中国共産党大会が閉幕しました。
習近平総書記が完全に権力を掌握し、異例の3期目は確実、さらには4期目も続投かと報道されています。
減速しているとはいえ、権威主義体制である中国の経済的発展はまだまだ続くでしょう。
個人の独裁が強まった上で対外強硬路線がこのまま続けば、どこかで民主主義体制の国家と軍事的に衝突するのではないか、不安が増すばかりです。
翻って我が国を見ると、現下の最大の政治的問題が統一教会と政治の関わりということになります。
多くの課題が山積する我が国において、他の重要問題に割く政治的エネルギーが失われないか心配です。
選挙で通らなければ何も始まらない民主主義においては、政治と宗教の接近は多く見られることです。
また、報道の自由が保障されているが故に、国民(=マスコミ?)が一つのイシューに熱中することもしばしば見受けられます。
いずれも民主主義が有する内在的問題と言えるのではないでしょうか。
このような問題を抱える民主主義であっても、少なくとも現時点において我々は捨て去ることはできません。
ウィンストン・チャーチルがいみじくも残した「民主主義は最悪の政治形態といわれてきた。他に試みられたあらゆる形態を除けば」という言葉が、まさに正鵠を射るものだからです。
権威主義vs民主主義と比べるとはるかに平和な話ですが、コーポレート・ガバナンスの世界でも制度間競争があります。
上場会社の機関設計としては、監査役会設置会社、指名委員会等設置会社、そして監査等委員会設置会社の3種があります。
3種の機関設計の差異について、以下簡単に図示しながら説明します。
監査役会設置会社は伝統的な日本型の会社です。
取締役協会の調べによると2022年8月1日現在、東証プライム市場上場会社のうち57.6%を占める多数派ですが、監査等委員会設置会社への移行により減少傾向にあります。
https://www.jacd.jp/news/opinion/cgreport.pdf
取締役会は、個別の業務執行について意思決定をするいわゆる「マネジメント・ボード」です。かなり細かなことまで、取締役会の決議事項とされている会社も多く見られます。
そして、実際の業務の執行については、代表取締役・業務執行取締役・使用人兼務取締役・執行役員が担うことになります。
その取締役の職務執行を監査するのは監査役の役割です。
3名以上の監査役で監査役会を構成しますが、そのうち半数以上は社外監査役である必要があります。
また、1名は常勤監査役が必要となります。
監査役は"独任制"といって各自で権限を行使することができますので、監査役会は取締役会と異なり、連絡調整の場といったイメージになります。
指名委員会等設置会社は米国型のモニタリング・モデルを志向した機関設計です。
上の図を見比べて頂ければ、監査役会設置会社と全く異なるものであることがお分かりいただけると思います。
取締役会は、経営の根幹に関わる事項、例えば社長の選解任、戦略の策定、内部統制システムの整備方針等限定された事項についてのみ意思決定するモニタリング・ボードです。
業務の執行は、代表執行役・執行役が担います。
「執行役」は、監査役会設置会社や監査等委員会で会社が任意で設けている「執行役員」ではなく、会社法上規定された機関です。
取締役と執行役は兼任することができます。
執行役、取締役の職務執行の監査は監査委員会が行います。
監査委員会は取締役で構成されますが、メンバーの過半数が社外取締役である必要があります。
監査役と異なり"独任制"ではないため、監査委員会の多数決で決定しますし、"常勤監査委員"は必要ありません。
監査役会設置会社では、取締役選任・解任議案は取締役会が決定して、株主総会で決議します。
これに対し、指名委員会等設置会社では、取締役の選任・解任議案は指名委員会が決定し、株主総会で決議することになります。
指名委員会も取締役で構成され、過半数が社外取締役である必要があります。
また、監査役会設置会社では、取締役報酬議案は取締役会が決定し、通常株主総会で上限額について決議し、個々の取締役の報酬額の決定は取締役会に委任します。
一方、指名委員会等設置会社では、取締役・執行役の個々の報酬は報酬委員会が決定します。
報酬委員会も取締役で構成され、過半数が社外取締役でなければならない点も同様です。
指名委員会設置会社の3委員会は法定の機関ですが、コーポレートガバナンス・コード(補充原則4-10①)の要請により、監査役会設置会社、監査等委員間設置会社においても任意の指名・報酬委員会が設けられる例が大幅に増えました。
3委員会の委員は兼任することができますので、最低社外取締役が2名いれば、指名委員会等設置会社になることができます。
しかし、指名委員会等設置会社は、日本取締役協会の調べによると2022年8月1日現在すべての市場を合わせても89社しかないとのことですので、相当少数派です。
https://www.jacd.jp/news/opinion/jacd_iinkai.pdf
コーポレート・ガバナンスの世界では先進的なモデルとされていますが、人事と報酬を社外取締役が過半数を占める指名委員会、報酬委員会に委ねるため人気がないと言われています。
監査等委員会設置会社は、平成26年会社法改正で導入されて以後年々増加しており、取締役協会の調べによると2022年8月1日現在、東証プライム市場上場会社のうち38.5%を占めるに至っています。
監査等委員会設置会社は、図を見ていただいてお分かりのとおり監査等委員会が監査役会の代わりに設置されていますが、それ以外は監査役会設置会社と特に変わりはありません。監査等委員会を構成する監査等委員は取締役ですが、その他の「監査等委員でない」取締役とは別に選任されます。
監査等委員会設置会社が当初増加した理由は、コーポレート・ガバナンス改革で要求される社外取締役の人材難にあったと言われています。
先に述べたとおり、監査役の半数以上は社外の人材である必要があるのに加え社外取締役人材を別に探すより、監査等委員会設置会社に移行して社外監査役に社外取締役に"横滑り"してもらう方が、多くの社外人材を探さずに社外取締役を増やすことができるからです。
監査等委員会設置会社の取締役会は、監査役会設置会社と同様に個別の業務執行について意思決定するのが基本です。
ただし、社外取締役を過半数にするか定款で定めることによって執行部門に対し権限委任することも可能です(マネジメント・ボードからモニタリング・ボードへ)。
そのため、監査役会設置会社(マネジメント・モデル)と指名委員会設置会社(モニタリング・モデル)の折衷型としてハイブリッド・モデルと呼ばれることがあります。
取締役の職務執行の監査は監査等委員会の役割ですが、概ね指名委員会等設置会社の監査委員会と同様です。
それでは「監査委員会」と異なり、「監査等委員会」と「等」という文字が入るのはなぜでしょうか。
それは、監査等委員会は監査だけでなく一定の監督も担うからです。
監査等委員会は取締役の人事・報酬について株主総会で意見を述べることができるのです。
監査等委員会の過半数は社外取締役である必要があります。そのため、監査等委員会設置会社では、社外取締役が2名以上必要になります。
近時改訂された経産省「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」では、監査等委員会設置会社に移行する際に検討すべき事項について整理しています。モニタリング・モデルを志向するコーポレート・ガバナンス改革を推進する政府としては、指名委員会設置会社は経営陣にとって抵抗が強いので、監査等委員会設置会社"推し"ということでしょう。
現状、プライム市場では社外取締役を3分の1以上選任することが求められています(コーポレートガバナンス・コード原則4―8)。
取締役会で細かなことを色々決議しなければならないのでは、社外取締役にとって負担が大きく、的確に判断することが難しくなってしまいます。
その意味で、監査等委員会設置会社に移行し、取締役会決議事項を重要な事項に絞るというのは合理的でしょう。
あとは代表取締役に委ね、迅速・果断に決断・実行してもらう方が会社の競争力も高まるように思います。
加えて、監査等委員は取締役会で議決権を有するため、不当な決議を阻止できる可能性が高まるというメリットもあります。
監査役会設置会社と監査等委員会設置会社の制度間競争は、しばらくは監査等委員会設置会社優位が続くでしょう。
しかし、監査等委員会設置会社には「自己監査」という内在的問題が潜んでいます。
監査等委員は取締役であるため、業務執行自体はしないとはいえ、取締役会で業務執行の決定には関わります。
そのため、自己監査の側面を拭い去ることができません。
監査等委員に就任された方々は、そのことを胸の内に職務に臨んでいただく必要があります。
加藤真朗
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