職務分担の定めが合理的であり、個々の監査役がその定めに従って分担する職務を誠実に遂行し、監査役会において他の監査役の職務執行について適切に配慮しておれば任務懈怠の責任を問われることはないと解されている[6]。本件判決も、前記第3の3のとおり、Xが経営管理本部管掌業務につき担当していたことをその義務違反を認定する理由の一つとしてあげていることからすると、同様の立場に立つと考えられる。監査役、特に社外監査役の職務分担を定めるにあたっては、適切な監査が実施できるよう慎重な検討が必要である。
また、内部統制システム構築・運用についての監査の重要性は論を俟たないが、その前提として、監査業務を有効に行うための内部統制システム(会施規100条3項)を構築することが重要である。監査役は、不十分と判断した場合には、躊躇なく、取締役会に対して必要な内部統制システムの構築を要請すべきである[7]。
弁護士 加藤 真朗
[1] 日本監査役協会「内部統制システムに係る監査の実施基準」に準拠した内部規程も存在した。
[2] 旧証券取引法上の責任が追及された事例において、監査役監査基準を監査役の責任を判断する上で考慮し、監査役の責任を否定した裁判例としては東京地判平成25年10月15日2013WLJPCA10158003(ニイウスコー損害賠償請求事件)がある。なお、監査役監査基準は、原判決言渡し後の平成27年7月23日に改定されている(最終改定令和4年8月1日)。
[3] 尾崎安央「本件判批」金判1496号4頁(2016)など。一方、この点につき本判決を肯定する見解としては、遠藤元一「本件判批」商事2078号11頁(2015)。さらに、監査役監査基準について、個別・具体的な規定ごとに法規範性の有無を検討すべきとする。
[4] 弥永真生「本件判批」ジュリ1484号3頁(2015)では、監査役は当該任務を引き受けていたのだから、一種の禁反言が働くのだという見方を本判決は採用したのかもしれないとしている。
[5] 前掲遠藤8頁は、差止請求権の不行使を義務違反とすることも可能であったと思われるとしている。
[6] 落合誠一編『会社法コンメンタール(8)』471頁〔森本滋〕(商事法務・2009)
[7] この点、監査役の善管注意義務の内容として求められるとの見解がある(伊勢田道仁『内部統制と会社役員の法的責任』76頁(中央経済社・2018))。