第1 はじめに
本稿では、違法な吸収合併、新設合併に対する株主による合併差止請求制度(784条の2、796条の2、805条の2)及び合併無効の訴え(828条1項7号8号)についてご説明いたします。
第2 合併の差止め
1 制度の概要
本制度は、会社が行った合併に法定の差止事由がある場合に、株主が会社に対して当該事由を主張して、合併をやめることを請求するものです。ただし、簡易合併の存続会社の株主には、原則として差止請求が認められません(796条の2ただし書)。
2 差止事由
⑴ 法令・定款違反
合併が法令または定款に違反する場合に、消滅会社または存続会社の株主が不利益を受けるおそれがあるとき、差止請求が可能となります(784条の2第1号、796の2第1号、805条の2)。
株主は、自己が株式を有する会社に生じた事由のみを主張でき、相手方当事会社に生じた事由を差止事由として主張することができない点に注意が必要です。
法令違反の例は以下のとおりです。
① 合併契約の内容の違法
② 備置書類等の不備置・不実記載
③ 合併契約承認決議の瑕疵
④ 株式・新株予約権買取請求の不履行
⑤ 債権者異議手続の不履行
⑥ 要件を満たさない簡易合併・略式手続の実施
⑦ 独禁法違反等他の法令違反
⑧ 合併認可の欠缺
など
⑵ 略式合併における合併条件の著しい不当
略式合併の合併条件が当事会社の財産の状況その他の事情に照らして著しく不当で、従属会社の株主が不利益を受けるおそれがあるときにも、差止請求が可能です(784の2第2号、796の2第2号)。
3 仮処分
株主の差止請求権の実現は、実務上、会社を債務者として、合併差止請求権を被保全権利とする仮処分によって行われます。
第2 会社合併の無効
1 制度の概要
会社合併の無効は、訴えによってのみ主張することができます(828条1項7号8号)。
提訴期間は、合併の効力発生日から6箇月以内に制限されています。
提訴権者は、効力発生日において消滅会社の株主、取締役、執行役、監査役(会計監査に限定した者を除く)、清算人であった者、合併について承認しなかった債権者及び存続会社・新設会社の株主、取締役、執行役、監査役(会計監査に限定した者を除く)、清算人、合併について承認しなかった債権者です(828条2項7号8号)。この債権者とは、債権者異議手続において異議を述べた債権者に加え、必要とされる各別の催告を受けなかった債権者が含まれます。
被告は、吸収合併では存続会社、新設合併では新設会社となります(834条7号8号)。
管轄は本店所在地の地方裁判所(835条1項)です。
2 無効事由
差止事由である法令違反行為と同様ですが、差止めについては株主が不利益を受けるおそれとの要件がありましたが、無効についてはそのような要件はありません。法令違反の影響の重大性、差止請求の機会の有無等から、事案ごとに判断するとされています(江頭憲治郎『株式会社法〔第7版〕』895頁)。
合併が無効とされた事例としては、例えば、名古屋地判平成19年11月21日金融・商事判例1294号60頁(合併後の営業継続に不可欠な公安委員会の承認手続が採られていなかった事案)、東京地判平成22年1月29日ウエストロージャパン文献番号2010WLJPCA01298004(合併条件の公正等の判断資料となる事前開示書類を備え置いていなかった事案)があります。
また、差止仮処分に違反する合併については無効と考えられています。
なお、合併無効の訴えと、その前提となる株主総会決議の無効確認・不存在確認・取消の訴え(以下「決議取消しの訴え等」といいます。)との関係については、①合併の効力発生前においては、合併無効の訴えにより争うことはできず、決議取消し等の訴えによる必要があり、他方、②合併の効力発生後は、決議取消し等の訴えにより争うことはできなくなり、合併無効の訴えによる必要がある(吸収説)ものと解されています。
3 判決の効力
会社合併の無効の判決が確定すると、その効力は第三者に対しても及びます(対世効・838条)。
一方、判決の遡及効は認められません(839条)。合併が無効とされた場合であっても、既に存続会社・新設会社、それらの株主、第三者との間に生じた権利・義務には影響は及びません。
吸収合併が無効とされた場合、存続会社が合併に際し割り当てた株式は無効となり、消滅会社が復活し、合併後に変動がなかった株主、債権債務等は、消滅会社に復帰します。合併後に存続会社が負担した債務は、復活した各当事会社の連帯債務となり、合併後に取得した財産については各当事会社の共有となります(843条1項1号、2項)。
新設合併が無効とされた場合には、新設会社は解散し、合併後に変動がなかった株主、債権債務等は、各消滅会社に復帰します。合併の効力発生日後に新設会社が負担した債務、取得した財産については、各消滅会社の連帯債務・共有となります(843条1項2号、2項)。
債務の負担部分、財産の持分は、各当事会社の協議により定めますが、協議が調わないときは、裁判所が、当事会社の請求により、合併時の各会社の財産の額その他一切の事情を斟酌して決定します(843条3項、4項、868条6項、870条2項6号)。