同族会社において、会社が株主総会の決議等を経ることなく支給した取締役報酬相当額の金員につき退任取締役に対して損害賠償請求をすることが信義則に反し、権利の濫用として許されないとされた事例
東京地判平成30年1月22日 判タ1461号246頁
第1 判決の概要
本件は、特例有限会社であるX社の代表取締役であったYが、その在任期間中、株主総会(会社法施行前は社員総会。)の承認を得ることなく取締役報酬を受領したとして、X社が、Yに対し、会社法423条1項(会社法施行前の受領分については有限会社法30条ノ2第1項3号。)に基づく損害賠償として、Yが取締役報酬として受領した金銭の一部及び遅延損害金の支払を求めた事案である。
本件では、①X社の株主総会決議に代わる全株主の同意があったか否か、②本件訴えが信義則に反し、権利濫用として許されないか否か等が争点となった。
本判決は、①全株主の同意があったと認めることはできず、Yが全株主の同意があったと過失なく信じたと認めることもできない以上、YがX社に対し会社法423条1項に基づく損害賠償責任を負うことは否定しがたいとしつつ、②長年にわたって株主総会の決議なしに役員報酬が支給され続け、これに対する株主からの異議が出されていなかった等の具体的事情を踏まえると、X社がYに対して取締役報酬に係る損害賠償請求をすることは信義則に反し、権利の濫用として許されないとして、X社の請求を棄却した。
(参照条文)
会社法361条(取締役の報酬等)
1 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。
一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法
三 報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容
第2 事案の概要
X社は貸室業等を目的とする特例有限会社であり、A及びBが所有する建物を両名から賃借し、これを第三者に賃貸することを業としている。
X社の定款には、出資口の合計が60口とされ、A及びC外2名(Cら)がこれを保有する旨の記載があるが、A以外の者が自らの資金を出捐して出資金を支払った事実はない。
A、B及びCは、各自X社の取締役であり、そのうちAは、X社の代表取締役でもあったが、X社の経営は主としてBが行っており、Cは、X社の経営に全く関与していなかった。またAは、取締役の地位にある間、X社から株主総会の決議なく取締役報酬を受領していた。
その後Yは、AがX社の取締役を辞任したことに伴い、X社の取締役及び代表取締役に就任し、X社の取締役を解任されるまでの間、X社から株主総会の決議なく取締役報酬(本件報酬)を受領した。なお、Yの本件報酬の受領に関し、A及びBが了承していたが、Cらは、Yが取締役及び代表取締役に就任することや、これにより取締役報酬をX社から受領するであろうことは認識したものの、Yの本件報酬額については認識していなかった。
X社の定款には取締役報酬に関する定めはなく、X社においてはYが解任される頃までの間株主総会が開催されたことはなく、Aら以外の者が株主権(社員権)を行使したこともなかった。
その後A及びBは死亡し、Cらは、Yが、X社の株主総会を開催せず、また株主総会決議を経ずに本件報酬を受領したことを理由として、YをX社の取締役から解任した。
Dは、X社の代表取締役に就任し、Dを代表者とするX社は、Yが株主総会の決議を経ることなくX社から本件報酬を受領したとして、会社法423条1項に基づき、本件報酬相当額の支払いを求める本件訴訟を提起した。
第3 判旨
請求棄却。
Yに対して本件報酬を支給する旨の株主総会決議は存在せず、X社の株主は、定款の記載等からA及びCらの計4名であると認定できるが、CらがYに対する本件報酬の支給につき同意したことを認めるに足りる証拠はないから、Yには取締役報酬請求権が発生していないというべきである。
そして、YがX社の株主総会決議に代わる全株主の同意があったと過失なく信じたと認めることもできない以上、Yは、X社の株主総会決議を経ずに本件報酬を受領したことについて、X社に対し、法423条1項に基づく損害賠償責任を負うことは否定し難い。
しかし、本件においては、①X社において、Yが解任される頃まで株主総会決議が開催されたことはなく、Aに対しても株主総会決議を経ることなく取締役報酬が支給され続けてきたが、X社の株主らは、これに異議を出したことはないこと、②X社は、A及びBが所有する不動産を第三者に転貸することを業とする会社であって、主としてBがX社の運営に携わり、CらはX社の経営に全く関与していなかったところ、Yは、Bの依頼を受けてその手伝いを始め、AとBの了解を得てX社の代表取締役に就任し、Cらにおいても、YがX社の代表取締役に就任し、X社から取締役報酬を受領するであろうといったことについては認識しつつも、長らくの間、これに異議を述べることはなく、YがX社の株主総会決議を経ずに取締役報酬を受領していることを明確な形で問題にし、そのことを理由としてYからX社の取締役から解任したのは、Yに対する報酬の支給が開始されてから13年もの期間が経過したあとであったこと、③Yは、X社の取締役を解任されるまで種々の業務を行い、実際にX社の事業の遂行に携わり、AがX社の代表取締役に在任していた時期と比較して、X社の業績が大幅に低下したとも認め難いこと、④Yは、取締役を解任されるまでの間、自己の取締役報酬を減額していることといった事情からすると、X社が、Yに対し、取締役報酬にかかる損害賠償を請求することは信義則に反し、権利濫用として許されない。
第4 実務上のポイント
取締役が職務執行の対価として受け取る報酬等については、取締役のお手盛り防止の趣旨から、指名委員会等設置会社を除き、原則として定款規定又は株主総会の決議(総会決議等)を要する(会361条1項)。
そして、総会決議等がない場合には、原則として取締役の報酬等に係る具体的請求権は発生せず(最判平成15年2月21日金判1180号29頁)、仮に取締役が総会決議等なく報酬等を受け取った場合には、当該取締役は、会社に対し、受け取った報酬等相当額について損害賠償責任等(会423条1項、民法703条、同法708条)を負担することになる。
もっとも、総会決議等が存在しない場合であっても役員の報酬等請求権を実質的に認める裁判例が複数存在している。
すなわち、ⅰ)総会決議等がない場合であっても、報酬等についての株主全員の同意があるときは、お手盛り防止という会社法361条の目的は果たされているといえるから、報酬等請求権の成立が認められると解されている(前掲最判平成15年2月21日参照)。
また、ⅱ)退職慰労金の事案であるが、株主全員の同意がない場合であっても、事実上株主の了解を得て慣行とされてきた手続を経て支給決定がされ、実質的に株主の利益が害されないなどの特段の事情が認められる場合には、総会決議等がないことを理由に会社が支払いを拒絶することは信義則上許されない旨判示する裁判例も存する(東京高判平成15年2月24日金判1167号33頁等)。
したがって、ⅰ)又はⅱ)の事情が存在する場合には、一旦支給された役員報酬等の返還を求めることはできないものと解される。この点、ⅰ)については、総会決議等なく自らに報酬等を支払った代表取締役の責任が問われた事例において、「全株主の同意があった場合には、...(会社法361条1項の)趣旨目的を没却するような特段の事情が認められない限り、当該役員報酬の支払は適法有効なものになる」とした裁判例(東京地判平成25年8月5日金判1437号54頁)がある。
本件は、明確には全株主の同意が存在しなかった事案であるが、本判決は、①従前から株主総会決議なく取締役報酬が支給され、支給されていることを認識していた株主らから長期間異議が提出されなかったこと、②取締役に就任した経緯、③返還を求められている取締役が実際に種々の業務に携わり、業績を維持していたこと、④退任取締役が自ら報酬を減額していたことなどの事実を指摘し、会社の請求が信義則に反し、権利濫用として許されないと判示しており、株主らの役員報酬支給に係る認識・行動や、会社の従前の対応等から、退任役員の保護を図ったものと解される。
本判決は、株主総会決議が存在しないにもかかわらず、取締役の報酬請求権を実質的に認める従来の裁判例に新たな事例を加えるものとして意義を有する。
なお、本件と同様に株式会社が取締役に対して総会決議等を経ることなく支給された退職慰労金相当額の不当利得返還請求をした事案において、信義則あるいは権利濫用法理による救済の余地があることを認めた判例として最判平成21年12月18日集民232号803頁などがある。
弁護士 金子 真大