定款又は株主総会決議による報酬等の定めがなく、一部の株主が役員報酬の額を認識していなかった事案において、株主総会の決議に代わる全株主の同意があったと認定し、取締役の具体的な役員報酬請求権の成立を認めた事例
東京高判平成30年6月28日 金判1549号30頁
原審:東京地判平成29年12月26日 金判1549号36頁
第1 判決の概要
本件は、取締役報酬に係る定款の定めや株主総会決議もない事案において、Y社の取締役を退任したXが、Y社に対し、未払役員報酬(本件役員報酬)等の支払等を求めた事案である。
本件では、主としてXに対する本件役員報酬の支払について、Y社の株主総会決議があったと同視できるかが争点となった。
これに対し、本判決は、役員報酬の具体的決定に関わっていなかった株主らは、本件役員報酬額を具体的に決定していた株主兼取締役らの判断に任せていたとみることができ、同人らの定める本件役員報酬額に同意していたと認めるのが相当であるなどとして、本件役員報酬請求権の成立を認めた。
(参照条文)
会社法361条(取締役の報酬等)
1 取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益(以下この章において「報酬等」という。)についての次に掲げる事項は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定める。
一 報酬等のうち額が確定しているものについては、その額
二 報酬等のうち額が確定していないものについては、その具体的な算定方法
三 報酬等のうち金銭でないものについては、その具体的な内容
第2 事案の概要
Y社は、衣料品等の販売等を目的とする株式会社であり、取締役会を設置する非公開会社である。
Y社の取締役は、代表取締役であるA、Aの配偶者であるB、AとBの娘であるC、及びCの配偶者であるXの計4名(Aら)であった。
Y社の発行済株式総数のうち、Aらが98.8パーセント(内訳:A76.8パーセント、B12パーセント、C5パーセント、X5パーセント)の株式を保有しており、Aら以外の株主3名がその余の株式を保有していた。
Y社には、役員報酬等に係る定款の定めはないが、「役員の報酬、賞与、退職慰労金に関する規定」(本件規定)があり、役員の報酬と退職慰労金につき以下のように定められていた。
第3条(役員報酬の決定基準) 役員の報酬は株主総会が決定する報酬総額の限度額内で取締役会で決定する。 |
Y社では、遅くともXがY社の取締役に就任した頃から退任するまでの間、株主総会や取締役会を開催することなく、Aらの協議により、Aら各取締役に支払われる役員報酬の額を決定し支給していたが、Y社の経営状況の悪化から、Xの在任期間中における役員報酬の一部(本件役員報酬)がXに対して支払われていなかった。
なお、Aら以外の株主は、上記取扱いについて異議を述べることなく、役員報酬に関してAらの決定に委ねていたとの認識を有しており、Xの在任期間中に株主権を具体的に行使したことはなかった。
そこで、Y社を退任したXは、株主総会に代わる全株主の同意があった等と主張し、Y社に対し、本件役員報酬等の支払いを求めて本件訴訟を提起した。
原審は、Y社の取締役兼株主であるAら以外の株主が、Xに対する本件役員報酬の額について具体的に認識し、同意していたと認めるに足りる証拠はない等として、Xの請求を棄却した。
第3 判決の要旨
原判決変更、請求一部認容。
①Aら4名がY社の全株式の98.8パーセントを保有していること、②総会決議事項についてAらの意思によって決定することが可能であった状況で役員報酬額をAらで定めていたこと、③Aら以外の株主は、Xの役員報酬額がAら4名によって決定されたことにつき関心すら持たず、異議を述べることもなかったことから、役員報酬額についてAらの判断に任せていたとみることができることから、Aらの定める報酬額に同意していたと認めるのが相当である。
そして、かかる認定は、Aら以外の株主がAらの定める報酬額を具体的に認識していなかったことによって妨げられるものではない。
よって、Xの本件役員報酬は、報酬額の決定について全株主の同意があるといえるから、具体的な報酬請求権として成立しているというべきである。
第4 実務上のポイント
取締役が職務執行の対価として受け取る報酬等は、原則として指名委員会等設置会社を除き、定款又は株主総会の決議による報酬等に係る定め(総会決議等)がなければならない(会361条1項)。
そして、総会決議等がない場合には、原則として取締役の報酬等に係る具体的請求権は発生しない(最判平成15年2月21日金判1180号29頁)。
もっとも、判例や裁判例は、総会決議等がない場合であっても例外的に報酬等に係る具体的請求権が成立する場合を認めている。
すなわち、ⅰ)総会決議等がない場合であっても、報酬等についての株主全員の同意があるときは、お手盛り防止という会社法361条の目的は果たされているといえるから、報酬等請求権の成立が認められると解されている(前掲最判平成15年2月21日参照)。
また、ⅱ)株主全員の同意がない場合であっても、事実上株主の了解を得て慣行とされてきた手続を経て、報酬等の支給決定がされ、実質的に株主の利益が害されないなどの特段の事情が認められる場合には、総会決議等がないことを理由に会社が報酬等の支払いを拒絶することは信義則上許されない旨判示する裁判例も存する(東京高判平成15年2月24日金判1167号33頁)。
本判決は、ⅰ)総会決議等が存在しない場合で、株主全員の同意があったか否かが争われた事案において、明確な株主全員の同意はなかったものの、①②98.8パーセントを保有する株主らの関与の下、役員報酬が支給決定されていたことしていること、③支給決定に関与していない株主らが、役員報酬の支給決定につき特段の関心を持たず、異議も述べていなかったことから、支給決定に関与していた株主らに判断を任せていたとみることができること等の具体的事実を挙げ、株主全員の同意があったことを認定しており、株主総会決議が存在しない場合における役員による報酬請求を認める従前の裁判例に一事例を加えるもので、同種事案において参考となる。
弁護士 金子 真大