加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例-株主総会及び取締役会の授権に基づいて代表取締役が行った代表取締役自身の報酬額の決定について、善管注意義務違反及び忠実義務違反が認められなかった事例-

株主総会及び取締役会の授権に基づいて代表取締役が行った代表取締役自身の報酬額の決定について、善管注意義務違反及び忠実義務違反が認められなかった事例

(ユーシン株主代表訴訟事件)

東京高判平成30年9月26日 金判1556号59頁(確定)

原審:東京地判平成30年4月12日 金判1556号47頁


第1 判決の概要

本件は、補助参加人Z社の株主であるXが、Z社におけるY1の報酬額が前期8億3400万円から5億7100万円増額されて合計14億0500万円と定められたことについて、Yらには善管注意義務違反があり、これにより、Z社が上記増加分の損害を被ったとして、Yらに対し、会社法423条1項及び同法847条3項に基づき、連帯して5億7100万円の支払いを求める株主代表訴訟の事案である。

本件では、報酬決定をするに当たり、YらにZ社の取締役としての善管注意義務違反があったか否かが争点となったところ、原審は、善管注意義務違反がないと判断し、本判決も善管注意義務違反等がないとして、控訴を棄却した。

(参考条文)

会社法847条(株主による責任追及等の訴え)

3 株式会社が第1項の規定による請求の日から60日以内に責任追及等の訴えを提起しないときは、当該請求をした株主は、株式会社のために、責任追及等の訴えを提起することができる。

同法423条(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

1 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(・・・)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。



第2 事案の概要

Z社では平成25年11月期(第112期)における取締役の員数が8人、報酬等の総額が9億9200万円、代表取締役であるY1の報酬等の総額が8億3400万円であった。

Z社では、平成26年1月に取締役会が開催され、取締役の報酬額改定の件について審議された。これに先立つ平成25年5月に、Z社は、フランス共和国法人の事業(本件事業)を譲り受けたため(本件買収)、本件事業から役員を招聘しさらにM&Aを加速した場合、早晩取締役を増員する必要があること、取締役の役割の劇的な変化や責任の飛躍的増大等を勘案して、貢献度に見合った報酬体系にする必要があることなどの理由から、上記取締役会では、従前取締役の報酬総額を10億円以内としていたのを、50億円以内と増額する議案が審議された。これについては、出席取締役からの反対意見があり、同議案は否決された。同月中にさらにZ社では取締役会が開催され、定時株主総会招集及び付議事項の件について審議された。前回取締役会における議論を踏まえ、取締役の報酬の総額を30億円以内とするか、50億円以内とするかが審議されたところ、Y1から近いうちに取締役が増員されれば50億円に増額する必要が生じることや喫近の問題として取締役増員に備える必要があり、会社に利益が出れば株主にも還元することを前提とする報酬額の枠の増額であるなどの意見が述べられ、反対意見がありつつも、結局、報酬額の総額を30億円以内と増額する議案(本件議案)を株主総会に付議することが可決承認された。

その後Z社が送付した株主総会招集通知には、議案として「取締役の報酬額改定の件」が記載され、同議案の提案理由として、本件事業の買収等に伴う経営環境の急激な変化による取締役の役割と責任が飛躍的に増大したこと、及び第1号議案(定款一部変更の件)が原案通り可決承認された場合、取締役の員数が最大20名まで増員される可能性がある、その他諸般の事情を考慮し、貢献度に見合った報酬を支払うことができるようにするという観点から、取締役の報酬額総額を30億円以内と改めるものである旨、かかる報酬額総額の改定は、改定後の報酬額総額に従って報酬額を急増させることを企図したものではなく、将来の取締役の増員への対応や取締役の貢献意欲や士気を高めることに主眼を置くものであって、実際の取締役の報酬額の決定は、当該時点における会社の売上及び利益その他諸般の事情を考慮の上行う予定である旨記載されていた(本件提案理由)。

株主総会では、上記議案のとおり、取締役の報酬額の総額を30億円以内とするとともに、各取締役への具体的な配分を取締役会に一任することが決議された。

株主総会開催後まもなく開催された取締役会では、各取締役が受けるべき報酬額の決定はY1に一任する決議がなされた。

かかる決議に基づき、Y1は、平成26年11月期(第113期)の自身の報酬額を14億0500万2000円と定めた。これに伴い、平成26年11月期にX社の役員に対して支給された報酬額の総額は、約16億2500万円である。なお、平成25年11月期におけるZ社の当期純利益は、約4億円であり、平成26年11月期の純利益が5億円と予想されていた。

その後開催されたZ社定時株主総会において、Xを含む株主から、取締役の報酬総額を年額5億円以内とする議案、及び定款に「株主に虚偽の事実を提示して得た株主総会決議に基づき、報酬を受け取ったときは、取締役はこれを会社に返還しなければならない。」との条文を加える議案が提案されたが、前者の議案は、賛成率15.37パーセント、後者の議案は、4.51%でいずれも否決された。

これを受けて、Xは、本訴を提起したところ、原審がYらの善管注意義務違反等を否定したので、控訴した。控訴審でも、善管注意義務違反等がないとしてXの控訴を棄却した。


第3 判旨

1 報酬決定における善管注意義務及び忠実義務

本判決は、まず株主総会が総額を定め各取締役への具体的な配分を取締役会に一任することが定められ、取締役会決議により、各取締役の具体的な報酬額の決定が取締役に再一任されたこと自体は、会社法361条1項に違反しないことを確認した。

そのうえで、本判決は、再一任を受けた取締役は具体的な報酬額を決定するに当たり、他の職務を遂行する場合と同様、善管注意義務及び忠実義務を尽くす必要があり、これらの義務に違反して会社に損害を与えたときは損害賠償義務を負う旨述べた。


2 善管注意義務違反等の有無

(1)株主の合理的意思に反する報酬決定の有無

Xは、一任決議を行った株主の合理的意思としては将来的な取締役の貢献度に応じた報酬の増額や取締役の増員に伴う報酬額の総額の増加に対応するという目的を達成する限度で報酬額の総額の増額を容認したものであり、前記再一任に基づくY1の報酬額の決定は、株主の合理的意思に反するとして善管注意義務違反等がある旨主張していた。

これに対し、本判決は、本件提案理由中の記載と報酬決定との整合性については疑問を差し挟む余地があることを認めつつも、本件提案理由は、将来の取締役増員へ対応することや取締役の貢献意欲等の高揚のみを目的としたものではないことを指摘したうえで、Y1がZ社の売上及び利益を考慮しないで報酬額の決定を行ったということもできないとしたうえで、株主の合理的意思に反するとはいえない旨判示した。


(2)報酬決定が著しく不合理な内容であるかどうか

Xは、Y1が合理的な情報収集・調査・検討等をすることなく、何らの合理的根拠に基づかずに自己の報酬を大幅に増額する報酬決定をしたのであるから善管注意義務違反がある旨主張していた。

これに対し、本判決は以下のように述べて判断基準を定立した。

「各取締役の業績や活動実績をどのように評価し、当該取締役に対してどの程度の報酬を支給すると決定するかといったことは極めて専門的・技術的な判断である上、こうした評価・決定により、取締役をどのように監督しあるいは取締役にインセンティブを付与するかといった判断自体、会社の業績に少なからず影響を与える経営判断であるから、取締役会ないしそこから再一任を受けた代表取締役はそうした評価・決定をするにつき広い裁量を有するものと解される」「Y1は、本件報酬決定に至る判断過程やその判断内容に明らかに不合理な点がある場合を除き、本件報酬決定を行ったことについて善管注意義務違反により責任を負うことはないと解するのが相当である。」

この点に関する具体的検討において、本判決は、まず報酬決定に先立ち内部検討が行われ、内部検討資料に従って報酬決定が行われていること、報酬決定時点で平成26年11月期の業績が少なくとも前年度を上回ると予想されていたこと、本件事業の業績も平成25年度は赤字であったものの、平成26年1月から同年12月は黒字に転換することが予定されていたこと、実際平成26年11月期の業績は概ねこれらの予想等と一致していたことを指摘した。

そして、本判決は、Y1は15億円を支給する場合のZ社のリスク、金額の妥当性等を十分検討した上で、業績が前年度を上回るという平成26年11月期の業績予想を踏まえて報酬決定を行っているものであるから、報酬決定に至る判断過程やその判断内容に明らかに不合理な点があるということはできないと判断し、上記原告の主張を排斥した。


第4 実務上のポイント

1 本判決の意義

本判決は、株主総会決議により、取締役の報酬額の上限額及び各取締役への具体的な配分を取締役会に一任する旨が定められ、取締役会が特定の取締役に再一任した場合において、当該取締役は、具体的な報酬額の決定をするに当たり、他の職務を遂行する場合と同様に、善管注意義務及び忠実義務を尽くさなければならないと判示した点で、重要な意義を有する。


2 善管注意義務違反の判断基準

本判決は、株主総会の合理的意思に違反するものであるかどうか、及び報酬決定が著しく不合理であるかどうかの2点から善管注意義務違反を検討している。

報酬決定は、株主総会の授権を得て行われるものであり、再一任を受けた取締役は、株主総会の授権の範囲内で行われるものであることからすると、本判決は、株主総会の合理的意思に反する場合には株主総会からの授権の範囲を逸脱するものであり、直ちに善管注意義務に違反するものであると解しているように思われる。

本判決は、本件提案理由に改定後の報酬額総額に従って報酬額を急増させることを企図したものではないことや将来の取締役の増員への対応、取締役の貢献意欲等を高めることに主眼を置くものであることが記載されているけれども、他方で貢献度に見合った報酬を支払えるようにするという観点から、取締役の報酬額の総額の上限を引き上げることも記載されていることなどから、株主総会の合理的意思に違反しないと述べる。

このことからすると、報酬議案を株主総会に付議する場合、取締役の立場としては招集通知の提案理由にある程度包括的な記載を行っておく方が無難である。

また、本判決は、報酬決定が極めて専門的・技術的な判断であり、経営判断であるとして、取締役に広い裁量を認める。

そのうえで、報酬決定に至る判断過程やその判断内容に明らかに不合理な点がある場合を除き、報酬決定を行ったことについて善管注意義務違反を負わない旨判示する。

かかる判示は、報酬決定についても経営判断原則(東京地判平成5年9月16日判時1469号25頁等)が妥当するものであることを確認するものである。

本判決では、報酬決定の直近の業績や報酬決定の際の次期の業績見込み、報酬決定に先立つ内部検討の事実に触れて、判断過程やその判断内容に著しく不合理な点はない旨指摘する。

もっとも、本件提案理由には取締役の増員に対応するものであると記載されているにもかかわらず、報酬決定は、Y1の報酬額を前期に比べ約7割も増加させる内容となっている。この点について、Z社の当第112期の純利益は約4億円、第113期の業績予想は5億円の純利益であり、6億円弱という増加額は純利益に相当する額がすべて報酬に充てられることとなり不均衡であるという評価はありうるとして、明らかに不合理な判断内容であったといわれても仕方がないとして、判断が分かれうる事案であると指摘するものもある[1]

そのため、報酬決定に当たっては、会社の売上や経常利益、純利益等の実績や次期の業績見込み等を丹念に検討し、具体的な報酬額を定めるべきである。

本判決では、「本件報酬決定時点における売上及び利益を考慮しないでされたということもできない」とされていることからすれば、配分のみならず、株主総会決議で定められた上限額の範囲内でどれだけの報酬額を支給することとするかについても、善管注意義務及び忠実義務を尽くさなければならないと解しているのではないかとの指摘もあり、参考となる[2]

浅井佑太


[1] 弥永真生『判批』ジュリ1520号2頁、3頁(2018)

[2] 弥永・前掲注1)3頁

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