会社法339条2項にいう役員解任の「正当な理由」の根拠となる事情は、解任時点で客観的に存在していれば足りるとして、取締役の解任につき同項の「正当な理由」の存在を認め、解任された役員の損害賠償請求が棄却された事例
(ロッテホールディングス損害賠償請求事件)
東京地判平成30年3月29日 金判1547号42頁
第1 判決の概要
本件は、Xが、①Y社らの取締役であったところ、正当な理由がないのにY社らの取締役から解任(本件解任)され、これにより残任期分の取締役報酬相当額、追加報酬相当額、役員賞与相当額、退職金相当額及び弁護士費用相当額(本件役員報酬相当額等)の各損害を被った旨主張して、Y社らに対し、会社法339条2項に基づく損害賠償請求として、Y社らごとに対応する取締役報酬相当額等の支払を求めた事案である。
本件では、主として、本件解任の「正当な理由」の有無が争点となった。
本判決は、「正当な理由」の根拠となる事情は、解任時点で客観的に存在していれば足り、会社が認識していることまでは要しないとした上で、Y社らの主張する個々の理由は単独では「正当な理由」に当たらなくても、総合勘案すれば、本件解任における「正当な理由」が認められるとして、Xの請求を棄却した。
(参照条文)
会社法339条(解任)
1 役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。
2 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた存在の賠償を請求することができる。
第2 事案の概要
Y社らは、何れも菓子製造等の各種事業を行っているAホールディングス(AHD)を経営のトップとするAグループ内の事業子会社である株式会社である。
Xは、Aグループ創業者の長男であって、AHDの取締役副会長を務めるほか、Y社らの取締役を務めていた者である。また、XはB社において唯一の取締役かつ代表取締役の地位にあった。
B社では、小売店舗における商品陳列棚の写真を撮影し、その画像をマーケティングに有用な情報にデータ化した上で販売するという事業(本件事業)を実施していた。
Xは、同年12月26日、AHDの取締役会においてX以外の出席取締役全員の賛成により取締役副会長から解職され、同日ないしその数日後に、株主総会決議によりY社らの取締役から解任された(本件解任)。
Xは、Y社らに対し、本件解任により本件役員報酬相当額等の損害を被ったと主張して、会社法339条2項に基づく損害賠償を求めて本件訴訟を提起した。
これに対してY社らは、Xが、①本件事業にあたって小売店舗の商品陳列棚を隠し撮りした画像データを販売することを企画し、実行させたこと、②本件事業に関してAHDの取締役会において虚偽の説明をさせたこと、③本件事業の追加投資の稟議に関して虚偽の説明をさせたこと、④本件事業に関する虚偽の説明をして自らが代表取締役を務めるY1社で画像データを購入するよう同社取締役らに圧力をかけるなどしたこと、⑤Aグループ役職員の電子メールの情報を不正に取得したことを、法339条2項の「正当な理由」として主張して、Xの請求を争った。
第3 判旨
請求棄却。
1 会社法339条の意義
「会社法339条は、1項において株主総会決議による役員解任の自由を保障しつつ、2項において当該役員の任期に対する期待を保護するため、解任に正当な理由がある場合を除き、会社に特別の賠償責任(法定責任)を負わせることにより、会社及び株主の利益と当該役員の利益の調和を図ったものと解されることに加え、同条において、役員を解任するに当たり、会社の故意過失や当該役員への解任事由の告知は要件とされていない上、『正当な理由』を会社が認識していた事情に限定する旨の規定も存在しないことからすれば、正当な理由の根拠となる事情は、本件解任時点で客観的に存在していれば足り、Y社らが認識していることまで要しないというべきである。」
2 本件解任における「正当な理由」の有無
本件事業は、マーケティングに新たな道を開く可能性があるといえるが、店舗内で隠し撮りをする点で違法と判断される危険性があり、かつ小売業者との信頼関係を破壊しAグループ全体の経営に悪影響を及ぼしかねないものである。Xの新たなマーケティング手法を切り開こうとする姿勢自体は評価できるものの、本件事業の問題点を過小評価し、虚偽説明により取締役会決議や稟議を得、Y1社に圧力をかけるなどして強引に本件事業を遂行している。こうした点に鑑みると、Xには業務遂行にあたって要求される手続を軽視する姿勢が顕著に見られる。また、役員職の電子メール情報を不正に取得しており、コンプライアンス意識も欠如しているといわざるを得ない。
以上によれば、Y社らの主張する①ないし⑤の各事実は、「単独で本件解任の正当な理由になるとまではいえないものの、これらを総合勘案すれば、本件事業について本件取締役会決議などがされていることなどを踏まえても、Xは、Y社らの取締役として著しく不適任であるとされてもやむを得ないといえ、本件解任には正当な理由があるというべきである。」
第4 実務上のポイント
1 会社法339条2項の責任の法的性質
通説・裁判例は、会社法339条2項の責任は、株主総会による役員等解任の自由の保障と取締役の任期に対する期待の保護との調和を図る趣旨で定められた法定責任であると解している(大阪高判昭和56年1月30日判時1013号121頁等)。
本判決も、同項の責任が法定責任であることを前提として「正当な理由」を判断しており、この点について目新しさはない。
2 「正当な理由」
「正当な理由」は、「職務の執行に関し不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があった」という、解任の訴えの要件(会854条1項柱書)が充足される場合のみならず、業務執行の障害となるべき客観的状況がある場合に認められると解されており、具体的には、法令・定款違反行為、心身の故障や、職務への著しい不適任、経営上の判断の失敗などが「正当な理由」に該当し得ると解されている*[1]。
本件は、上記具体的理由の内、主として職務への著しい不適任が争いとなった事案であるが、本判決は、被告らが「正当な理由」に該当するとして主張した原告の各行為の事実を認定した上で、個々の事実単独では「正当な理由」があるとはいえないものの、総合考慮すれば原告が取締役として著しく不適任であるとされてもやむを得ず、「正当な理由」があるものといえると判断しており、各事実を総合的に考慮し、「正当な理由」の存否を判断している点において意義を有する。
本判決と同様に、被告が主張した取締役の各行為を総合的に考慮して「正当な理由」の有無を判断した近時の裁判例として、東京地判平成29年1月26日金判1514号43頁【裁判例38】(「正当な理由」の存在を否定)がある。
これらの裁判例を踏まえると、会社が、取締役を解任する際に「正当な理由」の有無を検討するにあたっては、当該取締役の各行為を個別的に判断するのみならず、考えられ得る当該取締役の業務執行の障害となるべき客観的な事情を調査・整理した上で、総合的に判断することが求められよう。
3 「正当な理由」の認識の要否
本件において、「正当な理由」は、解任決議時に会社が認識している必要があるか否かが一つの争点となっていたが、本判決は、①会社法339条の趣旨に加え、②解任の要件として、会社の故意・過失や当該役員への解任事由の告知が要求されていないこと、③「正当な理由」を会社が認識していた事情に限定する旨の規定が存在しないことを挙げ、「正当な理由」は解任決議時に客観的に存在していれば足りると判断している。
本判決に従えば、解任決議時に解任理由を明示していたとしても、事後的にこれとは異なる事情を解任の「正当な理由」として追加的に主張することも可能と解される。
そのため、解任取締役からの損害賠償請求に備える会社としては、解任決議前に「正当な理由」についての検討を加えることは勿論のことであるが、解任決議後においても、「正当な理由」となり得る事実関係の調査・整理、証拠の保全を積極的に行うことが有用であろう。