内規において取締役会決議事項と定められている取引が、「重要な業務執行」(会362条4項)に該当することを認めた事例
(ゲオホールディングス役員不正支出控訴事件)
名古屋高判平成28年7月29日 ウエストロージャパン2016WLJPCA07296003(上告棄却、上告不受理)
原審:名古屋地判平成27年6月30日金判1474号32頁
第1 判決の概要
本件は、X社が、代表取締役会長であったYに対し、取締役会の決議が必要であるにもかかわらず、決議を得ることなく、子会社A社が所有する不動産に関する共同事業に係るコンサルティング契約(本件コンサルティング契約)を締結したとして、善管注意義務違反を理由に、同契約に基づき支払った報酬金相当額の損害賠償を求めたものである。
本件の争点は、X社の職務権限基準表上、取締役会決議を経ることが要求されている取引が、「重要な業務執行」(会362条4項)に該当するかどうかである。
本判決は、職務権限基準表上の取締役会決議事項は、「重要な業務執行」に該当するとして、本件コンサルティング契約の締結につき、取締役会決議を経なかったことは、会社法362条4項に違反し、善管注意義務違反に該当するとして、Yに対する損害賠償請求を認めた。
(参照条文) 会社法362条(取締役会の権限等) 4 取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。 |
第2 事案の概要
X社は、東証1部に上場している株式会社であり、本件コンサルティング契約を締結した当時、映像ソフト、音楽ソフト、ゲームソフト及び書籍の制作、販売並びにレンタル等を行っていた。Yは、本件コンサルティング契約が締結された当時のX社の代表取締役会長であった。
Yは、B社並びにその関連会社であるC社及びD社と、X社の子会社のA社が所有する不動産に関する共同事業に係る本件コンサルティング契約を締結したところ、同契約における成功報酬(税抜)は、B社については9000万円、C社については5000万円、D社については1000万円であった。もっとも、本件コンサルティング契約は、その実質は1億5000万円の支出を伴う1つの契約であった。
X社では、職務権限基準表において、1件1億円以上の有形・無形固定資産の取得、投資額1億円以上の新規アミューズメント店出店計画立案、総額1億円以上の直営店舗売却の選定・決定、月額50万円以上の顧問・コンサルティング契約、その他経営全般における企画立案等は、すべて取締役決議事項とされていた。また、それ以外の単なる支出を伴うものについては、稟議を要するものとして単発の購入につき1件100万円以上、継続の購入につき半期合計100万円以上という基準が設けられていた。
X社のYに対する請求内容については、上記「第1 判決の概要」記載の通り。
原審は、職務権限基準表上の1件1億円以上の契約案件については、取締役会決議事項に該当するところ、職務権限基準表上に定められている取締役会決議事項はX社にとって「重要な業務執行」(会362条4項)を類型化したものであることから、上記各契約の締結につき取締役会決議を経なかったことは、会社法362条4項に違反するとして、善管注意義務違反を理由とするX社の請求を認めた。
これに対し、Yは、①職務権限基準表上、取締役会決議が必要となるのは特定の類型のみであり、本件コンサルティング契約はこれに該当しないことや、②単発案件のコンサルティング契約の締結については、会社法362条4項の「重要」性が類型的に高いというような事情はないことから、取締役会の決議は不要であるとして、控訴。
第3 判旨
本判決も、職務権限基準表上に定められている取締役会決議事項はX社にとって「重要な業務執行」(会362条4項)を類型化したものであることから、上記各契約の締結につき取締役会決議を経なかったことは、会社法362条4項に違反するとの原判決の判断も維持して、Yの控訴を棄却した。
上記Yの①の主張については、上記「第2 事案の概要」記載の職務権限基準表の規定内容から、職務権限基準表上、金額の多寡を基準にして取締役会決議や稟議の要否を検討していることが認められるとして、職務権限基準表では、契約類型に関わらず、取引額が1件1億円以上の場合には、取締役会決議が必要と定められていると解するのが相当であると判示して、Yの主張を認めなかった。
また、上記Yの②の主張についても、コンサルティング契約は、その名目が抽象的であることから、不明瞭な支出名目に用いられることが懸念されることからすると、チェック体制を確立する必要性が高く、一定額以上のものについては取締役会に付議すべき必要性が高く、職務権限基準表において、「顧問・コンサルティング契約(月額50万円以上)」が取締役会決議を要するとされているのは、この趣旨からであると解されると判示した。その上で、かかる趣旨からすると、上記基準表から単発のコンサルティング契約が排除されていると解することはできないとして、Yの主張を認めなかった。
第4 実務上のポイント
会社法362条4項は、「取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。」と定めているが、どのような事項が「その他の重要な業務執行」に該当するのか、その判断は必ずしも容易ではない。
この点につき、本判決は、内規(職務権限基準表)において、取締役会決議事項と定められているか否かを基準に「重要な業務執行」に該当するか否かを判断しているかにも見える。しかしながら、それだけでなく内規における他の規定内容等も考慮した上で、「重要な業務執行」に該当するか否かも判断しているとも思われる。
本判決をいずれと解するにしても、内規において取締役会決議事項とされているか否かを重要視していることには変わりはなく、実務上も、この点が、「重要な業務執行」に該当するか否かについての重要な判断要素となる。しかしながら、それだけでなく内規における他の規定内容や、実際に会社において内規に従った運用がなされているか否か等、他の事情も考慮した上で、その該当性を判断すべきである。
また、本件では、取締役会決議事項について定めた内規の解釈についても問題となっている。
この点についての本判決の判断は事例判決である。しかしながら、本判決がこれを解釈する際に考慮した事情、例えば内規において取締役会決議や稟議が要求される金額や取締役会決議事項とされた趣旨といった事情については、同種の問題の解釈の際に重要な事情になると思われる。
弁護士 太井 徹