1か月単位の変形労働時間制の適用について、1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならないとする法の定めを満たさない労働時間を稼働計画表において設定していたことから1か月単位の変形労働時間制は無効であって適用されないとし、業務に関連するセミナー受講料等の返還合意について、労働基準法16条にいう違約金の定めであるとして無効とされた事例
長崎地裁令和3年2月26日判決 判例時報2513号63頁
第1 事件の概要
本件は、Y社の従業員Xが、Y社に対し、時間外労働、深夜労働を行ったと主張して、割増賃金及び付加金の支払いを求め、他方、Y社がXに対して、セミナーの受講から2年以内に退職した際には受講料等を返還するとの合意に基づき、受講料等の返還を請求した事案である。
本判決は、1か月単位の変形労働時間制の適用を否定し、セミナーの労働時間性を認めた上で、1日8時間、1週間40時間を超える労働時間について時間外労働となることを認定し未払割増賃金の支払額が153万0581円であると判断し、他方、セミナーの受講料返還合意は労働基準法16条に違反し無効であると判断し、Y社の請求を認めなかった。
第2 事案の概要
1 当事者
原告(X)はY社の元従業員である。薬品の販売員の資格を有し、平成23年8月1日、Y社との間で労働契約を締結し、平成25年6月1日、正社員となった。被告(Y社)は食料品、衣料品、薬品等の販売を目的とする株式会社である。
2 Y社の就業規則
Y社は就業規則において、毎月1日を起算日とする1か月単位の変形労働時間制とし、所定労働時間を1週間40時間とすることを定め、この規定による所定労働日、始業・終業時間は、事前に作成する稼働計画表により通知し、1日の上限時間を16.5時間、週の上限を82.5時間とすることを定めていた。
3 Y社における労働時間の設定
Xの労働時間は、1か月の所定労働時間(177時間:1か月暦日31日の場合)に予め30時間が加算(207時間)されたシフトが作成されていた。
4 Y社におけるセミナーの内容
Y社本社又はY社店舗にて、主としてY社で販売しているY社の親会社のプライベートブランドの商品の説明が行われており、Y社は1回7800円の受講料を負担し、宿泊先の指定もしていた。
Xのセミナーの受講に当たっては、Xの上司は、セミナーの受講は正社員になるための要件であると述べ、Xの勤務日とセミナーの参加日が重なると、シフトを変更する等の措置をとっていた。
事前にXに送信されたセミナーの開催の日時等を知らせるメールにはセミナーは自由参加である旨が記載されていた。
5 セミナー受講料返還合意
XとY社の間において、セミナーの受講から2年以内にY社を退職した場合には、Y社が負担したすべてのセミナーの受講料等をXが全額返還するとの合意がなされていた。
第3 当事者の主張
本件では、複数の争点があるが、今回はその中でも①1か月単位の変形労働時間制の適用の有無、②セミナーの労働時間性、③セミナー受講料返還合意の有効性について取り上げる。
1 争点①1か月単位の変形労働時間制の有効性
⑴ X:1週間当たりの労働時間が常時40時間を超える長時間労働を前提とするシフトの作成は、労働基準法32条の2第2項[i]や就業規則に違反しているから、1か月単位の変形労働時間制は適用されない。
⑵Y社:労働基準法32条の2第1項に従って、就業規則において1か月単位の変形労働時間制を採用することを定めており、シフトの作成や実労働時間は就業規則に定める労働時間の上限を超えず、就業規則にも反しないから、1か月単位の変形労働時間制が適用される。
2 争点②セミナーの労働時間性
⑴ X:セミナーは業務の関連性が極めて高く、自由参加は保証されていないから、セミナーの参加時間は、労働時間に含まれる。
⑵Y社:セミナーは自由参加で業務の関連性がないから、セミナーの参加時間は、労働時間に含まれない。
3 争点③セミナー受講料返還合意の有効性
⑴ X:セミナーは業務性が極めて強く、労働者の自由意思は極めて希薄であるから、本件合意はY社が負担すべき費用に返還条件を付して退職の自由を制限することを目的とするものであり、労基法16条に違反し、無効である。
⑵Y社:本件セミナーの説明はY社の業務に特化した教育等ではないから業務関連性はなく、本件セミナーの受講は、従業員の自由な意思に基づくものである。Y社が返還を求める額も合計40万円程度と少額であるから、労基法16条に違反せず、有効である。
(労働基準法16条は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と定めており、本件では、セミナー受講料返還合意が同法の違約金の定めに当たるかが争われた。)
第4 判旨
1 争点①1か月単位の変形労働時間制の有効性について
まず、本判決は、労基法32条の2第1項、32条1項の定めから、1か月単位の変形労働時間制が有効であるためには、変形期間である1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間以内でなければならないことに言及した。そして、Y社のシフトでは、Xの労働時間は、1か月の所定労働時間(177時間:1か月暦日31日の場合)に予め30時間が加算(207時間)されて定められているのであるから、1か月の平均労働時間が1週間当たり40時間でなければならないとする法の定めを満たさず、Y社の定める1か月単位の変形労働時間制は無効であり、本件において1か月単位の変形労働時間制は適用されないと判断した。
2 争点②セミナーの労働時間性について
本判決は、最判平成12年3月9日判決民集54巻3号801頁を引用し、労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうのであって、これに該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか客観的に定まるとした。
そして、本判決は、本件のセミナーの主な内容は、Y社の店舗で販売される親会社のプライベートブランド商品の説明であり、会場はY社本社またはY社店舗であったこと、受講料等はY社が負担し、宿泊の場合のホテルはY社が指定していたことから、セミナーには業務との関連性が認められるとした。
加えて、本判決は、Xは、上司である店長から正社員になるための要件であるとしてセミナーを受講するように言われており、店長はXのセミナーの受講に合わせてシフトを変更していたことから、事実上、セミナーへの参加が強制されていたと判断した。
以上から、本件セミナーの受講は使用者であるY社の指揮命令下に置かれたものと客観的に定まるものといえるとし、セミナーへの参加時間は労働時間であると判示した。
3 争点③セミナー受講料返還合意の有効性について
本判決は、上記のとおり、セミナーの受講時間は労働時間と認められ、その受講料等は本来的にY社が負担するべきものであって、他の職に移ると、セミナーでの経験を生かすことができないものであるから、セミナー受講料返還合意は従業員の雇用契約から離れる自由を制限するものであるとした。そして、受講料等の具体的金額を事前に知らされず、受講料の金額(合計40万円)がXの手取り給与額(平均月額約18万6000円)と比較して、少額とはいえないとして、本件返還合意は労基法16条にいう違約金の定めにあたり、無効であると判示した。
第5 分析
1 就業規則において変形労働時間制を採用することを定めていたとしても、労働基準法を遵守しない労働時間を定めた場合には、変形労働時間制が適用されず、企業は、想定外の割増賃金を支払うことになる。
したがって、変形労働時間制を採用する企業は、労働基準法32条の2第1項を遵守し、1か月の暦日が31日である月であれば、1か月の労働時間の合計が177.1時間以内となるように労働時間を定める必要がある。
2 労働時間か否かは、指揮命令下に置かれている時間であると客観的に評価できるかによって判断されるが、研修の労働時間性の判断にあたっては、業務関連性と義務性が認められるかに着目しており、特に研修での説明の内容という研修の内容自体に着目し、業務関連性を判断している。また、自由参加であることを形式的に示していたとしても、他の事情から研修への参加が強制されていたとされうる。
3 留学費用の返還合意が有効と判断された近時の裁判例(東京地裁令和3年2月10日判決労判1246号82頁)においては、留学の応募が業務命令によらず、留学先や履修科目の選択も従業員の自由に委ねられており、留学後の配属先は留学の経験を踏まえたものではないことから留学の業務関連性を否定し、さらに、留学の経験が勤務先以外でも通用するものであり、本来的に使用者が負担すべきものではなく、5年という債務免除までの期間が不当に長いとはいえないとして、留学費用の返還合意が、労働者の自由意思を不当に拘束し労働関係の継続を強要するものではなく、労働基準法16条に違反せず、有効であると判示している。
本件裁判例と上記裁判例を踏まえると、研修等の受講料の返還合意を有効なものとして従業員と締結するためには、①研修内容が他の職に移った場合にも生かせるような汎用性の高いものであるか②研修の受講が正社員登用の条件や配属先を決定する要件ではないか③研修の受講や、研修中の宿泊は労働者が自由に選択できるか④不当に長期間にわたる雇用関係の継続を条件としないものか、といった点を満たすものであるか注意する必要があるだろう。
[i] 原則、1日8時間、1週間40時間を超えた労働時間は時間外労働となる(労働基準法32条)が、変形労働時間制(今回は、本件と同様に、1か月単位の変形労働時間制について述べる。)を採用すると、特定された日又は週において労働時間が1日8時間、1週間40時間を超えても時間外労働とならない。
もっとも、変形労働時間制を採用するためには、①労使協定や就業規則において、変形労働時間制を採用することを定め、②1か月を平均して、1週間の労働時間が40時間、すなわち、1か月(暦日31日の月の場合)の合計の労働時間を177.1時間とする必要がある(労働基準法32条の2第1項)。
川岡倫子