株主割当ての方法による募集株式の発行における募集事項等の通知が違法であり、当該新株発行には無効原因があるとされた事例
大阪高判平成28年7月15日 判タ1431号132頁(上告、上告受理申立後、取下げ)
原審:大阪地判平成27年12月18日 判タ1427号224頁
第1 判決の概要
本件は、Y社の株主であるX社が、Y社がした普通株式800株の発行につき、募集事項等に関する適法な通知を欠いたこと等を理由として、会社法828条1項2号に基づき、無効とすることを求める事案である。
本決定は、事前の差止めの機会の付与の重要性に鑑みると、募集事項等の通知の違法は、重大な法令違反に当たるものとして、無効原因となると判断し、X社の請求を認容した。
(参照条文) 会社法202条(株主に株式の割当てを受ける権利を与える場合) 1 株式会社は、第199条第1項の募集において、株主に株式の割当てを受ける権利を与えることができる。この場合においては、募集事項のほか、次に掲げる事項を定めなければならない。 一 株主に対し、次条第2項の申込みをすることにより当該株式会社の募集株式(・・・)の割当てを受ける権利を与える旨 二 前号の募集株式の引受けの申込みの期日 4 株式会社は、第1項各号に掲げる事項を定めた場合には、同項第2号の期日の2週間前までに、同項第1号の株主(当該株式会社を除く。)に対し、次に掲げる事項を通知しなければならない。 一 募集事項 二 当該株主が割当てを受ける募集株式の数 三 第1項第2号の期日 同法828条(会社の組織に関する行為の無効の訴え) 1 次の各号に掲げる行為の無効は、当該各号に定める期間に、訴えをもってのみ主張することができる。 二 株式会社の成立後における株式の発行 株式の発行の効力が生じた日から6箇月以内(公開会社でない株式会社にあっては、株式の効力が生じた日から1年以内) |
第2 事案の概要
Y社は、定款において、株式を譲渡するには取締役会の承認が必要である旨、及び募集株式の発行を行う場合には募集事項等を取締役会の決議によって定める旨を定めている。
Y社及びY社の株主であるA社では、平成23年以降、X社の代表取締役であるBとC親子との間で経営権争いが行われていた。平成23年、Y社及びA社の実質的な経営権がC親子からBに移る直前に、A社は、その保有するY社株式のうち7200株をC親子の親族であるDに譲渡したのに対し、C親子を解任したY社は、これを承認せず、3600株を自社で買い取り、3600株の買取人として、Bの姉であるEを指定した。ところが、Dは、株券を手放さないので、Eは、Dに対し、株券引渡等請求訴訟を提起した。その後、Y社及びA社の実質的な経営権は再びC親子が握った。
その後、Y社の取締役会は、株主割当ての方法による普通株式1000株の発行を、払込取扱期間及び申込取扱期間をいずれも平成26年8月22日から9月5日までとして決議し、Y社は、同年8月21日、募集事項等を記載した書面を、Y社の発行済株式総数1万2000株のうち1200株を有する株主であるX社に発送し、同書面は、同月22日に到達した。
X社は、同月25日、大阪地方裁判所に対し、新株発行の差止めを求める仮処分を申し立て、同裁判所は、同月26日、同新株発行を仮に差し止める旨の決定をし、同決定は、同月27日、Y社に送達された。
他方、同じくY社の株主であるZ社は、同月23日にY社から割り当てられた新株の引受けを申込み、同月26日にその代金を払い込んで、株式発行の効力が生じた(本件新株発行)。
これを受けて、X社は、本件新株発行について、募集事項等に関する適法な通知を欠き無効であるなどと主張して、本訴を提起した。
なお、本件新株発行当時のY社の株主名簿上の株主構成は、C親子が支配していたA社9600株(80パーセント)、Bが支配していたX社が1200株(10パーセント)、Bが1200株(10パーセント)であり、C親子側が多数を占めていたが、A社からの7200株の変動を反映すると、A社が2400株(20パーセント)、自社が3600株(30パーセント)、X社が1200株(10パーセント)、Bが1200株(10パーセント)、Eが3600株(30パーセント)となり、B側(X社、B、E)の持株比率は50パーセントとなる。また、前記EのDに対する株券引渡請求訴訟については、本件新株発行後の平成26年11月にEの勝訴判決が得られている。
原審は、X社の請求を認容したため、Y社が控訴した。
第3 判旨
本件では、本件新株発行に係る募集事項等の通知に関して、申込期日とされた平成26年9月5日の2週間前である同年8月21日までになされなければならないのに、これがX社に届いたのは、2週間前に1日足らない同月22日であった。この点で、本件におけるY社のX社に対する募集事項等の通知は会社法202条4項を満たさない違法があった。
本判決は、この点の違法を指摘するとともに、払込期間に入ってからなされたものである点において、株主であるX社に対して差止めの機会を付与したものとはいえないとする。
そして、本判決は、事前の差止めの機会の付与の重要性に鑑みると、この違法は、株式発行差止請求をしたとしても差止事由がないためにこれが許容されないと認められる場合でない限り、本件新株発行の発行手続きにおける重大な法令違反に当たるものとして、本件新株発行の無効原因になると解するのが相当であると判示した。
そのうえで、本件新株発行の主要な目的がC親子によるY社支配権確保にあったものと認定し、本件新株発行は「著しく不公正な方法」(会210条2号)により行われたものでないとはいえないとして、差止事由がないために株式発行差止請求が許容されない場合に当たるとは認められないとして、X社の請求を認容した。
第4 実務上のポイント
1 本判決の意義
本判決は、会社法202条4項の趣旨から、同条項の通知に関する違法について、新株発行無効事由に該当するとの結論を導いたものとして重要な意義がある。
2 新株発行の無効原因
新株発行の無効原因については、明文の規定はない。
株式譲受人の取引安全の要請、及び拡大された規模で営業活動を開始した後に資金調達が無効とされる場合に生ずる混乱への懸念から、重大な違反に限定されている[1]。
本件の争点に関連する最高裁判例として、新株発行に関する事項について、平成17年改正前商法280条ノ3ノ2に定める公示を欠くことは、新株発行差止請求をしたとしても差止めの事由がないためにこれが許容されないと認める場合でない限り、新株発行の無効原因となるとした最判平成9年1月28日民集51巻1号71頁、旧商法280条ノ10に基づく新株発行差止請求訴訟を本案とする新株発行差止めの仮処分に違反して新株が発行されたことは新株発行無効の訴えの無効原因となるとした最判平成5年12月16日民集47巻10号5423頁などがある。
本件では、前掲最判平成9年1月28日で問題とされた旧商法280条ノ3ノ2の通知(会社法では、201条3項に相当する。第三者割当ての場合。)の違法性ではなく、会社法202条4項の通知の違法性が問題となったが、株主が持株比率を維持することができる株主割当ての場合においても、取締役が濫用的に募集株式を発行する場合等には、株主に差止めの機会を付与すべき必要があると考えられ、本判決も、会社法202条4項に基づく通知は、株主に新株発行に対する差止めの機会を付与することも目的に含まれていると判示している。
3 株主割当てと差止事由について
本判決の事案では、BとC親子との間の複数の会社支配権をめぐる争いが顕在化しており、B側のEがC親子側のDに対し、株券の引渡しを請求する訴訟が係属している最中に、C親子によって行われた株主割当てによる新株発行である。かかる株主割当てでは、A社が既に9600株中7200株を譲渡済みであるのにもかかわらず、株主名簿上では7200株の譲渡が反映されていないことを前提に、本来割当てを受ける権利を有しない多数の株式の割当てを受けるに至っている。
このように、株主名簿書換未了を奇貨として、株主割当てによる新株発行権限を恣意的に利用したと推認される場合には、不公正な発行に該当することとなろう。
本判決も、このような見地から差止事由がないとはいえないとして、本件新株発行の無効を認めている、
4 今後について
募集事項では、払込期日ではなく、払込期間を定めることも許されるところ(会199条1項4号)、本判決では払込期間に至ってから募集事項等の通知が行われていることを指摘して、結論において新株発行無効事由を認めている。
これに鑑み、会社内部において支配権争いがある状況下で、株主割当てによる新株発行を行う際には、まずは当該新株発行に差止事由が認められる事由があるかどうかを検討することは勿論のこと、募集事項等の通知が払込期間に至ってから行われ、無効となるリスクが生じることのないよう十分注意する必要がある。