非上場会社における第三者割当てによる新株発行につき、その発行価格が客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって決定されていたといえる場合には、その発行価格は、特段の事情がない限り、「特二有利ナル発行価格」に当たらないとされた事例
(アートネイチャー株主代表訴訟事件)
最判平成27年2月19日 民集69巻1号51頁
原審:東京高判平成25年1月30日 民集69巻1号127頁
原々審:東京地判平成24年3月15日 民集69巻1号76頁
第1 判決の概要
本件は、A社の株主であるXが、A社の取締役であったYらに対し、新株発行における発行価格が平成17年改正前商法280条ノ2第2項の「特ニ有利ナル発行価格」に該当するのに、Yらは同項後段の理由の開示を怠ったとして、同法266条1項5号の責任を負うなどと主張して、同法267条に基づき、取締役としての責任追及を行う株主代表訴訟である。
本件事案では、有利発行該当性が問題となったところ、本判決は、有利発行該当性を否定した。
(参照条文) 商法280条ノ2 2 株主以外ノ者二対シ特ニ有利ナル発行価格ヲ以テ新株ヲ発行スルニハ定款二之二関スル定メアルトキト雖モ其ノ者二対シ発行スルコトヲ得ベキ株式ノ種類、数及最低発行価格ニ付第343条二定ムル決議アルコトヲ要ス此ノ場合二於テハ、取締役ハ株主総会二於テ株主以外ノ者二対シ特二有利ナル発行価格ヲ以テ新株ヲ発行スルコトヲ必要トスル理由ヲ開示スルコトヲ要ス |
第2 事案の概要
A社は、非上場会社であり、株式の譲渡につき取締役の承認を要する旨の定款の定めがあった。新株発行前におけるA社の発行済み株式の総数は40万株であり、これらは、役員、幹部従業員等によって保有されていた。
A社は、株式の上場を計画し、平成12年、新株引受権の権利行使価格を1株1万円とする新株引受権付社債を発行した。
ところが、その後、A社の経営が悪化したため、平成10年度から平成12年度までの3事業年度には1株当たり150円の配当がなされていたが、平成13年度及び平成14年度には無配となった。
このような状況の中で、A社は、平成16年に、取締役会を開催し、1株1500円で新株発行(本件新株発行)を行う旨の決議がされ、その後、株主総会において、本件新株発行を行う旨の特別決議が行われた。その際、Yらは、「特二有利ナル発行価格」をもって新株を発行することを必要とする旨の説明は行っていない。
なお、本件新株発行に先立ち、A社では、①Yらによる退職者からの株式の買取り、②A社によるYらのうちの一部の者からの株式の買取り、③YらによるA社従業員に対する株式購入の募集、④平成12年発行の新株引受権付社債の権利行使価格を変更する旨の株主総会特別決議、⑤②によって取得した自己株式の処分(本件自己株式処分)が行われているところ、いずれについても1株当たり1500円とされていた。
加えて、本件自己株式処分に当たり、A社は、公認会計士にA社の株価の算定を依頼しているところ、公認会計士は、配当還元法によりA社の株価を算定し、A社の無配は一時的なものに過ぎず、1株当たりの配当金額は150円が相当であるとしたうえで、所定の資本還元率で還元し、A社の株価を1500円で算定したという経緯があった。
この後、A社の業績は上向きとなり、本件新株発行から約2年後には1株を10株とする株式分割が行われたうえ、新株22万株が1株900円で発行された。
その後、Xは、A社の監査役に対し、本件自己株式処分及び本件新株発行は1株当たりの純資産額と比して著しく不公正な価格により行われたものであるとして、責任追及の訴えを提起するよう求めたところ、Y社は、提訴請求に係る訴えを行わない旨通知したので、本訴が提起された。
原々審及び原審では、公認会計士が採用した配当還元法は、主として少数株主の株式評価において、安定した配当が継続的に行われている場合に用いられる評価手法であって、本件では相当性を欠くとして、DCF法に基づき、本件新株発行当時の価格は、1株7000円は下らないとして、本件新株発行の発行価格は「特二有利ナル発行価格」に該当すると判断し、Xの請求を一部認容したので、Yらが上告した。
第3 判旨
本判決は、原判決を破棄し、原々審を取り消して、Xの請求を棄却した。
その理由として、本判決は、まず非上場会社の株価の算定については、簿価純資産法、時価純資産法、配当還元法、収益還元法、DCF法、類似会社比準法など様々な評価方法が存在していることに言及し、どのような場合にどのような評価手法を用いるべきかについて明確な判断基準が確立されていないことを指摘して、裁判所が事後的に他の評価手法を用いたり、異なる予測値等を採用したりするなどして、改めて株価の算定を行い、「特二有利ナル発行価格」の該当性を判断することは取締役らの予測可能性を害し、相当ではないと指摘する。
そのうえで、本判決は、「非上場会社が株主以外の者に新株を発行するに際し、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価格が決定されていたといえる場合には、その発行価格は、特別の事情のない限り、「特二有利ナル発行価格」には当たらないと解するのが相当である」と判示した。
そして、本判決は、本件新株発行に先立ち行われた本件自己株式処分の際に公認会計士が行った株価評価に基づいて払込金額が設定されており、公認会計士が依拠した配当還元法が本件のような場合に適さないとは一概には言い難いこと、及び本件新株発行に先立ち行われていたYら又は会社による株式の買取価格、新株引受権の権利行使価格及び本件自己株式処分の処分価格がいずれも1株1500円で会ったことなども考慮して、本件においては一応合理的な算定方法によって発行価格が決定されていたとした。そのうえで、A社の業績の変動状況に言及して、本件新株発行における発行価格と本件新株発行前後の株式の価値を単純に比較することは相当ではないとして、上記特別の事情に当たるような事実もうかがわれないと判示した。
第4 実務上のポイント
1 本判決の意義
本判決は、非上場会社における新株発行価格が「特二有利ナル発行価格」に該当するか否かにつき、最高裁として初めて判断手法を示したものであり、実務上重要な意義を有する。
会社法でも、募集株式の払込金額が「募集株式を引き受ける者に特に有利な金額」である場合、取締役は、株主総会において、「当該払込価格でその者を募集することを必要とする理由」の説明を要するものとされている(会199条3項)。
したがって、本判決の判断手法は、会社法下でも妥当するものである。
2 非上場会社株式の場合
この点、「特に有利な金額」とは公正な価格よりも特に低い金額をいうと解されているところ、上場会社では市場価格が存在するため、公正な価格とは何かが比較的容易に把握することができる一方[1]、非上場会社では、市場価格が存在しないことから、公正な価格とは何かを判断することは難しい。株価の算定では、簿価純資産法、時価純資産法、配当還元法、収益還元法、DCF法、類似会社比準法など様々な評価手法が存在するところ、本判決も指摘するように、どのような場合にどのような評価手法を用いるかについては明確な判断基準が定立されているわけではない。
原々審及び原審は、本来あるべき一つの「公正な価格」が存在することを前提として、これと現実の新株発行価格を比較するという判断方法を採用している。これに対し、本判決は、非上場会社の株式評価の算定における以上のような特殊性に言及し、取締役らの予測可能性が害されるとの理由から、相当ではないと指摘している。
そのうえで、本判決は、「特に有利な金額」(「特二有利ナル発行価格」)の該当性については、当時の新株の発行価格の決定が合理的であるか否かという見地から、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価格が決定されていたといえる場合には、特段の事情がない限り、「特に有利な金額」(「特二有利ナル発行価格」)に該当しない旨判示したうえで、実際のあてはめでも、本件新株発行における発行価格の意思決定が合理的であるかどうかを検討対象としており、原々審及び原審のように、株価の算定を改めて行ってはいない。
3 上場会社株式の場合
上場会社の株価の算定については、最判昭和50年4月8日民集29巻4号350頁及び最判昭和51年3月23日集民117号231頁が判断を示している。
まず、前掲最判昭和50年4月8日は、商法280条ノ11の「著シク不公正ナル発行価格」該当性が争われた事案において、上場会社の新株発行価格が価格決定直前の市場株価より低額であっても、①「客観的資料」に基づき、②「一応合理的」な算定方法によって発行価格が決定され、③発行価格が直前の市場株価に近接している場合には、④「特段の事情」がない限り、新株発行価格は「著シク不公正ナル発行価格」に当たらない旨判示している。また、最判昭和51年3月23日判決集民117号231頁は、上記①ないし④の要件が満たされれば、当該新株発行価格は「公正な価格」というべきである旨判断している。
これらの判決と本判決を比較すると、「特に有利な金額」に該当するか否かという場面では、上場会社株式では、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法により株価が決定されていたことに加えて、発行価格と市場株価の近接性が要件とされていることがわかる。
4 新株予約権付社債の場合
新株予約権付社債の場合、その発行前に市場価格によって当該新株予約権の公正価値を把握することは困難である。この点については非上場会社株式の評価の場合と同様である。もっとも、新株予約権付社債の場合、ブラック=ショールズ公式、二項モデル、モンテカルロ・シミュレーションといった複数の評価手法が存在し、評価に採用する要素及びその数値が同一であれば、算出される結果は基本的に等しくなると解されており、この点で非上場会社株式の評価とは異なる。
このような性質に照らして、上場会社における新株予約権付社債の有利発行該当性について判断したのが、東京高判令和元年7月17日金判1578号18頁である。
かかる裁判例では、まず本判決を参照しつつ、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行条件が決定されていたといえる場合には、その発行条件は、特段の事情がない限り、引受人に「特に有利な条件」(会238条3項1号)には当たらない旨判示した。
そのうえで、新株予約権付社債が理論上の一定の価値を算定することが一応可能であるという性質を指摘して、「新株予約権の実質的対価が理論上算定される価値を大きく下回るような事情がある場合には、「特段の事情」があるものとして、客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行条件が決定されていたとしても、有利発行に当たる。」と判示している。
したがって、新株予約権付社債についても、本来あるべき一つの公正な価格との比較において、有利発行に該当すると判断されることがある点については注意が必要である。
5 実務への影響
本判決以降、非上場会社株式の「特に有利な金額」(会199条3項)の該当性については、客観的な資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価格が決定されているか否かで判断することになる。
また、以上の判示については、損害賠償請求における過失の要件ではなく、「特二有利ナル発行価格」該当性の中で検討されていることからすると、本判決の考え方は、例えば差止め(会210条1項)の事案にも当てはまると考えられる。
今後、有利発行該当性が問題となる事例では、依拠した公認会計士等の専門家の意見の有無、当該意見がある場合には意見に際して会社側から提供した資料、会社における株式価格の従来の取扱いについて特に調査する必要がある。また、有利発行該当性が問題となりそうな場合にあっては、後に株主から差止め請求や損害賠償請求がなされた際に備えて、専門家に株式評価を依頼することは勿論のこと、いかなる資料を提供したのかを事後明らかにすることができるように証拠化することが重要である。また、専門家の意見が合理的なものであるかどうかについて、他の専門家に検証を依頼することも有益であると考えられる。
浅井佑太
[1] 上場会社の株式に関して、払込金額が株式の発行に係る取締役会決議の直前日の価格(直前日における売買がない場合は、当該直前日からさかのぼった直近日の価格)に0.9を乗じた額以上の価格であれば、原則として有利発行に該当しないとされる(平成22年4月1日日本証券業協会『第三者割当増資の取扱いに関する指針』)。