取締役会に代表取締役の選定・解職に係る広範な裁量を認め、代表取締役を選定・解職する旨の決議が有効であるとし、また元代表取締役による代表取締役を解職されなければ将来得べかりし報酬相当額の損害賠償請求を否定した事例
(アルビス代表取締役地位確認等請求事件)
富山地裁高岡支判平成31年4月17日 資料版商事法務423号175頁
第1 判決の概要
本件は、Y社の代表取締役であったXが、Y社取締役会において代表取締役を解職され(本件解職決議)、新たにA取締役が同社新代表取締役に選定された(本件選定決議。本件解職決議と併せて本件各決議)ところ、主位的に、本件各決議には裁量権の逸脱・濫用ないし重大な手続的瑕疵が存在する旨主張し、Y社に対し、代表取締役の地位確認及び上記各決議の無効確認を求めるとともに、予備的に、やむを得ない事由がないにもかかわらず代表取締役を解職された旨主張し、Y社に対し、代表取締役と平取締役との役員報酬月額の差額に、Xの代表取締役の残任期を乗じた金額の一部につき、民法651条2項に基づき損害賠償を請求した事案である。
本件の主たる争点は、①本件各決議の有効性、及び②本件各決議が有効である場合の代表取締役解職に伴う損害賠償請求の可否の2点である。
本判決は、①訴えの利益を認めた上で、②代表取締役の選定・解職を含む取締役会決議は経営判断に属する事項であって、手続に重大な瑕疵がなく、裁量権の逸脱・濫用が認められない限り有効となるとして、手続的瑕疵及び裁量権の逸脱・濫用の何れの存在も否定し、本件各決議の効力を認め、Xの主位的請求を棄却するとともに、②民法651条2項の損害とは、解除の時期の不当なことによる損害をいうとして、受任者が将来得べかりし報酬は当然には含まれないと判断し、Xの予備的請求も棄却した。
(参照条文)
民法651条(委任の解除)
1 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2 前項の規定により委任の解除をした者は、次に掲げる場合には、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。
一 相手方に不利な時期に委任を解除したとき。
二 委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く。)をも目的とする委任を解除したとき
第2 事案の概要
Y社は、食料品の製造等を目的とする株式会社で、取締役会及び監査役会を設置する東証第1部上場企業である。
Y社の取締役会規則には、取締役会の議長は社長がこれにあたるとされていた。
Xは、Y社の代表取締役を務めていたが、同社取締役会においてB取締役から緊急動議が提出され、特別利害関係を有するXを除く出席取締役の過半数の賛成により解職された(本件解職決議)。
また、同取締役会において、新たに議長としてA取締役が選任され、B取締役からA取締役を新代表取締役として選定することの緊急動議が提出され、出席取締役の過半数の賛成により、A取締役がY社の代表取締役に選定された。
そこで、Xは、主位的に、Y社に対し、本件解職決議がXを疎ましく思っていた取締役らが個人的事情からXを代表取締役から排除するために行われたものであるから、本件解職決議は取締役会に認められた裁量権を逸脱・濫用するものであって無効であると主張し、またこれに続く本件選定決議も、本件解職決議が無効であるため未だ代表取締役の地位にあったXが議長を務めるべきであったにもかかわらずA取締役が議長となり決議したもので、重大な手続的瑕疵が存在し無効である等と主張し、代表取締役の地位確認及び本件各決議の無効確認を請求した。
また、Xは、予備的に、Y社に対し、仮に本件各決議が有効であったとしても、代表取締役と平取締役との役員報酬月額の差額に、Xの代表取締役の残任期月数を乗じた金額の損害を被ったと主張し、同損害の一部について、民法651条2項に基づく損害賠償を請求した。
これに対し、Y社は、Xの解職理由につき、Y社を取り巻く環境下において長期化している代表取締役の世代交代を実現するのが今後の企業運営に最も適するとした上で、代表取締役の解職は、取締役会の経営判断に属する事項であり、取締役会の広範な裁量に委ねられる事項であって、正当な理由も必要とされていないから、手続的瑕疵がない以上、本件解職決議は有効である等と主張してこれを争った。
第3 判決の要旨
請求棄却。
1 本件各決議の有効性について
「一般に、代表取締役選定・解職を含む取締役会決議は、経営判断に属する事項であり、当該会社の取締役会の裁量に委ねられる事項であるから、手続に重大な瑕疵がなく、それが裁量権の逸脱・濫用と認められない限りは、有効とみるのが相当である。けだし、会社の経営判断は、会社の継続性を前提に、長期的な視点に立って、会社を持続的に成長させ、高い利益をあげるためにいかなる経営戦略、投資計画、組織運営などを立案・実行していくかということに関わるものであり、そこには、将来の不確実なリスクも当然に含まれる。そうした判断は、株主総会により選任され、会社の内情や業界、企業統治に精通した取締役で構成される取締役会の裁量に委ねるのが、会社と株主の利益にかなうものであり、最も適切と考えられるからである。」
本件解職決議の手続に重大な瑕疵は認められず、また解職理由の当否はともかく、その理由は経営判断に関するものであり、その判断が取締役会の裁量権を逸脱するものとは認められない。
よって、本件解職決議は有効であり、また本件解職決議が有効であるとすれば、本件選定決議の手続的瑕疵もなく、そのほか違法事由も認められないから、本件選定決議も有効である。
2 民法651条2項に基づく損害賠償請求の可否
「代表取締役の解職の手続に、委任解除の規定である民法651条が適用されるかは一つの問題であるが、仮にその適用があるとしても、同条2項における「相手方の不利な時期」とは、委任に係る事務処理自体との関連において不利な時期をいうものと解され、また、同項にいう損害とは、解除の時期の不当なことによる損害をいうものと解される。」
「そして、報酬を支払う旨の約定のある有償の委任契約においては、解除による将来の報酬債権が生じないことは当然であって、委任は各当事者がいつでも解除することができるものである以上、受任者が将来得べかりし報酬は、当然には解除の時期の不当なことによる損害として上記損害に含まれるものではないというべきである。」
Xの主張する損害は、将来得べかりし代表取締役報酬の喪失に過ぎないため、Xの予備的請求も理由がない。
第4 実務上のポイント
1 代表取締役の解職決議の有効性
取締役会設置会社においては、代表取締役の選定及び解職は取締役会の職務とされ(会362条2項2号)、取締役会は理由のいかんを問わず、いつでも代表取締役を解職することができると解されてきた。
そして取締役会決議の無効事由は法定されていないが、決議の内容に瑕疵がある場合(法令・定款違反、株主総会決議違反)や手続に瑕疵がある場合(軽微かつ決議の結果に影響を及ぼさない場合は除く)には、当該決議は当然に無効となると解されており、これを争う者は、確認の利益が認められる限り、取締役会決議の無効確認の訴えを提起することができる(代表取締役選定決議につき最判昭和47年11月8日民集26巻9号1489頁)。
本件は、本件解職決議が取締役会の裁量権の逸脱・濫用にあたるとして取締役会決議無効確認等が請求された事案であって、取締役会決議の内容の瑕疵が争われた一事例であるが、本判決は、取締役会の代表取締役の選定・解職権限に係る広範な裁量を認め、結論としてはこれを否定したものの、裁量権の逸脱・濫用による代表取締役解職決議の無効の可能性を示唆したものとして実務上意義を有する。
なお、本件とは異なり非公開会社における経営者兼少数株主の締め出しの過程で行われた代表取締役解職決議の有効性が争われた事例において、取締役会の裁量権の逸脱・濫用を認め、当該決議の効力を否定した裁判例として長崎地判平成27年11月9日金法2037号70頁がある。
2 代表取締役の解職と会社に対する損害賠償請求
代表取締役が、取締役の任期途中に代表職を解職され、役員報酬が減額された場合、当該取締役は、会社に対して、減額分の役員報酬ないし役員報酬相当額の損害賠償を請求することができるかが問題となる。
この点、考えられる法律構成としては、会社法339条2項の類推適用に基づく損害賠償請求、民法651条2項ないし不法行為に基づく損害賠償請求、代表取締役として受領していた役員報酬額につき委任契約に基づく報酬請求等が挙げられる。
(1)会社法339条2項の類推適用の可否
会社法339条2項は、取締役が「正当な理由」なく解任された場合に当該取締役の会社に対する損害賠償請求を認める規定であって、取締役の解任後の残任期間の報酬に関する期待的利益を保護するために特別に定められた規定であるとされている[1]。
代表取締役が解職されたとしても取締役の地位が失われるわけではないため、直接同項を適用することはできないが、本規定の類推適用を認める学説も多数存在している[2]。
しかしながら、上述したとおり、会社法339条2項は、取締役の残任期間の報酬に関する期待的利益の保護のために規定されたものであることからすると、代表取締役としての任期が明確に定まっていない場合には、同項を類推適用することは困難であり[3]、また上述したとおり取締役会には代表取締役の解職につき広範な裁量が認められていることからすると、仮に類推適用ができるとしても、「正当な理由」が認められることが多いものと解される。
(2)民法651条2項の適用の可否
民法651条2項は、その要件を満たす限り、代表取締役の解職についても適用されると解されている[4]。
民法651条2項の「損害」に、得べかりし報酬の一部を含めて判断した裁判例も存在するが(東京高判平成18年10月24日判タ1243号131頁)、通説・判例は、ここにいう「損害」とは、解除が不利な時期であったことから生じた損害に限定しており、将来の報酬のような得べかりし利益等は含まれないとしている(最判昭和58年9月20日判時1100号55頁等)。
本判決も、民法651条2項の適用の可否についての判断は留保しつつも、同項の損害については、通説・判例に従った解釈を示し、原告の請求を棄却している。
従って、本件のように、代表取締役を解職され、報酬を減額された者が、減額分の役員報酬相当額等を請求しようと意図する場合には、民法651条2項に基づく請求は適切ではなく、他の法律構成によるべきであろう。
(3)委任契約に基づく報酬請求の可否
株主総会決議により取締役の報酬等の額が具体的に定まった場合には、その後に無報酬とする旨の決議をしても、当該取締役の同意がない限り、報酬請求権は失われない(最判平成4年12月18日民集46巻9号3006頁)。
したがって、代表取締役の解職に伴う報酬の減額が行われた場合に、同減額報酬分の請求をしようとする者は、減額についての同意がない旨主張し、当初定められた代表取締役時の役員報酬額を請求することが考えられよう。
内規の定めに取締役の報酬が各職位毎に一定の計算式に従って定められることとなっている場合には、取締役任用契約時ないし当該規定作成時において、取締役が職位の変動による役員報酬の増減につき、明示または黙示の同意をしていると解されることが多いと思料されるが、仮に取締役の報酬が職位とは無関係に属人的に定められていた場合には、代表職を解職されたことによる減額は困難であろう。
そのため、会社の立場としては、職位の変動に連動して取締役の報酬を変動させるためには、役員報酬規定の定め方やその前提となる株主総会決議の内容に留意する必要がある。