加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例-買収防衛策の検討に当たり会社の費用で弁護士費用を支出した行為について、善管注意義務違反等が認められなかった事例-

買収防衛策の検討に当たり会社の費用で弁護士費用を支出した行為について、善管注意義務違反等が認められなかった事例

(伊豆シャボテンリゾート損害賠償請求事件)

東京高判平成30年5月9日 資料版商事法務412号158頁(上告、上告受理申立て)

原審:東京地裁平成29年11月22日 ウエストロー2017WLJPCA11226011

第1 判決の概要

本判決は、ジャスダック上場の株式会社であるⅩ社が支配権争いに敗れたかつての代表取締役であるYに対し、同人は自己保身のためX社の代表取締役として弁護士に法律事務を委任してX社の費用負担で弁護士費用を支払ったなどとして、会社法423条に基づく損害賠償を求めたところ、善管注意義務違反等がないなどとしてX社の請求を棄却した事案である。

本件は、ある者による買収が株主共同の利益に反する可能性がある場合に、取締役が会社の費用負担において買収防衛策の検討のために弁護士費用を支出することが取締役に課せられた善管注意義務等に違反するかという点が争点となった。

(参照条文)

会社法423条(役員等の株式会社に対する損害賠償責任)

1 取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人(・・・)は、その任務を怠ったときは、株式会社に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。


第2 事案の概要

X社は、テーマパークを運営するレジャー事業を主に営んでいたところ、Yは、X社の取締役に、その後X社の代表取締役に就任し、X社のために経営を担ってきた。

X社の株主であり、いずれもAが実質的に支配するB有限会社及びC有限会社(本件買収グループ)などと、Yを中心とするX社の当時の経営陣との間では、第三者割当の新株発行の差止仮処分、議決権行使禁止仮処分、株主総会決議存在・不存在等確認請求訴訟、職務執行停止・代行者選任仮処分などの裁判手続きなどを通じて、X社の支配権争いが繰り広げられた。

ところで、Aは、ソープランド業界の帝王と報じられたこともあり、過去に脱税事件で実刑判決を、歌舞伎町雑居ビル火災事件(実質的経営者であったAが防火管理を怠ったという業務上過失致死被告事件)で執行猶予付き有罪判決を受けている者であって、反社会的勢力に属する疑いすらある者でもあった。

このような中、Yは、X社の代表取締役として、上記各裁判手続きを委任していたD法律事務所とは別に、E法律事務所に、X社らのバックグラウンド調査、金融商品取引法違反関係の調査及び法的助言など、F法律事務所には株式振替制度の利用会社における少数株主権の行使に対応するための法的助言などを求め、また、G法律事務所(以下、E法律事務所、F法律事務所及びG法律事務所を併せて「本件3法律事務所」。)との間で法律事務委託アドバイザリー契約を締結し、かつ、Aらのバックグラウンド調査の結果を踏まえた議決権行使禁止仮処分の申立てを行うことの検討を依頼し、本件3法律事務所に対し計2682万8392円の弁護士費用(本件弁護士費用)を支払った。

X社と本件3法律事務所との間の契約期間や具体的な費用等については次のとおりである。

① E法律事務所

業務期間:平成26年6月から同年11月まで

費用:計1802万1412円

② F法律事務所

業務期間:平成26年9月から11月まで

費用:556万6980円

③ G法律事務所

業務期間:平成26年10月から12月

費用:324万円

その後、X社において開催された臨時株主総会では、Yを含む取締役4名は解任され、本件買収グループの提案に基づいて新たな取締役らが選任された。そのうえで、X社は、X社の代表取締役として本件弁護士費用を支払ったのは、取締役としての善管注意義務等に違反するとして、Yに対し、会社法423条1項に基づき、本件弁護士費用相当額の損害賠償の支払い等を求めた。

原審では、X社の請求を全部認容したことから、Yは、控訴した。

本判決では、Yが、買収が株主共同の利益に反する可能性があると判断し、これに対する防衛策を講じようとしたことには相当の理由があり、Yの個人的な保身に目的があったとは認められず、また、Yが本件3法律事務所に委任した事項は当時のX社にとって必要、有益なものであり、その対価役務も提供されていると認定したうえ、Yの善管注意義務違反ないし忠実義務を否定し、X社の請求を棄却した。


第3 判旨

1 本件弁護士費用の支出の目的

本判決は、「第1審被告が、第1審原告の取締役として本件買収グループによる第1審原告の買収が株主共同の利益に反する可能性があると判断し、これに対する防衛策を講じようとしたことには、相当の理由があるというべきである。むしろ無為に手をこまねいていたとすれば、それこそ取締役としての善管注意義務違反を問われかねない状況であったとさえ言うことができる。このような事実関係の下で、上記防衛策の模索が、第1審被告の個人的な保身に目的があったなどと水認することはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠もない。」と判示した。

2 本件の特殊性に関する評価

そして、「そもそも、反社会的勢力に属することを容易に立証できるような者が上場企業の買収を図るはずがないのであり(それ自体が上場廃止の理由となる。)、そのような疑いがあるにとどまるという不確定・流動的な状況の中で、買収の攻勢にさらされた企業の取締役は迅速な対応を迫られるのであって、後に買収勢力が反社会的勢力に属することの立証ができなかったとしても、善管注意義務違反の判断(取り分け本件のように新経営陣から旧経営陣に対して損害賠償請求を行う場合)には、慎重な検討が求められるというべきである。」と判示し、「反社会的勢力に属する疑い」の確実な根拠はないとしても、防衛策の模索が、Yの個人的な保身に目的があったなどと推認することはできないとの認定判断を妨げるものではない旨判示した。


第4 実務上のポイント

1 はじめに

本判決は、ある者による買収が株主共同の利益に反する可能性がある場合に、防衛策を講じることを検討することが取締役の任務であることを示したものであり、今後の実務に対する影響は大きいと考えられる。

2 原審

原審では、X社と本件買収グループとの間の一連の裁判手続きに関して、既にD法律事務所に委任しており、その業務の遂行に特に不足する点があったような状況はうかがわれないこと、D法律事務所以外の本件3法律事務所に依頼した業務の内容に関するYの説明が合理的ではないこと等の事情を総合的に考慮し、Yによる本件3法律事務所への委任は、経営支配権を維持する目的によるものであると判断されている。このような原審の結論は、Yが本件3法律事務所から受けた委任事務について、議事録等や報告書の成果物がないため、依頼した業務の内容が明らかとならず、他方で、短期間に高額の弁護士費用が生じていることを重視したものとみることができる。これを裏付けるように、原審では、本件買収グループの属性等に関する認識やそうした認識に基づくX社としての対抗策の必要性については判示されていない。

このことからすると、原審では、そもそもYが本件3法律事務所に依頼した業務内容を立証することができなかったために、Yの善管注意義務等の違反が認められたと考えられ、原審においても株主共同の利益のために買収防衛策を講じるか否かの判断を行うための調査費用を支出することを否定したものではないことについては留意が必要である。

3 その他下級審裁判例

その他の下級審裁判例でも、費用支出の合理性以前に、費用支出の対象となった業務の内容が実体がないという切り口で取締役等の責任を認めたものとして、取締役が業務提供の実体を伴わないコンサルティング契約を締結し、それらの契約に基づいて会社の財産を流出させたこと等が、会社に対する任務懈怠ないし不法行為に該当すると判断された名古屋地判平成27年6月30日金判1474号32頁、取締役が業務提携の実体を伴わない株式の売却に関する情報提供やコンサルティング業務を内容とする契約(「M&Aに関する情報提供に関する契約」)を締結し、かかる契約に基づいて会社の財産を流出させたこと等が、会社に対する善管注意義務に違反するものと判断された東京高判平成28年10月12日判タ1453号128頁がある。

4 主張立証、証拠収集について

原審及びこれらの裁判例を踏まえると、買収防衛策の検討のための調査費用を支出したことにつき善管注意義務違反等を問われた取締役の立場としては、依頼した業務の内容がわかる契約書等の資料、業務の結果取得した報告書等の資料、報告書等の資料がない場合には調査結果を聴取した際に作成した手控えメモなどを収集し、依頼した業務の内容を具体的に明らかにすることが求められる。また、本件のように、元取締役として会社から提訴されている事案の場合においては、本来会社に帰属しているはずの報告書等が当該取締役の手元に存在すること自体が自己保身のための弁護士費用の支出であり、会社財産の私物化であると疑われかねないので、成果物が当該取締役の手元にある場合には、その入手経緯も聴取しておくことが必要である。

また、原審と本判決とを比較すると、本判決では、事実認定が子細に認定されており、事実認定の項において引用している証拠番号もまた原審では引用されていなかったものが相当程度多数に及んでいることがわかる。このことから、Yは、控訴審において、本件買収グループの属性(反社会的勢力に属するおそれ)等を立証するために相当量の証拠を追加提出していることがうかがわれ、これにより原審と本判決との間における結論の差異に影響した可能性も考えられる。この点に関して、買収防衛策の検討のために締結する契約の締結が善管注意義務に合致する行動といえるためには、買収が株主共同の利益に反すると信じたことについて合理性が必要であるとし、本件事案でもAが反社会的勢力に属するという事実については、そのように信じることが合理的であると認められる程度の証拠は旧取締役側において提出する必要があると指摘するものがあり、参考となる[1]

本件のように、取締役が解任後に会社から提訴される場合には、元取締役としての立場では証拠の収集さえ容易ではない部分もあるが、今後、同様の事案において元取締役としての立場から訴訟を追行する場合にあっては、自己の採用した買収防衛策が具体的かつ説得的な根拠を有する合理的なものであることを自ら積極的に主張、立証することが訴訟対応として望ましいと考えられる。

浅井佑太



[1] 伊勢田道仁『判批』私法判例リマークス59号下90頁、93頁(2019)

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