加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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会社法裁判例-一人株主の配偶者である取締役に対する招集通知の欠缺を理由に、取締役会決議が無効であることを認めた事例-

一人株主の配偶者である取締役に対する招集通知の欠缺を理由に、取締役会決議が無効であることを認めた事例

東京高判平成30年10月17日 金判1557号42頁

原審:東京地判平成30年3月27日 金判1557号46頁



第1 判決の概要

本件は、Y社の取締役であるXが、Y社に対し、同社の株主総会において、代表取締役であったZ1及び取締役であったZ2が、一人株主であるA社の議決権行使により、それぞれ取締役から解任する決議がなされた(本件株主総会決議)ことを理由に、取締役でないことの確認を求めた事案である。

本件では、本件株主総会決議に先立ち、A社の取締役会において、同社の取締役であったXに対する招集通知を欠いたまま、同社が有するY社の発行済株式全部をZ2に譲渡する旨の決議がなされているところ(本件取締役会決議)、本件取締役会決議が有効であるとすれば、A社はY社の株主でないため、本件株主総会決議が無効となることから、Xに対する招集通知の欠如により、本件取締役会決議が無効となるか否かが争点となった。

本判決は、XがA社の一人株主であるBの配偶者であり、一人株主の意思決定に強い影響力を有することから、通知を欠く取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情が認められないとして、本件取締役会決議の無効を認め、本件株主総会決議によって、Z1及びZ2が、Y社の取締役の地位にないことを認めた。

(参照条文)

会社法368条(招集手続)

1 取締役会を招集する者は、取締役会の日の一週間(これを下回る期間を定款で定めた場合にあっては、その期間)前までに、各取締役(監査役設置会社にあっては、各取締役及び各監査役)に対してその通知を発しなければならない。



第2 事案の概要

Y社は、コンピューターの利用に関する調査及び研究等を目的とする株式会社である。Y社は、その発行株式の全部を株式会社であるA社が保有していたため、A社の完全子会社である。

Y社では、Z1が代表取締役に、XとCが取締役にそれぞれ就任していた。また、A社は、取締役会設置会社とされており、Z1が代表取締役に、XとDが取締役にそれぞれ就任していた。

Z1及びDは、Y社からXを廃除するため、Y社株主総会において、一人株主であるA社の議決権を行使することにより、Xを取締役から解任する決議を行うとともに、Z2を取締役に選任する決議を行った。そして、A社の取締役会において、Xに対して招集通知を欠く状態で、Z1及びDの賛成により、A社の保有するY社発行株式全部をZ2に譲渡する本件取締役会決議を行った。

これに対し、Xは、まずA社の株主総会において、一人株主であるB(Xの妻)の議決権行使により、取締役会設置会社の定めの廃止や取締役の人数を1名以上10名以下に変更する定款を行うとともに、Z1及びDを取締役から解任する決議を行うことによって、XをA社の代表者とした。そして、本件取締役会決議は無効であり、A社がY社の一人株主のままであることを前提に、Y社の株主総会において、一人会社であるA社の議決権行使により、Z1とZ2を取締役から解任し、Xを取締役に選任する決議を行った。その上で、Xは、Z1とZ2がY社の取締役の地位にないことの確認を求める本件訴訟を提起した。

本件訴訟には、Z1とZ2がY社側に補助参加したところ、原審は、本件取締役会決議につき、Xに対する招集通知の欠如を理由に、招集手続の瑕疵があることを認めた上で、Xが出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情はないとして、本件取締役会決議は無効であることを認定し、本件株主総会決議により、Z1とZ2は、取締役の地位を失ったとして、Xの請求を認めた。

これに対し、Y社は、これを不服として控訴した。



第3 判旨

まず、本判決は、原判決と同様、最判昭和44年12月2日民集23巻12号2396頁にしたがい、「取締役会の開催に当たり、取締役の一部の者に対する招集通知を欠くことにより、その招集手続に瑕疵があるときは、特段の事情のないかぎり、上記瑕疵のある招集手続に基づいて開かれた取締役会の決議は無効になると解すべきであるが、この場合においても、その取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるときは、上記瑕疵は決議の効力に影響がないものとして、決議は有効になる」との判断基準を示した。

次に、本判決は、A社にとって最も重要な子会社はY社であり、A社が保有するY社の発行株式の全部を譲渡することは会社の重要な財産の処分(会362条4項1号)に該当し取締役会決議が必須であることを判示した。それだけでなく、最も重要な子会社の発行株式の全部を手放す行為は、業態変更の実行に類似し、持株会社たるA社のビジネスモデルの抜本的変更をもたらし、事業譲渡等(会467条以下)として株主総会の決議を要するものに該当する可能性すらあることから、株主の意向が極めて重視されるべき重要事項であることを認定した。

その上で、Xは、一人株主の配偶者であり、一人株主の意思決定に大きな影響力を有する取締役(支配株主取締役)であるところ、支配株主取締役は、実質的に会社の支配権を有し、取締役の選任及び解任を実行する直接の権限を有し、取締役及び取締役であった者に対する責任追及を行うかどうかについても大きな影響力を有することから、株主の意向が極めて重視されるべき事項を取締役会において審議する場合には、支配株主取締役が与える影響力は非常に大きいと判示した。

そして、このような影響力から、取締役会開催前に取締役の過半数が支配株主取締役と異なる意見を持ち、その意見が強固なものであったとしても、実際の取締役会の議事進行の過程において支配株主取締役の意見が明らかになれば、取締役会決議の結果がどのように転ぶかは、全くの未知数であるとして、通知を欠く取締役が出席してもなお決議の結果に影響を及ぼさないと認めるべき特段の事情はないと判示して、本件取締役会決議の無効を認め、Y社の控訴を棄却した。



第4 実務上のポイント

本判決は、前掲最判昭和44年12月2日民集23巻12号2396頁で示された判断基準にしたがった上で、一人株主の配偶者であり、一人株主の意思決定に強い影響力を有する取締役に対し、招集通知が欠如していた場合については、たとえ取締役会開催前に取締役の過半数が支配株主取締役と異なる意見を持ち、その意見が強固なものであったとしても、通知を欠く取締役が出席してもなお決議の結果に影響を及ぼさないと認めるべき特段の事情は認められないことを判示したものである。

この点、東京高判平成29年11月15日金判1535号63頁は、招集通知が欠如し、取締役会に欠席した取締役の取締役会における相当に強い影響力を認めたものの、取締役会開催前に欠席取締役以外の取締役の全員が欠席取締役と異なる意見を持ち、かつその意見が強固なものであったこと等を理由に、上記特段の事情を認めており、本判決とその結論を異にしている。

このような結論の違いについては、招集通知が欠如した取締役に、他の取締役を解任するまでの影響力が認められるか否かに起因するものと思われる。

そのため、本件のように、取締役会決議につき、一部取締役に対する招集通知の欠如が認められ、かつ取締役会開催前に取締役の過半数が欠席取締役と異なる意見を持ち、その意見が強固なものであった事案について、特段の事情が認められないことを主張するためには、欠席取締役自身の保有株式数や、欠席取締役による自己以外の株主の議決権行使に対する影響力から、欠席取締役の意思により、他の取締役の解任等まで行うことが可能であることを主張立証していくことが重要となる。

弁護士 太井 徹

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