1 事案の概要
Xが被告であるY市に対し、上司であるA係長からパワハラを受けたと主張し、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償として約300万円の支払を求めた事案である。
Xは、昭和38年生まれの男性であり、平成4年3月にa交通局に乗合自動車運転士として採用され、転任制度により平成28年4月から運輸事務職員に転任となった後、平成30年4月から平成31年4月までa交通局b部c課d係に配属された。Xは、d係において、市バスの業務について市民からの質問等に文書で回答する業務(広聴業務)に主に従事していた。
A係長は、昭和43年生まれの男性であり、平成30年4月からd係の係長を務めていた。
A係長は、Xが作成した文書の添削・確認を行い、Xに対し繰り返し指導をした。その際、A係長は、次のような発言を複数回した。
① 「ここは学校じゃないので、同じことを言わせないでください。文章の書き方を教えるところじゃないので。」
② 「私なら広聴の案件なら午前中に処理を終え、他の仕事に取りかかれますよ。」
③ 「本俸が高いのだから、本俸に見合う仕事をしなさい。」
④ 「回答文を完成させていないのに、なぜ現場に出て行くのですか。回答文を作るだけで、また残業するのですか。」
⑤ 「広聴だけじゃなくここの本来の仕事も把握してもらわないといけない。」
⑥ 「他の担当者の仕事に首をつっこまずに私の言ったことに専念してください。私がマネージメントしているのですから、他の担当者の言うことは聞かないように。」
⑦ 「毎回、同じ事を言わさないでください。」
平成30年7月5日夜、神戸市内は大雨警報発令により市バスの運行が中止され、市民から市バスの運行状況を問い合わせる電話が相次いでおり、交通局の職員は泊りがけで対応していた。
市民からの問合せと思われる電話のコール音が鳴ったとき、Xは隣の席の職員と話しており、すぐには電話に出なかった。そこで、A係長は、Xに電話に出るように指示するために、右足の内側側面又は足裏でXの座っていた椅子の背部を1回蹴った。Xは、不意を突かれて上半身が大きく前のめりになった。その後、振り向いたXに対し、A係長が、顎で電話を指すように合図をした。
このとき、A係長は、右手に携帯電話をもって打合せを行い、左手にメモを持っていた。
Xは、同年7月9日から同月13日まで夏期休暇を取得し、同月19日から同年10月12日まで病気欠勤した。
Xは⑷記載のA係長の暴行後、首や腰の痛みを訴え、腰椎捻挫及び頸椎捻挫の診断を受け、整形外科等に通院した。また、A係長の暴行後、Xは適応障害の診断を受け、心療内科に通院した。
2 判決の要旨
⑴ 判断基準
パワーハラスメントとは、職場において行われる優越的な関係を背景にした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、被用者の就業環境が害されるものをいい、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワーハラスメントには該当しない。この就業環境が害されたかは、社会一般の平均的な被用者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動かどうかを基準に判断するべきである。
⑵ 事案の概要⑶記載のA係長の発言について
「ここは学校じゃない」「文章の書き方を教えるところじゃない」との発言(①の一部)は、相手に対し、業務上の書面を作成する能力を否定するものである。
「本俸が高いのだから、本俸に見合う仕事をしなさい」(③)は、高い給与をもらっていながら、それに見合った仕事をしていないとして相手を非難するものである。
本件において、正しく広聴の回答文を作成させるという目的に照らし、殊更に学生と対比したり、年功序列で定まった給与の多寡を持ち出したりする必要はなかった。
他方、その他の発言については、Xの職務内容に直接関係するものであり、上司としてXの勤怠管理をする立場にあるA係長が業務上の必要に基づき発言したものと認められる。
Xは平成4年から平成28年まで乗合自動車運転士を務めており、事務職員としての経験は2年程度と十分ではなかったこと等から、Xの広聴業務に係る事務処理能力には少なからぬ問題があったことがうかがわれる。したがって、A係長において、Xに対し、丁寧かつ一定の時間をかけて、指導を行う必要性があった。しかし、指導の必要性の高さをもってしても、Xの人格的評価を貶めるような発言は許容されない。
前述した発言①の一部及び発言③は、上司としての立場を背景に、学生との対比や年功序列で定まった給与の多寡を持ち出して、相手を非難するものといえ、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、相手に対し、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じさせるものといわざるを得ない。
⑶ 事案に概要⑷記載のA係長による暴行について
A係長が、いかに災害対応時の緊迫した状況下で、かつ両手が携帯電話及び手板で塞がっていたとしても、部下であるXに電話を取るよう指示するに当たって、足でXの座っている椅子を蹴るというのは、Xにとって屈辱的な態様である上、そのような方法で合図をする業務上の必要性は全くなく、合図に足を用いたこと自体不適切な行為であった。
加えて、椅子の背部を蹴るという危険な暴行に及んだことからすると、A係長の本件暴行は、優越的な関係を背景に、相手に対し身体的・精神的に苦痛を与え、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じさせるものであり、パワーハラスメントに該当する。
⑷ 損害額について
本件暴行により、これまで我慢していたA係長からの暴言等(パワーハラスメント)を我慢しきれなくなって、精神状態が不安定となり、適応障害を発症したとの経過は不自然ではなく、頸椎捻挫や腰椎捻挫に限らず適応障害についても相当因果関係がある。
よって、整形外科等及び心療内科についての治療関係費、時間外勤務手当の減少等の逸失利益、慰謝料など合計120万5863円の損賠賠償責任を認めた。
3 本判決の意義
本判決では、判断基準として、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)と同様のものが採用された。
「ここは学校じゃない」「文章の書き方を教えるところじゃない」「本俸が高いのだから、本俸に見合う仕事をしなさい」といった発言について、部下の仕事の出来が悪かった場合にこの程度の発言であればしてしまいがちだとも思えるが、パワハラに該当すると認定されうることに注意する必要がある。
学生や新入社員など一般に未熟とされているものと比較して非難することは、避けた方が良いと考えられる(cf.東京高裁平成27年1月28日判決)。
本件のように文書の添削をする場合には、当該文書の改善点を指摘して書き方について助言をすることで足りるのであって、不用意な発言には注意する必要がある。
暴行についての判示に関して、両手が塞がっていたというだけでは、指図のために足を用いることが正当化されない場合があり得ることになる。また、合図に足を用いたこと自体不適切だと判示されているところ、足は手と比較して物理的に力が強い上、足を使うこと自体の印象が悪いことから、業務指示に足を用いることは極力避けた方が良いと考えられる。
なお、本判決は地裁判決であり上級審で判断が変更されることがあり得るが、パワハラ該当性の一判断として参考になる。
適正な業務指示、業務指導はパワハラに当たらないので、部下らへの指示、指導の際に過度に萎縮する必要はないが、その目的に照らして内容や態様において行き過ぎにならないように注意しなければならない。
川上修平