10月31日、総選挙により国民の審判が下されました。
自公政権に、立憲民主党・共産党その他2党が挑む構図でしたが、与党の圧勝、維新の会の大躍進で幕を閉じました。そもそも、各党の政党支持率に鑑みると、マスコミが描いた構図自体に無理があったのかもしれません。
その二日前、こちらは真の激戦に決着がつきました。
10月29日午前10時からエイチ・ツー・オーリテイリング(H2O)の傘下入りを諮る関西スーパーマーケットの臨時株主総会が開催され、注目を浴びました。休憩二回を挟み、6時間を超えるロングラン総会。H2Oとオーケーによる"関西スーパー"争奪戦は、稀に見る僅差でH2Oが勝利しました。
関西スーパーは、兵庫県伊丹市に本店を置く、関西を地盤とする東証第一部上場会社で、同社有価証券報告書によると売上高約1289億円(2021年3月期・連結)の規模です。大阪市在住の私は、車を運転しているときなどに同社の店舗を時々見かけます。買い物したこともあるはずですが、インパクトがなかったのかあまり記憶がありません。
H2Oは大阪市に本店を置き、阪急百貨店、阪神百貨店を傘下に持つ持株会社で、そのスーパーマーケット部門として、『イズミヤ』、『阪急オアシス』を有しています。同社有価証券報告書によると売上高は7391億円(2021年3月期・連結)です。もちろん東証第一部上場会社です。関西において、"阪急"ブランド自体は圧倒的な強さを持っています。しかし、H2O傘下に入る前のイズミヤのもともとの『庶民的』イメージもあってか、そのブランド力を十分に活かし切れていない印象です。
今回、H2Oと関西スーパー争奪戦を繰り広げたオーケーについては、横浜市に本店を置く、関東を中心とするディスカウント・スーパーであり、同社有価証券によると売上高は5088億円です(2021年3月期・連結)。非上場会社のようです。関西には店舗がないので、どのような存在なのか私には全く分かりません。関東系のディスカウント・スーパーという点で共通する『ロピア』には先日初めて行きましたが、ちょっと『コストコ』的魅力もあり、もしオーケーも同様であるのであれば、その急成長は頷けます。
H2Oは10.65%、オーケーは7.69%をそれぞれ保有する関西スーパーの株主です(20213月末)。人口減少時代へ対応すべく、H2Oは関西におけるスケールメリットを、オーケーは関西市場進出の基盤を得るために、関西スーパーを巡り、争奪戦を繰り広げることになりました。
M&A(Mergers(合併)and Acquisitions(買収))は、いまや企業の成長にとって避けることのできない選択肢です。近時の報道では、世界の今年1月から9月までのM&A実行額はなんど4兆ドルを超えるとのことです(日本経済新聞)。
H2Oとオーケーの"標的"となった関西スーパー経営陣が選んだのはH2O。
しかし、最初に仕掛けたのはオーケーです。2016年に関西スーパー株式を大量取得し、提携を求めたところ、関西スーパー経営陣はH2Oと資本提携。H2Oが関西スーパーの筆頭株主となりました。
そして、本年6月、オーケーが関西スーパーに一株2250円でのTOB(株式公開買付け)による買収を提案したところ、8月に関西スーパー経営陣はH2Oとの経営統合を発表したのです。
これに対抗してオーケーは、関西スーパーに対しTOBによる買収を提案していたことを発表し、経営統合を阻止してTOBを実施する、すなわち全面対決の姿勢を明らかにしました。
ここからM&Aの手法についてごく簡単に説明します。ご興味のない方は読み飛ばしてください。
H2O・関西スーパーの経営統合の手法としては、株式交換、会社分割(吸収分割)、そして第三者割当てが用いられます。
その詳細は、関西スーパー臨時株主総会の招集通知に記載されています。
株式交換(会社法2条31号)というのは会社法上の組織再編手続きです。グループ再編や企業買収に用いられる手法で、100%親子会社関係を創出する手続きです。
本件の場合、阪急オアシス、そしてイズミヤとの間でそれぞれ株式交換をすることによって、関西スーパーが両社株式の全てを取得し、両社の100%親会社になります。そして、阪急オアシスとイズミヤの株式を100%保有していたH2Oに対し、対価として関西スーパーの株式を割当てます。それによってH2Oは関西スーパーの58%の株式を保有することになります。
会社分割(吸収分割・会社法2条29号)も会社法上の組織再編手続きで、事業の承継に用いられます。事業譲渡と同様に事業の全部または一部を他社へ移転する役割を果たします。
本件では、関西スーパーはその事業を、別会社に吸収分割することによって承継させます。関西スーパーの事業を承継した別会社は、商号を『関西スーパー』に変更します。関西スーパーは『関西フードマーケット』に商号を変更し、阪急オアシス、イズミヤに加え、"新"関西スーパーの株式を保有し、いわゆる中間持株会社になるのです。
第三者割当ては、会社法上の募集株式発行等(会社法199条以下)の一類型で、特定の第三者に対し新株発行又は自己株式の処分をするものです。資本提携や企業買収に用いられますが、本件では少し違います。
株式交換前に、阪急オアシスとイズミヤはそれぞれH2Oに対し第三者割当てをすることにより増資します。これによって阪急オアシスとイズミヤの資産が増加し、先述した株式交換において、両社の株主であるH2Oに割当てられる関西スーパーの株式が増加することになると考えられます。
少しややこしい話をしましたが、結論としては、H2Oが関西スーパーの株式を58%保有して子会社化し、関西スーパーから商号変更した関西フードマーケットが阪急オアシス、イズミヤ、そして関西スーパーの事業を承継した"新"関西スーパーの3社を100%子会社にするというものです。
この経営統合をするためには、関西スーパーの株主総会において特別決議が必要となります。株主に大きな影響を与える株式交換、会社分割は会社法上基本的に特別決議が要求されるからです(会社法309条2項12号)。特別決議には出席株主の議決権の3分の2の賛成が必要となります。関西スーパーは上場会社ですので、書面による議決権行使(書面投票)も当然認められます(会社法298条1項3号、東証上場規程435条)。
オーケーが提案したTOB(株式公開買付け)は、金融商品取引法(金商法)に定めがあり、友好的・敵対的いずれにしろ上場会社の買収に広く用いられる手法です(金商法27条の2以下)。公開買付開始公告により、対象会社の不特定・多数の株主から株式を買い付けます。
オーケーは、経営統合を諮る臨時株主総会の前に、一株2250円でTOBを実施する予定である旨を公表することで、まずは経営統合議案を否決しようとしたのです。
関西スーパー経営陣とH2Oは臨時株主総会における3分の2以上の賛成を狙い、一方のオーケーはこれを阻止しようとしてそれぞれ株主に対し働きかけました。
加藤真朗
(続く)
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