任期途中の取締役は任期短縮の定款変更により当然に退任するとした上で、当該定款変更後に再任されなかった取締役について、会社法339条2項の類推適用を認め、退任した日の翌日から2年間に限って取締役報酬相当額の損害賠償が認められた事例
東京地判平成27年6月29日 判時2274号113頁
第1 判決の概要
本件は、取締役の任期を10年から1年に変更する旨の定款変更(本件定款変更)によって、変更前の任期途中(残任期は5年5ヶ月以上)で退任したものとして扱われたY社取締役Xらが、Y社に対し、主位的に本件定款変更によってもXらは当然には取締役を退任しない旨主張し、取締役としての地位の確認等を求め、予備的には会社法339条2項の類推適用を主張し、本件定款変更前の任期満了までの得べかりし取締役報酬相当額の損害賠償等を請求した事案である。
本件では、①本件定款変更によってXらは当然にY社の取締役から退任するか否か、②Xらを取締役から退任させ、再任しなかったことに基づく損害賠償請求の可否、及び③Xらの損害額等が争点となった。
本判決は、①定款変更後の任期によれば、既に任期満了している者は、定款変更の効力発生時において取締役から当然に退任するとして、Xらの主位的請求を棄却したが、②Xらの損害賠償請求については、会社法339条2項の類推適用を認め、Y社の主張する正当な理由を否定してこれを認容した。また、③Xらの損害額の算定期間については、本件定款変更前の終期までXらが役員報酬を受領し続けることができたと推認することは困難であるとして、Xらの退任した日の翌日から2年間に限定した。
(参照条文)
会社法339条(解任)
1 役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。
2 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。
第2 事案の概要
Y社は、Aが設立した非公開会社であり、その代表取締役には、設立時からAが死亡するまでの間はAが、以後はAの従兄弟であるBが就任している。Aが死亡する前のY社発行済株式総数は1600株であり、内1493株をAが、内107株をBが保有していた。
Y社の定款では、取締役の任期について、当初、選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までと定められていた。
公認会計士及び税理士であるX1は、Aの甥にあたり、Y社設立時からY社の経理業務を受託し、あるいはY社の監査役としてY社の経理に関わってきた者であり、またX2は、X1の子で従業員としてY社に入社していた。
Aが亡くなる数ヶ月前に、Y社は、Y社臨時株主総会において、XらをY社取締役に選任する旨の決議がされたものとして、その旨の登記をした。
Aの死後、Aの保有する株式は全てAの妻であるCが相続したが、更にCが、相続したY社株式を、Bに対して493株、Xらに対して200株ずつ譲渡したことで、Y社の株主構成は、B及びCが600株ずつ、Xらが200株ずつとなった。
その後、BとXらとは、Y社の経営等を巡って意見が対立するようになり、Bは、X2に対し取締役を辞任するよう求めたものの、X2はこれを拒否した。
Y社は、臨時株主総会を開催して、Xらの任期途中(残任期は5年5ヶ月以上)に、Y社臨時株主総会においてY社取締役の任期を選任後1年以内へと変更する旨の定款変更(本件定款変更)を行い、その際Xらが取締役を退任したものとして扱い、退任の登記も行った。
同臨時株主総会において、Xらは、Y社の取締役として再任されず、Xらに代わって親族外の取締役が別途選任された。
そこで、Xらが、Y社に対し、主位的に本件定款変更によってもXらはY社を当然に退任しない旨主張し、取締役としての地位の確認等を求め、予備的に会社法339条2項の類推適用を主張し、本件定款変更前の任期満了日までの得べかりし取締役報酬相当額の損害賠償金等の支払いを求めて本件訴えを提起した。
Xらの予備的主張に対し、Y社は、Xらに共通の正当理由として、Y社取締役全員が親族関係にあったことでY社取締役会が形骸化しており、その活性化を図る必要があったこと、Xらが個人的な感情に基づく理由のない人事提案を行ったことで、経営についての協議ができない状況になったこと等を主張し、X2に特有の正当理由として、自動車で通勤していたにも関わらず電車通勤である旨申告し、通勤手当を受け取っていたこと等を主張して、これを争った。
第3 判決の要旨
請求一部認容。
1 本件定款変更の効力
「取締役の任期途中において、その任期を短縮する旨の定款変更がなされた場合、その変更後の定款は在任中の取締役に対して当然に適用されると解することが相当であり、その変更後の任期によれば、すでに取締役の任期が満了している者については、上記定款変更の効力発生時において取締役から当然に退任すると解することが相当である。」
なぜなら、「上記の定款変更は、取締役の解任と同様の効果を発生させるものであるところ、取締役はいつでも株主総会の決議によって解任することができるとされており(会社法339条1項)、他方、定款変更によって当然に退任させられた取締役の保護は、解任の場合と同様に、損害賠償によって図れば足りるというべきだからである。」
Xらは、本件定款変更日において、当然にY社の取締役を退任し、その後再任されていない以上、Xらは、Y社の取締役の地位にあるとはいえない。
2 損害賠償請求の可否
「会社法339条2項・・・の趣旨は、取締役の任期途中に任期を短縮する旨の定款変更がなされて本来の任期前に取締役から退任させられ、その後、取締役として再任されることがなかった者についても同様に当てはまるというべきであるから、そのような取締役は、会社が取締役を再任しなかったことについて正当な理由がある場合を除き、会社に対し、会社法339条2項の類推適用により、再任されなかったことによって生じた損害の賠償を請求することができると解すべきである」とした上で、Y社の主張するXらに共通の正当理由については、そもそも正当な理由にあたらないか、これを認めるに足りる証拠はなく、またX2に特有の正当理由についても、取締役としての適格性を欠くというほどに悪質な行為であったと認めるに足りないなどとして、Y社の損害賠償責任を認めた。
3 Xらの被った損害額
本件定款変更前のXらの残任期間5年5ヶ月以上もの長期間にわたって、Y社の経営状況やXらの職務内容に全く変更がないとは考えがたく、Xらが、残任期間中に従前の月額報酬を受領し続けることができたと推認することは困難であって、損害額の算定期間は、退任した日の翌日から2年間に限定することが相当である。
第4 実務上のポイント
1 任期短縮の定款変更の効力
定款変更の効力は、その効力の発生日について特段の定めがない限り、原則として定款変更に係る株主総会決議の成立時に生ずるものと解されている[1]。
そして取締役の任期途中において、その任期を短縮する旨の定 款変更がなされた場合は、その変更後の定款は在任中の取締役に対して当然に適用され、その変更後の任期によれば、すでに取締役の任期が満了している者については、定款変更の効力発生時において取締役から当然に退任すると解するのが通説である[2]。
本判決も、通説に従って、取締役の任期短縮の定款変更は、在 任中の取締役にも当然に適用され、その変更後の任期によれば、すでに任期満了している取締役は、定款変更の効力発生時に当然に退任すると解しており、この点においては特段目新しい判断を示すものではない。
2 定款変更と会社法339条2項の類推適用の可否
取締役は、原則として株主総会普通決議によりいつでも解任することができるが、解任に正当な理由がない場合には、会社は当該取締役に対して損害賠償責任を負う(会339条2項)。
任期短縮の定款変更は、解任とは異なるものの、上述したように定款変更後の任期によれば、すでに任期満了している取締役は当然に退任することとなるため、本判決も説示するように、解任と同様の効果を生じさせることとなるため、かかる場合にも会社法339条2項を類推適用できないかが問題となる。
本判決は、任期短縮の定款変更の効力によって当然に取締役が退任することとなる理由付けとして、定款変更によって当然に退任させられた取締役の保護は、解任の場合と同様に、損害賠償によって図れば足りることを挙げた上で、任期短縮により退任することとなる取締役が新たに取締役として選任されない場合には、会社法339条2項の趣旨が当てはまると指摘し、その類推適用を認めている。
これに対して、取締役の任期途中に任期を短縮する旨の定款変更がなされて本来の任期前に取締役から退任させられ、その後取締役として再任されることがなかった者について、会社法339条2項の趣旨が同様にあてはまるか否かは議論の余地があるとしつつ、定款変更による任期短縮の目的に取締役を退任させることが含まれていたことを認定し、会社法339条2項の類推適用の余地を認めた裁判例として名古屋地判令和元年10月31日金判1588号36頁がある(ただし、結論としては役員の損害賠償請求を否定)。
このように、会社法339条2項の類推適用の可否や如何なる場合に類推適用ができるのか、更には類推適用する場合の「正当な理由」の判断基準については、実務上定まっていないものの、本判決は同種事案において一定の指針を与えるものとして参考となる。
3 損害の範囲
会社法339条2項により賠償されるべき損害とは、「解任されなければ、残存任期期間中と任期満了時に得られたであろう利益の喪失による損害」と解されている(大阪高判昭和56年1月30日判タ444号140頁)。
これに対して、会社法339条2項の趣旨を、「取締役に対する株主の監督機能を確保しつつ、取締役の地位の安定を図る上で、社会通念上合理的であると認められる経済的な補償」であると捉え、ここにいう社会通念上合理的な補償は、定款に任期についての定めのない会社における取締役の任期(2年)を超えることはないと解すべきとの見解も示されている[3]。
本判決は、任期短縮により退任させられた取締役が再任されなかったことにより生じた損害として、残存任期およそ5年5ヶ月分の役員報酬相当額ではなく、退任した日の翌日から2年分の報酬相当額に限って認容しており、その理由として、残存任期中にY社の経営状況やXらの職務内容に全く変更がないとは考えがたく、従前の月額報酬を受領し続けることができたと推認することは困難であることを挙げている。
本判決が、そもそも解任された場合と同様に会社法339条2項の「損害」を捉えているのか、同様に捉えているとして「損害」を如何に解しているかは定かではないが、本判決を踏まえると、同種事案において残存任期分の役員報酬相当額を請求する場合には、残存任期にわたって従前の月額報酬を受領し続けることができるといえる事情を具体的に主張立証することが必要であって、場合によっては予備的に残存任期中に最低限得られたであろう役員報酬月額の主張・立証をすることも一考であろう。
なお、本判決の損害に係る判示に対しては、一旦具体的に発生した役員報酬の減額は、当該取締役の同意がない限り認められないとする最判平成4年12月18日民集46巻9号3006頁との整合性について疑問が呈されている[4]。