加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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コーポレート・ガナバンス入門22 -メンバーシップ型雇用とモニタリング・ボード-

昨今、○○社がジョブ型雇用を導入する、とのニュースを聞く機会が増えました。

ジョブ型とは、職務記述書(ジョブディスクリプション)により明確に定まった職務、勤務地、勤務時間等の範囲内のみで働く雇用形態です。

一方、新卒一括採用、年功序列、終身雇用で、職務や勤務地が会社により変更されることが前提とされている日本の一般的な雇用形態がメンバーシップ型と呼ばれています。

メンバーシップ型は、日本独自のもので世界のスタンダートはジョブ型であるとのことですから、まさにガラパゴス化の極地です。

企業にとっては、優秀な専門職人材の採用や能力と賃金の均衡がとれない中高年に悩まされているようで、ジョブ型の雇用形態が魅力的に映ることもあるのでしょう。

また、ジョブ型では真の意味での同一労働同一賃金に近づくのでしょうから、メンバーシップ型によって生じている正規・非正規間の賃金格差や男女間の賃金格差の是正にも役立つかもしれません。

もっとも、日本社会が今までのメンバーシップ型を本当に捨てることができるのか疑問です。

ジョブ型に移行すれば、従来のメンバーシップ型を前提とした厳格な解雇規制と整合しないでしょう。

相当揺らいでいるとはいえ終身雇用という安定を完全に失ってしまうことに多くの日本人が耐えられるのかというと、そうは思えません。

日本社会は、最近まで"一億総中流"といわれた、格差をとりわけ嫌う社会です。

安定志向で、公務員人気が高く、起業率も低い。投資が少なく、預貯金が多い。そういう国柄です。

また、個人の能力よりはチームで力を発揮する方が得意であるように思います。

しかも、大学が今のままで変わらなければジョブ型で即戦力となる人材を社会に送り出すことはできません。

特定の職種についてはジョブ型が妥当するのは間違いないでしょうが、全体的にはメンバーシップ型をベースとしながらも、時代の変化によって顕実化した問題点を法規制も含め速やかに改善していくべきではないでしょうか。
新しい日本型雇用を模索していくべきでしょう。

ここから、ようやくコーポレート・ガバナンスの世界のはなしです。

17回で説明しましたが、"マネジメント・ボードからモニタリング・ボードへ"というのが現在のコーポレート・ガバナンス改革の流れです。

日本の取締役会は、従業員から出世した社内出身の取締役によって占められてきました。

いわゆる"マネジメント・ボード"です。

これでは、取締役会の監督機能が十分に果たされていないということで、社外取締役を取締役会に送り込み、社長をはじめとする経営陣に対する監督を強化しようというのが、"マネジメント・ボードからモニタリング・ボードへ"というものです。

これは、米国流の"モニタリング・ボード"を意識したものと思われます。

米国ではCEOやCFO以外はほぼ社外取締役で占められている例が多いようです。

日本は、コーポレート・ガバナンス改革により飛躍的に社外取締役の数が増えたとはいえ、まだ米国には到底及びません。

とはいえ、2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂により、プライム市場上場会社に対しては、取締役の3分の1を独立社外取締役にするように要求するようになりました(CGコード原則4-8第1文)。

そして、遂に過半数を独立社外取締役にすることについても言及するようになりました(同第2文)。

米国流のモニタリング・ボードの本質は、少なくとも過半数を占める独立社外取締役が、経営者の選解任権限を持ち、それに基づき株主利益の最大化の観点から経営者を監督することとされています。

簡単に言ってしまうと、経営成績が悪いときには社外取締役が社長をクビにできるのが、モニタリング・ボードなのです。

遂に2021年改訂により、コーポレートガバナンス・コードは真の意味でのモニタリング・ボード(米国型)を志向しているという姿をチラッと見せたのです。

もちろん、コーポレートガバナンス・コードはあくまでソフト・ローであって、法律と異なり従う必要はありません。

コンプライ・オア・エクスプレインといって従わない理由を説明することで足ります。

そのため、日本の上場会社で社外取締役を過半数選任している会社は、現在ではまだ少数派です。

ただし、大幅な増加傾向にあり、プライム市場では12.1%、JPX日経400では17.0%を占めるようになりました(東証「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況」(2022年))。

私が気になるのは、日本独自のメンバーシップ型の雇用形態と米国流のモニタリング・ボードの相性です。

近時、日本でも転職市場が拡大しているとはいえ、まだまだ流動性は低いのが実際です。

上場会社の経営陣や幹部も生え抜きが多くを占めるでしょう。

米国のように従業員の流動性が高い社会で育まれたモニタリング・ボードが日本の企業文化になじむのか。

社外取締役が社長をはじめとした経営陣の首をすげ替えることができるのか。

そして、その際に幹部クラスの従業員の士気や忠誠心は維持できるのか。

各社十分な議論が必要ではないでしょうか。

ジョブ型、メンバーシップ型の詳細については、それらの名付け親と言われている濱口桂一郎先生の「ジョブ型雇用社会とは何か―正社員体制の矛盾と転換」(岩波新書・2021年)をお読み下さい。

メンバーシップ型の源流は戦中の総動員体制にあることなど沿革から説明されている点や、労働法分野の判例法理の根底にある価値判断について述べられている点など、とても興味深い内容です。面白かったので、最近再読してしまいました。

加藤真朗

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