会計帳簿の閲覧謄写の請求に対し、すでに必要な会計帳簿等の開示を受けているとして会社法433条2項2号所定の拒絶理由を認め、一部についての閲覧謄写を認めなかった事例
東京高判平成28年3月28日 金判1491号16頁(上告・上告受理申立て)
原審:長野地裁松本支判平成26年7月17日 金判1491号29頁
第1 判決の概要
本件は、Y社の株主であるXが、Y社に対し、会社法433条1項に基づき、会計帳簿等の閲覧謄写を請求した(本件請求)ものである。
本件の争点は、①本件請求の理由は明らかにされているか、②本件請求の理由と関連性のある会計帳簿等の範囲、③会社法433条2項1号、2号所定の拒絶理由の有無であった。
本判決は、①本件請求の理由として挙げられた3つの理由のうち、一部については制限的に解釈したものはあったものの、いずれについても具体的に明らかにされていることを認めた。そして、②閲覧謄写の範囲を請求理由と関連性のある部分に制限した上で、③ⅰ会社法433条2項1号所定の拒絶事由の存在を認めなかったものの、ⅱ本件請求のうちの一部については、同項2号所定の拒絶事由の存在を認め、拒絶事由が認められない限度で、Xの請求を認めた。
(参照条文) 会社法433条(会計帳簿の閲覧等の請求) 1 総株主(株主総会において決議をすることができる事項の全部につき議決権を行使することができない株主を除く。)の議決権の百分の三(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の議決権を有する株主又は発行済株式(自己株式を除く。)の百分の三(これを下回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の数の株式を有する株主は、株式会社の営業時間内は、いつでも、次に掲げる請求をすることができる。この場合においては、当該請求の理由を明らかにしなければならない。 一 会計帳簿又はこれに関する資料が書面をもって作成されているときは、当該書面の閲覧又は謄写の請求 二 会計帳簿又はこれに関する資料が電磁的記録をもって作成されているときは、当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により表示したものの閲覧又は謄写の請求 2 前項の請求があったときは、株式会社は、次のいずれかに該当すると認められる場合を除き、これを拒むことができない。 一 当該請求を行う株主(以下この項において「請求者」という。)がその権利の確保又は行使に関する調査以外の目的で請求を行ったとき。 二 請求者が当該株式会社の業務の遂行を妨げ、株主の共同の利益を害する目的で請求を行ったとき。 |
第2 事案の概要
1 当事者等及び本件訴訟に至る経緯
Y社は、医薬品の製造及び販売等を目的とする株式会社であり、Xは、Y社の発行済株式の100分の3以上の数の株式を有する株主である。
Aは、Y社の代表取締役であり、BはAの妻であり、Y社の取締役でもある。また、Y社の関連会社として、C社やD社があった。
Xは、本件訴訟に先立ってBを相手方とする株券引渡請求訴訟(別件訴訟)を提起し、また会計帳簿閲覧謄写請求仮処分申立事件(仮処分事件)の申し立ても行っていた。
2 本件訴訟の提起から控訴審に至る経緯について
Xは、Y社は、平成17年3月にC社に対する貸付金4000万円の返済を受けたことになっているが、Y社の平成16年度の短期貸付金は前年度より減少したものの、これと未収入金、立替金、仮払金及び貸倒引当金の合計額は前年度とほとんど変わっておらず、帳簿の不正操作が疑われることから不正を明らかにし、帳簿を操作した役員に対し責任追及を行う必要があること(理由(ア))、Y社の平成16年度以降の決算書の地代家賃及び賃借料の項目をみると、金額の急激な上昇とその後の上昇傾向、更にその後の下降がみられ、極めて不自然であり、他方、Aにおいて、その所有する自宅の一部をY社に店舗として不当に高く賃貸して利益を得ていた可能性が疑われ、責任追及を行う必要があること(理由(イ))、A及びBからY社に対する有利子の貸付けの相当性や平成18年9月以降の取締役の利益相反取引の有無を明らかにし、役員に対して責任追及する必要があること(理由(ウ))を、理由に、会計帳簿等の閲覧謄写を求める訴訟を提起した。
これに対し、Y社は、Xの目的は、XがBを相手方として提起した株券引渡請求訴訟(別件訴訟)で用いるための材料探しであり、株主権の確保又は行使に関する調査以外の目的で本件請求を行っていることから、会社法433条2項1号に該当すること等を主張して、請求棄却を求めた。
原判決は、本件請求については、理由の具体性に欠けることはない旨を判示した上で、会社法433条2項1号所定の拒絶事由等は認められないとして、Xの請求を全面的に認めた。
Y社はこれを不服として、控訴。なお、Y社は、原審や控訴審において、本件請求に関連する資料をXに送付していたところ、控訴審では、Xは、Y社から送付を受けた資料によって会計帳簿等の閲覧謄写請求の理由と関連性のある資料を入手しているといえるから、更に閲覧謄写を求めるXの請求は、会社法433条2項1号又は2号に該当することの主張も行っている。また、Xは、控訴審において閲覧謄写を求める会計帳簿等の範囲を狭める請求の減縮を行っている。
第3 判旨
1 ①の争点について
(1)閲覧謄写請求を行う際に要求される記載事項
本判決は、最判平成16年7月1日民集58巻5号1214頁を参照して、「会社法433条1項に基づく会計帳簿等の閲覧謄写請求をする株主等は、その理由を具体的に記載しなければならない」ことを判示した上で、「株主等に理由を具体的に記載させるのは、請求を受けた会社が閲覧等に応ずる義務の存否及び閲覧させるべき会計帳簿等の範囲を判断できるようにするとともに、株主等による探索的・証拠漁り的な閲覧等を防止し、株主等の権利と会社の経営の保護とのバランスをとることにあると解されるから、違法な経営が行われているとの疑いを調査するために上記請求をする場合には、具体的に特定の行為が違法又は不当である旨を記載すべき」ことを判示した。
(2)理由(ア)について
本判決は、Xが挙げている理由(ア)は、そのままでは、4000万円の返済を受けて以降の全ての資金の流れを把握するというに等しく、違法又は不当であるとする行為が具体的に特定されていないと判示した。しかしながら、Xの訴訟における主張から、理由(ア)については、C社からY社に返済された4000万円の資金について、C社及びD社に対する財貨の移動を通じた不正会計処理という限度において、Y社の取締役らの問題とする行為を具体的に特定していると解することができると制限的に解した上で、具体性に欠けないと判示した。
(3)理由(イ)について
本判決は、Xが主張する理由(イ)のうち、「Aにおいて、その所有する自宅の一部をY社に店舗として不当に高く賃貸して利益を得ていた可能性が疑われ、責任追及を行う必要がある」という部分については、具体性に欠けることはないと判示した。
これに対して、「平成16年度以降の決算書における地代家賃及び賃借料の金額について急激な上昇とその後の上昇傾向、更にその後の下降がみられ、極めて不自然である旨」の主張については、「Y社の平成16年度以降の地代家賃及び賃借料の負担が適正であるか否かを明らかにするというものである」と善解した上で、理由として具体性に欠けるところはないと判示した。
(4)理由(ウ)について
本判決は、理由(ウ)について、理由として具体性に欠けるところはないと判示した。
2 ②の争点について
本判決は、「株主等による会計帳簿等の閲覧謄写請求は、請求に当たっての理由の明示が要件とされていることからすれば、請求理由と関連性のある範囲の会計帳簿等に限って認められる」として、Xが閲覧謄写できる範囲を、前項で認定した各理由との関連性のあるものに限定した。
3 ③の争点について
(1) ⅰ会社法433条2項1号所定の拒絶事由の有無
本判決は、Xは、仮処分事件において、保全の必要性を基礎付ける事情として、別件訴訟への証拠提出の必要性があることだけでなく、Y社の取締役の責任追及の準備や取締役の利益相反取引の有無を調査する必要なども主張していたことから、本件請求の目的が別件訴訟で用いるための材料探しであると直ちにいうことはできないとして、会社法433条2項1号所定の拒絶事由の存在を否定した。
(2)ⅱ会社法433条2項2号所定の拒絶事由の有無
本判決は、Y社からXに対する資料の送付により、理由(ア)ないし(ウ)に関連して必要な資料の開示を受けたと認められる部分については、更に他の会計帳簿の閲覧謄写を求めることは、不必要に多数の会計帳簿の閲覧謄写を求めるものと認められ、Y社の業務の遂行を妨げるものとして会社法433条2項に該当するとして、閲覧謄写請求を認めず、必要な資料の開示を受けたと認めらない部分に限定して、Xによる閲覧謄写請求を認めた。
第4 実務上のポイント
1 請求理由について
本判決も判示しているように、会社法433条1項に基づく会計帳簿等の閲覧謄写請求をする株主等は、その理由を具体的に記載することが要求されるところ(最判平成16年7月1日民集58巻5号1214頁)、どのような記載を行えばこのような要請を満たすことになるのかについては、必ずしも明確ではない。本判決は、違法な経営が行われているとの疑いを調査するために会計帳簿等の閲覧謄写請求をする際には、具体的に特定の行為が違法又は不当である旨を記載することを要求しており、裁判実務上、同種事案においても、同様の記載を要求するものが多くなることが予想される。
そのため、違法な経営が行われているとの疑いを調査することを理由に、会計帳簿等の閲覧謄写請求を受けた会社側としては、どのような行為が問題とされているかが判然としない場合は、これを特定するよう求めるべきであり、請求者がこれに応じない場合には、請求に応じないことも考えられる。
一方、株主等が訴訟によって会計帳簿等の閲覧謄写請求を行う場合については、本判決のように、請求理由が善解され、具体性に欠けることはないと判断される可能性はあるものの、請求理由の特定に関して裁判所から釈明等があった場合に、適切に応じなければ、具体性に欠けるとして請求が棄却されるおそれがあることに留意すべきである。
2 判決前の資料の交付
本判決は請求理由との関係で、必要な資料の開示を受けている場合に、更に他の会計帳簿の閲覧謄写を求めることは、会社法433条2項に該当するものとして、閲覧謄写請求を拒むことができることを判示している。
そのため、訴訟において、会計帳簿等の閲覧謄写請求を受けた会社としては、敗訴判決が出されることを回避するために、裁判所の心証に応じて判決前に適宜資料を開示することも訴訟戦略の一つとして考えられる。
弁護士 太井 徹