株主による計算書類等の謄本の交付請求に対し、備置期間が経過していること、既に謄本交付を行ったこと、作成されていないことを理由に、これを認めなかった事例
東京地判平成27年7月13日 金判1480号51頁(控訴)
第1 判決の概要
本件は、Y社の株主であるXが、Y社に対し、会社法442条3項に基づき、11期分の貸借対照表、損益計算書等(計算書類等)の謄本の交付を求めたものである。
本件の争点は、株主からの計算書類等の謄本の交付請求に対し、会社は、①備置期間が経過していること、②既に謄本を交付していること、及び③未作成であることを理由に、その請求を拒めるか否かである。
本判決は、上記①ないし③のいずれの理由によっても、会社は計算書類等の謄本の交付を拒めるとして、Xの請求を棄却した。
(参照条文) 会社法442条(計算書類等の備置き及び閲覧等) 1 株式会社は、次の各号に掲げるもの(以下この条において「計算書類等」という。)を、当該各号に定める期間、その本店に備え置かなければならない。 一 各事業年度に係る計算書類及び事業報告並びにこれらの附属明細書(第436条第1項又は第2項の規定の適用がある場合にあっては、監査報告又は会計監査報告を含む。) 定時株主総会の日の一週間(取締役会設置会社にあっては、二週間)前の日(第319条第1項の場合にあっては、同項の提案があった日)から五年間 3 株主及び債権者は、株式会社の営業時間内は、いつでも、次に掲げる請求をすることができる。ただし、第二号又は第四号に掲げる請求をするには、当該株式会社の定めた費用を支払わなければならない。 一 計算書類等が書面をもって作成されているときは、当該書面又は当該書面の写しの閲覧の請求 二 前号の書面の謄本又は抄本の交付の請求 三 計算書類等が電磁的記録をもって作成されているときは、当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧の請求 四 前号の電磁的記録に記録された事項を電磁的方法であって株式会社の定めたものにより提供することの請求又はその事項を記載した書面の交付の請求 |
第2 事案の概要
Y社は、不動産賃貸業等を目的とする株式会社であり、Xは、その株主である。
Xは、Y社に対し11期分の計算書類等の謄本の交付を請求する訴訟を提起した。
本件訴訟において、Xは、Y社が作成していないと主張する文書については、Y社に作成義務があることから存在するはずであると主張するとともに、仮に文書が存在していないとしても、Y社はこれらの文書を作成した上でXに対し、その謄本を交付すべき義務があると主張した。なお、Xが謄本の交付を請求している計算書類等のうち、数期分の計算書類等については、Xに既に交付されていたことについては当事者間に争いがなかった。
第3 判旨
1 備置期間が経過した計算書類等について
本判決は、会社法442条3項の謄本の交付請求等の対象となる計算書類等は、会社法442条1項により備置きが義務付けられている計算書類等の範囲に限られ、同項所定の備置期間を経過した計算書類等は閲覧等請求の対象とならないと判示して、備置期間が経過した計算書類等についてのXによる謄本の交付請求を認めなかった。
2 既に謄本を交付した計算書類等について
本判決は、Y社が既に謄本を交付していた計算書類等については、Xの謄本交付請求に対する義務の履行を終えたものと認められるとして、Xによる謄本の交付請求を認めなかった。
3 未作成の計算書類等について
本判決は、株主が会社法442条3項に基づき、計算書類等の謄本の交付を請求する場合、株主が当該請求に係る計算書類等が存在することについて立証責任を負っていることを判示した。その上で、会社に計算書類等につき作成義務があるからといってそれのみでこのような文書が作成され、存在すると推認することができないことを前提に、Xは、存在について争いのある計算書類等の存在につき、その存在を立証していないとして、その存在を認めなかった。
また、会社が計算書類等を作成していないことに関しては、株主は会社に対し、会社法442条3項に基づいて計算書類等の作成を請求できないとして、計算書類等を作成した上で、その謄本を交付すべきであるとのXの請求を認めなかった。
第4 実務上のポイント
1 既に謄本を交付していたことを理由に、謄本の交付請求を認めなかった判断について
本判決は、計算書類等のうち、Y社がXに対して謄本を交付したものについて、Xによる謄本の交付請求を認めていない。
この点、公刊誌に掲載された判決内容からは、定時株主総会の招集通知と一緒に送付されたことをもって、計算書類等の謄本が交付されたと認定しているのか、本訴訟を提起する以前、あるいは訴訟係属中に、Xが会社法442条3項に基づく計算書類等の謄本の交付がされたことをもって謄本の交付を認定しているのかが、明らかではない。
しかしながら、前者を理由に謄本の交付請求を認めなかったのであれば、会社法442条3項が特に制限なく、株主による謄本の請求を認めていることから疑問である。一方、後者を理由とする場合については、会社が、訴訟提起直前や訴訟係属中に書証等により、計算書類等を提出している場合であれば、再度の交付を認めないことにつき合理的な理由があるように思われる。
そのため、裁判実務においては、どのような時期に計算書類等の謄本が交付されたのかが重要となる可能性があり、時期次第では、本判決と異なる判断がなされる可能性もあるように思われる。
2 未作成であることを理由に、謄本の交付請求を認めなかった判断について
本判決は、Y社が作成していない計算書類等につき、これを作成した上で、その謄本をXに対して交付する義務はないと判示している。
この点、本判決の以前には、決算期の到来後になお計算書類等の作成・備置きがないときは、これらの書類を作成し、備え置いた上、その閲覧等の請求に応じる義務があるとした裁判例もあり(東京地判昭和55年9月30日判時992号103頁)、下級審裁判所の判断が分かれている。
もっとも、下級審裁判例上は、作成義務はないとするものの方が、優勢であるようにも思われるため(東京高判昭和58年3月14日判時1075号156頁、大阪地判昭和43年3月14日判タ219号193頁)、今後の訴訟においても、同種の事案では本判決と同様の判断がなされる可能性は十分にあると思われる。しかしながら,作成義務がないとした場合,少数株主が会社の財産,損益及び事業の状況についての必要な情報を得る機会が実効的に保障されないとの問題は残る[1]。
さらに、本判決は、会社に計算書類等につき作成義務があるからといってそれのみでこのような文書が作成され、存在すると推認することができない旨も判示している。このような判断については、義務違反を行っている会社が有利になる点で議論の余地があるとは思われるが、計算書類等の閲覧や謄本の交付を求める訴訟を提起する際には、株主の側で、これらの文書の存在の立証責任が負わされる可能性があることは十分あり得ると思われる。
なお、計算書類等が作成されていない場合、その作成懈怠について取締役等の責任が別途追及されること(会423条)や、100万円以下の過料の制裁を受けること(会976条7号)があり得ることには留意すべきである。
弁護士 太井 徹