加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例-子会社による貸付けについて、親会社取締役の任務懈怠に基づく損害賠償責任が否定された事例-

子会社による貸付けについて、親会社取締役の任務懈怠に基づく損害賠償責任が否定された事例

東京高判平成25年3月14日 資料版商事法務349号32頁(上告、上告受理申立て)

原審:東京地判平成24年2月29日 資料版商事法務349号41頁



第1 判決の概要

本件は、X社が、X社の代表取締役であったY1及びX社の取締役兼X社の完全子会社であるA社の取締役であったY2は、取締役としての善管注意義務に違反して誤った経営判断のもとに、X社及びA社をして、B社に対し、運転資金の融資を実行させ、B社の倒産により融資金が回収できなくなったことによりX社に損害を生じさせたとして、会社法423条1項に基づき、連帯して損害賠償の支払い等を求めた事件である。

本件では、上記各融資につき、Yらに任務懈怠責任が認められるか否かが争点となったところ、本判決は、X社自らが行った融資に関しては善管注意義務に違反するとの判断を行った一方、A社により行われた融資に関しては、法人格を否認すべき場合に当たることを認めるに足りないなどとして、任務懈怠責任を認めなかった。

(参照条文)

会社法423条(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

1 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(・・・)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。


第2 事案の概要

Y1は、営業先であるC社から顧客に見せるためのカタログを電子化するシステムを製作することを条件として、取引に応じる旨申し向けられたため、平成18年、B社に対し、C社に提供するため、ソフトウェアの製作を依頼した。

B社では、平成20年9月頃、少なくとも6000万円にもおよぶ運転資金が不足していた。

B社の代表者は、平成20年9月、Y1に対し、資金が一時的にショートしそうであるとして融資を申し込んだ。

これを受けて、Y1は、X社が依頼しB社が作成したソフトウェアについてC社からの評判がよくなく、ソフトウェアを改良する必要に迫られており、Y1は、B社が資金繰りに窮して倒産すれば、ソフトウェアの製作費が無駄になると考えたため、B社救済の必要性が高いと判断した。

Y1は、Y2に対し、B社に関する与信調査及び融資の可否について検討するよう指示した。これを受けて、Y2は、B社に対し、平成18年3月期から平成20年3月期までの決算報告書を徴した。徴した決算報告書には売上高、販売費及び一般管理費が大幅に減少してあたかも事業を縮小して清算に入るかのような観があった。

この時、B社は、Y2に対し、B社の平成20年3月期の売上高の減少は、社外に派遣していた社員を新商品を作るために引き上げたために生じたものであり、今後は、新商品を販売して収益を上げることができると説明した。Y2は、Y1に対し、かかる説明の報告とともに、徴求した資料を交付した。Yらは、上記説明及び資料を検討した結果、B社の資金繰りは一時的なものであり、新商品が売れれば問題はなく、少数ながら新商品の受注実績があることなどから、融資をしてよいと判断した。

その後、Yらは、X社の定時役員会でB社に対する融資の承認が得られるまで、A社に対し、B社に対する融資を一時的に行うよう働きかけることにした。

そこで、Y2は、X社の元取締役であり、Y1の大学の先輩で、Y2の元上司であって、A社の代表取締役であるDに対し、B社への貸付を打診した。ところが、Dは直ちに納得しなかった。かかる打診の後、Dは、Y1からB社の財務状況や回収可能性を聞き、Y1に対しX社から追加で2000万円の融資が行われる可能性が高いことを確認したうえで、ようやく納得し、平成20年10月1日、B社に対し、2500万円を貸し付けた(本件貸付1)。

その後、X社は、B社に対し、2000万円を貸し付けた(本件貸付2)。

B社は、平成21年5月20日、破産手続開始決定を受け、その後破産手続廃止決定がされ、破産債権者であるX社には配当がないことが確定した。なお、X社は、B社から本件貸付2に係る貸付金の弁済を一切受けていない。他方、A社は、B社から本件貸付1に係る貸付金の一部について弁済を受けているものの、当該弁済資金は、本件貸付2に係る貸付金である


第3 判旨

1 本件貸付2の任務懈怠

本判決は、本件貸付2の実行前に、A社から聞いていた新商品販売による収益見込みに関して、新商品の売上げも未だ営業活動中という域を出ないものである旨指摘し、本件貸付2はB社の破綻の時期を先送りしたこと以上の意義を持つものではなかったと判示した。

また、本判決は、平成18年3月期、平成19年3月期及び平成20年3月期決算報告書について、回収可能性を吟味して融資を行うかどうかを決定するという真摯な態度で検討すれば、売上高が大幅に減少し、販売費及び一般管理費も減少して、あたかも事業を縮小して清算に入るかのような観があることに当然疑問を抱いてしかるべきであったことなども指摘して、X社が貸付金2000万円の返済を受けられる見込みは乏しく、Yらは、本件貸付2が破綻の時期を先送りしたこと以上の意義をもつものではなかったことに気が付くべきであった旨指摘する。

そのうえで、Yらは、B社が本件貸付2に係る貸付金を返済することができるだけの確実な見込みがあるかどうかを十分検討しないで、本件貸付2の貸付をすべきものと判断したといわざるを得ないと指摘し、取締役としての任務を怠ったと判示した。


2 本件貸付1の任務懈怠責任の有無

まず、本判決は、A社の法人格を否認すべき場合に当たることを認めるに足りる的確な証拠はなく、YらがA社の意思決定を支配し、A社の代表取締役Dの意思を抑圧して本件貸付1をさせたことを認めるに足りる証拠はないことを指摘し、Dは、自らの判断で本件貸付1を行ったことを認めることができる旨判示している。

そのうえで、本判決は、A社が一部弁済を受けられなかったとしても、A社の法人格を否認すべき場合に当たることを認めることができず、直ちにX社がA社の未回収分相当額の損害を受けたものということはできないとして、X社の本件貸付1に関する損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないと判断した。


第4 実務上のポイント

1 本件貸付2に係る任務懈怠責任

本判決では、B社に対する貸付けについて、X社の経営者としてあまりに軽率な判断をしたとのそしりを免れることができないとして、本件貸付2に関するYらの責任が認められている。

この点、取締役の経営上の意思決定について、従来の裁判例の多くでは、①経営判断の前提となる事実認識の過程(情報収集とその分析・検討)における不注意な誤りに起因する不合理さの有無、②事実認識に基づく意思決定の推論過程及び内容の著しい不合理さの存否の2点を審査対象とする判断基準(経営判断原則)が採用されていた(東京地判平成5年9月16日判時1469号25頁等)。もっとも、最高裁が以上の二分化を支持しているかどうかは必ずしも明らかでない(最判平成22年7月15日集民234号225頁(アパマンショップ株主代表訴訟事件)参照)[1]

本判決は、明示的に経営判断原則を採用していないが、決算報告書の記載に疑問を抱くべきものであったとの判示については経営判断の前提となる事実認識の過程に誤りがあったことを指摘するものである解される。融資の場合には、対象会社の財務内容について正しい認識がなければ、支援による再建可能性や損失発生の可能性の程度も判断できないため、経営判断を行うことができない。

したがって、融資に関する任務懈怠責任が問題となる事案については、融資対象会社の財務状況に関する調査の在り方が重要な考慮要素となる。

なお、本件は、資本関係がなく、役員の兼任関係もない会社に対する融資が問題となった事例であるが、親会社のCP引受を推進した親子会社兼任取締役の子会社に対する責任が認められた事例として、名古屋高判平成25年3月28日金判1418号38頁があり、類似事案の検討に当たっては参考とされるべきである。


2 本件貸付1に係る任務懈怠責任について

(1)善管注意義務違反

本判決は、本件貸付1に関するYらの善管注意義務違反を検討する中では、Dが自ら判断して本件貸付1を実行したと判示されている。

かかる判示が意味するところは判決文からは明確ではないが、おそらくX社の主張に対応する形で、本件貸付1が実行された原因がYらの行為ではなく、Dによるものであるとして、Yらの善管注意義務違反を否定するものであると考えられる。

もっとも、YらがA社の意思決定を支配して本件貸付1を実行させたとまではいえなくとも、完全子会社であるA社に対する監督義務違反があったとして、Yらの任務懈怠責任を肯定する余地はあるように思われる。

親会社取締役の子会社に対する監視監督義務については、福岡高判平成24年4月13日金判1399号24頁(福岡魚市場株主代表訴訟事件)がこれを肯定しており、類似の事案解決では参考となる裁判例である。


(2)損害

本判決は、法人格を否認すべき場合に当たらないことを理由に、X社に損害が生じていないと述べている。この点、親会社取締役の子会社に対する監視監督義務を肯定した前掲福岡高判平成24年4月13日も、任務懈怠を認めつつも損害の数額を具体的に検討することは困難であるとして損害賠償義務自体は否定している。この点、100%子会社の株価が下落した場合、親会社には保有株式の下落という損害が生じるのであるから、法人格を否認するべき場合でなくとも損害が認められる場合もあると考えられる。

したがって、上記本判決の判示は、凡そ法人格の否認が認められる場合でない限り子会社の行為に関し親会社取締役が損害賠償責任を負わない旨述べたものではなく、あくまでも事例判断として判示されているに過ぎないと解するべきである。


3 今後について

取締役の融資によって会社に損害が生じ、これにより取締役の任務懈怠責任の有無が問題となるような事案の場合、融資先の財務内容に関する調査検討の有無・程度が重要な考慮要素となることに留意すべきである。取締役の立場としては、取引先から融資の打診があった場合には、融資先の今後の資金繰りや返済計画に関する説明を安易に妄信することなく、説明の合理性を検討の上、説明の合理性に照らして裏付け資料の提供を求め、資料の調査をするなどして裏を取る姿勢が求められる。取締役の責任を問う立場としては、回収可能性の検討に当たり、いかなる書類が徴されているかを調査し、徴された資料を前提にいかなる検討が加えられたのか、検討の過程でさらに調査するべき事項がなかったのかどうか等の観点から、取締役会議事録等に基づいて主張立証を行うことが求められる。これに対し、取締役としての立場からは、貸付の緊急性や融資先との関係から、さらなる調査には限界があったことなども指摘できるであろう。

子会社の融資に関する親会社取締役の損害賠償義務については、本判決を前提とする限り、特に損害の点で立証のハードルが高い。この点については、子会社株式の株価の下落を損害と主張することや場合によっては損害額の認定に関する民事訴訟法248条にも言及しつつ、相当な額の損害を主張していくことが考えられる。

浅井佑太

[1] 近藤光男編『判例法理 経営判断原則』8頁(中央経済社・2012)

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