1 事案の概要
Xが、Y1社の代表取締役であるY2によるパワハラにより精神的苦痛を受けたとして、両者に対し損害賠償を求めた事案である。
Xは、昭和56年3月Y1社に入社し、平成29年6月から平成31年3月までY1社の代表取締役社長であった。
Y2は、Y1社の代表取締役会長であり、Y1社の経営に関する責任者としての地位を有していた。Y1社は平成30年5月頃から業績が急速に悪化していた。
Y2は、平成30年11月5日から平成31年1月15日の間に行われた経営会議、月次報告ないし中間業績報告の各会議において、Xに対し、無能だ、サラリーマンだから辞めればいいと思っている、馬鹿だなどと言った。
Y2は、平成31年1月18日の中間業績報告の会議において、Xに対し、「馬鹿ってお前は、会社の経営のことは何も考えないで」と言い、その他に、「サラリーマン根性丸出し」「会社の金なんかどうなっても良いとかさ、根底にある」「お前、もう一生恨むぞ、俺は、おぉ、引きずり倒すぞお前を」と言った。
Y2は、同月21日の経営会議において、Xに対し、「横領して悪いことして会社の金とか、辞める奴よりお前の方が始末が悪い」「会社の金を横領するよりも始末が悪い」「何回も言うけど金を横領して、お前、辞めさせられるよりお前たちゃ始末が悪いんだぞ」と言ったほか「能力がなくて」「無能な、ひと、無能な、本当無能な人間やな」「お前、自分たちの無能のせいで」「無能なサラリーマンや、本当に無能やな」と言い、「最悪の状態になったらお前ら2人を呪い殺してやるからな」とも言った。
さらにY2は、同月28日の経営会議において、Xに対し、「本当、もう会社の金を横領するより始末が悪いな、お前は」と言った。
Xは、同年2月26日うつ病と診断され、同年3月31日Y1代表取締役を退任した。
2 判決の要旨
Y2は、経営会議及び中間業績報告の会議において、Xに対し、馬鹿、無能、サラリーマン根性丸出し、会社の経営を考えない、会社の金を横領した者より始末が悪い、と繰り返し言った。
これらの発言は、Y2の優越的な地位に基づき、会議に出席する他の取締役らの前で行われたものであって、従業員から代表取締役となってY1社の経営者となったXを多数の人の前で馬鹿、無能と罵り、経営者であることを否定し、さらに横領という犯罪行為を行った者よりも悪質などとするもので、Xの人格を否定するものである。
Y1社は困難な経営状況を乗り越える必要があり、Y2が業務指導ないし叱咤激励を行う必要があったとはいえるが、Y2のXに対する各発言は、他の取締役の前で繰り返しXの人格を否定するものであって、このような激しい言葉が業務指導等のために必要ということはできず、正当化されることはない。
また、Y2は、Xに対し、一生恨む、引きずり倒す、呪い殺してやるなど、業務指導ないし叱咤激励とは異なる強い嫌悪の感情を示す発言までしており、かかる一連の発言は、感情の赴くままになされたものというべきである。
よって、これらのY2の発言は、社会通念上許容される範囲を逸脱し、違法であり、不法行為を構成する。
そして、損害額については、原告のうつ病発症の原因は、Y1社の業績悪化や代表取締役としての職責による精神的負担があり、専らY2によるパワーハラスメント等であるとはいえないとし、Y1社に対して会社法350条に基づき、Y2に対して民法709条に基づき、慰謝料100万円の損害賠償責任を認めた。
3 本判決の意義
本件事案は、代表取締役会長による代表取締役社長に対する言動の違法性が問題となっており、通常の上司と部下の関係とは異なるという点において特徴的である。
パワハラ行為の違法性が争われた事案において、言動の内容やその態様(時間、頻度、場所など)は重要な考慮要素とされている。
本件は、馬鹿、無能、サラリーマン根性丸出しといった発言自体をみても、業務内容との関係が希薄であり業務指導とは評価できず、いたずらに相手方の人格を攻撃するものといわざるを得ない。また、各発言が繰り返し行われたこと、及び他の取締役の面前で行われたことも、違法性を高めている。このように、裁判所が認定した事実によれば、言動の内容からしても、その態様からしても、違法なパワハラであることが明らかな事例だといえる。
当然のことではあるが、適切な業務指導は違法にはならない。業務指導の際には、その必要性に照らして相当な内容・態様であるか留意する必要がある。
川上修平