会社法339条2項の「正当な理由」の存在を否定して、会社法上の残任期分の役員報酬相当額に加え退職一時金相当額の同項に基づく損害賠償請求が認容された事例
東京地判平成29年1月26日 金判1514号43頁
第1 判決の概要
本件は、Y2社の取締役であったXが、「正当な理由」がないのに同取締役を解任(本件解任)され、これにより残任期分役員報酬相当額、追加報酬相当額、役員賞与相当額、退職一時金相当額及び弁護士費用相当額の損害を被った旨主張し、Y2社に対し、会社法339条2項に基づく損害賠償請求をするとともに、Y2社の完全親会社であるY1法人に対し、X・Y1法人間では正当な理由なくXのY2社取締役の地位を剥奪させない旨の合意が成立しており、また仮に同合意が成立していないとしても信義則上Y1法人は正当な理由なくXのY2社取締役の地位を剥奪してはならなかったにもかかわらず、正当な理由なくY2社をしてこれを剥奪させ、Xに上記各損害を被らせた旨主張し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求をして、各金員の支払いを求める事案である。
本件の主たる争点は、①本件解任の「正当な理由」の有無、及び②本件解任による損害の有無及び額である。
本判決は、①「正当な理由」の存在を否定した上で、②Xの主張した損害の内、残任期分の役員報酬相当額及び退職一時金のみを損害として認め、XのY2に対する請求を一部認容した。
(参照条文)
会社法339条(解任)
1 役員及び会計監査人は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができる。
2 前項の規定により解任された者は、その解任について正当な理由がある場合を除き、株式会社に対し、解任によって生じた損害の賠償を請求することができる。
第2 事案の概要
Y1法人は、世界4大会計事務所の1つが運営するAグループに属する監査法人であり、Y2社の完全親会社である。
Y2社は、経営等に関する指導業務等を目的とする株式会社であり、取締役会及び監査役を設置する非公開会社で、定款上取締役の任期は短縮も伸長もされていない。
Xは、株式会社B社の代表取締役で、同社の発行済株式の約79%を保有する株主であったが、Y1法人の了承を得た上で、Y2社との間で、他のB社株主全員と共にB社の株式全部をY2社に譲渡する旨の契約を締結し、その際、以下の内容を含む委任契約(本件委任契約)を締結した。
1条 Y2社はXに対し、Y2社代表取締役への就任を委託し、X はこれを承諾した。 2条 XのY2代表取締役への最初の就任期間は、平成24年1月1日又は別途書面により合意した日から2年間とする。なお、本件委任契約は、2年経過後に、両者間で更新を協議する。 4条2項 ・・・XがY2社の業績向上に格別の寄与をしたと認められる場合、両者で協議の上、追加的報酬の支給を決定する。 7条1項 本件委任契約の解除によらずにXがY2社の取締役を退 任する場合、Y2社はXに対し、以下の各号の定めに従って退 職一時金を支払う。 1号 本件委任契約締結日より5年を経過した日以降に退任する場 合は、1億5000万円。 2号 本件委任契約締結日より5年未満でY2社の都合により退任 する場合は、1億5000万円。 3号 本件委任契約締結日より5年未満でXの都合により退任する 場合は、3000万円に在任年数...を乗じて算出された金額。 7条2項 上記退職一時金の支払義務は、Y2社の株主総会におけ る承認又はこれに代わるY2社の株主全員の書面による同意の 意思表示がされることを停止条件として発生する。 10条1項 X又はY2社社は、以下の各号のいずれかの事由が生じた場合、本件委任契約を解除することができる。 1号 Xの責めに帰すべき事由により、XがY2社代表取締役の地 位を喪失した場合。 4号 相手方が本件委任契約のいずれかの条項に違反した場合。 10条2項 10条1項の定めにかかわらず、Y2社はいつでも本件委任契約を解除することができる。ただし、本項に基づいて本件委任契約を解除する場合には、Y2社は7条1項の定める退職一時金の支払いを免れない。 |
その後、Xは、平成24年1月1日、Y2社の取締役及び代表取締役に就任したが、同人がY2社代表取締役の在職中に以下の事実があった。
まず、Y1法人では、アドバイザリーの品質管理に係る規程類(本件規程類)が存在し、当該規定類には、Y2社は、アドバイザリー業務を開始する前に当該業務のリスクに応じたY1法人の承認(本件承認)を得なければならない旨定められていたが、Y2社において、当該承認を得ることなくアドバイザリー業務の提供を開始したことがあり、それを知ったXは、本件承認業務の担当者らに対して、本件規定類を軽視する内容のメールを送信していた。
また、Y1法人は、規程整備のために、関係会社の規程整備状況の実態調査を行っており、Xに対しても、Y2社の規定リスト等の提出を求めていたが、Xは、これらの資料を提出しなかった。
以上の事実を経て、Xは、Y2社の株主総会決議で、Y2社の取締役から解任(本件解任)された。
そこで、Xは、Y2社に対して、会社法339条2項に基づき、残任期分の取締役報酬、追加的報酬(本件委任契約4条2項)、役員賞与、退職一時金(本件委任契約7条)、弁護士費用のそれぞれに相当する額の合計額について損害賠償請求した。
また、Xは、Y1法人に対して、X・Y1法人間では正当な理由なくXのY2社取締役の地位を剥奪させない旨の合意が成立し、仮に同合意が成立していないとしても信義則上Y1法人は正当な理由なくXのY2社取締役の地位を剥奪してはならなかったにもかかわらず、正当な理由なくY2社をしてそれを剥奪させ、Xに上記各損害を被らせた旨主張し、不法行為または債務不履行に基づく損害賠償請求をして、上記各金員の支払いを求めた。
以上のXの各請求に対し、Yらは、本件解任の「正当な理由」として、①Y1法人の定めた本件承認手続の不遵守等や、②Y1法人の規定整備への非協力を含め計10点の事実を主張した。
また、Yらは、Xの損害につき、本件委任契約において、会社の解除権及び解除の処理に伴う処理が具体的に規定されているため、かかる規定に従う限り会社法339条2項において保護すべき取締役の損失(委任契約に基づく期待権の消失)は生じず、賠償すべき損害を観念することもできない旨主張して争った。
第3 判旨
請求一部認容。
1 「正当な理由」について
(1)「正当な理由」の意義
会社法339条は、会社・株主の利益と役員の利益の調和を図ったものと解され、同条2項の「正当な理由」の内容も、かかる観点から決せられるべきものであり、具体的には、会社において、当該役員に役員としての職務執行を委ねることができないと判断することもやむを得ない客観的な事情があることをいうものと解するのが相当である。
(2)本件解任における「正当な理由」の有無
Y1法人が定めた本件承認手続違反に対するXの言動や、規定整備への非協力的なXの態度は、Y2社代表取締役の行為として問題のあるものであったことは否定できないが、これをもって「正当な理由」があるとまではいえない。
Yらの主張する各事実は、いずれも独立して「正当な理由」があるということはできず、またこれらの事実を総合しても、Xが代表取締役として著しく不適任であると断ずることはできず、「正当な理由」があるとまでいうこともできない。
2 損害について
(1)「損害」の意義
「会社法339条は、1項において株主総会決議による役員解任の自由を保障しつつ、当該役員の任期に対する期待を保護するため、2項において、当該解任に正当な理由がある場合を除き、当該解任がなければ当該役員が残存任期中及び任期終了時に得ていたであろう利益の損失による損害について、会社に特別の賠償責任(法定責任)を負わせることにより、会社・株主の利益と当該役員の利益の調和を図ったものと解される」。
ここでいう任期は、特別の法定責任という性質からしても、会社法上の任期をいうものと解するのが相当である。
取締役任用契約において、会社の無条件の解除権や解除された場合の処理が具体的に規定されたとしても、そのことをもって、当該取締役の任期に対する期待権が生じないと解することはできず、法339条2項の「損害」を観念できないともいえない。
(2)本件解任による損害の範囲(退職一時金相当額)
「・・・Y2社において、本件委任契約の締結により、同契約の解除(10条1項)によらずにXがY2社の取締役を退任する場合には、株主総会における承認等を条件として、Y2社は、Xに対し、退職一時金を支払うこと、その額は、同契約締結日より5年未満でXの都合により退任する場合(7条1項3号)でない限り1億5000万円とすることが、唯一の株主であるY1社の了承も得て、本件解任当時、同契約10条1項の事由や同契約7条1項3号の事由が生じており又は生じる具体的見込みがあったことを認めるに足りる証拠はない。したがって、Xは、本件解任がなければ、任期満了時(再任された場合にはその任期終了時)に1億5000万円の退職一時金を得ていたであろうと認めるのが相当・・・」である。
最終的に、本判決は、Xの主張した損害のうち、会社法上の残任期分の役員報酬相当額に加え、退職一時金相当額のみを損害として認め、Xの請求を一部認容した。
第4 実務上のポイント
1 「正当な理由」
会社法339条2項にいう「正当な理由」とは、業務執行の障害となるべき客観的状況がある場合と解されており、本判決も同様に解釈しており、この点について特段目新しさはない。
もっとも、本判決は、結論としては「正当な理由」の存在を否定しているものの、被告らの主張した事実が独立して「正当な理由」とはならないと判示するに留まらず、個々の事実を総合的に勘案して「正当な理由」の存在を否定しており、個々の事実のみでは「正当な理由」にはならない場合でも、総合的に判断すれば「正当な理由」となるときがあり得ることを示唆している点において意義を有する。
本判決と同様に、被告が主張した取締役の各行為を総合的に考慮して「正当な理由」の有無を判断した近時の裁判例として、東京地判平成30年3月29日金判1547号42頁(ロッテホールディングス損害賠償請求事件)【裁判例37】(「正当な理由」の存在を肯定)がある。
これらの裁判例を踏まえると、会社が、取締役を解任する際に、解任の「正当な理由」の有無を検討するにあたっては、当該取締役の各行為を個別的に判断するのみならず、考えられ得る当該取締役の業務執行の障害となるべき客観的な事情を調査・整理した上で、総合的に判断することが求められよう。
2 損害の範囲
会社法339条2項における「損害」とは、取締役が解任されなければ残存任期期間中と任期満了時に得べかりし利益の喪失による損害をいうと解されており(大阪高判昭和56年1月30日判時1013号121頁)、支払いを受ける可能性が高い退職慰労金や役員賞与などもこれに含まれる*[1]。
退任取締役が、会社に対し、解任によって被った損害賠償として役員退職慰労金相当額を請求した裁判例は少なくないが、退職慰労金の支給には株主総会決議を経る必要があること等から、当該退任取締役が、任期満了時に退職慰労金の支払いを受けられた可能性が高いとはいえない等として、これを否定する裁判例が多い。
これに対して本判決は、①退職一時金が規定された委任契約の内容を唯一の株主が事前承諾していたこと、②当該委任契約の内容として退職一時金の額が具体的に定まっており、退職一時金が不支給となる事情が存在しなかったこと等を根拠として挙げ、委任契約で定められた退職一時金相当額を損害として認めており、退職慰労金相当額を会社法339条2項の「損害」として認めた数少ない裁判例の一つとして実務上重要な意義を有する。
本判決が如何なる事情を重視して退職慰労金相当額を損害として認定したかは必ずしも定かではないが、株主総会決議が存在しない場合であっても、役員報酬等についての株主全員の同意があるときは、取締役の報酬等請求権が認められると解されている(最判平成15年2月21日金判1180号29頁参照)ことからすると、①唯一の株主が退職一時金の規定された委任契約の内容を事前に了知し、承諾していた事情は、退職慰労金を「損害」に含めるために重要な要素といえよう。
また、判旨では引用していないものの、本件では、委任契約の内容として追加報酬の規定(本件委任契約4条2項)が定められ、これを唯一の株主が事前に了知し、承諾していたにもかかわらず、本判決は、退職一時金相当額とは異なり、追加報酬相当額については、具体的な額の算定基準が規定されていないこと等を理由として「損害」に含まれないと判断していることすると、②何らの手続を要さずに退任時に支給される予定であった退職慰労金の額が具体的に定められることもまた、重要な要素として考えていそうである。
したがって、本判決を踏まえると、解任された取締役が、会社に対し、会社法339条2項に基づく損害賠償請求する場合において、退職慰労金相当額を「損害」に含めて請求しようとするためには、上記①、②の各事情をいずれも主張・立証し、任期満了時に退職慰労金の支払いを受けられた可能性が高いことを主張していく必要があろう。