7月13日、13兆円という衝撃的な金額の損害賠償を命じる判決が言い渡されました。
東日本大震災による福島第一原発事故に関し、東電の元経営陣の責任が問われた株主代表訴訟第一審判決です。
政府機関が公表した地震予測に基づき巨大な津波の発生を予見することができたのか、また浸水対策等を講じることにより事故を防ぐことができたのかが争われましたが、東京地裁はこれらを肯定し、被告ら4名の損害賠償怠責任を認めたと報じられています。
大きく報道されていましたので、判決言渡しについては多くの方がご存じだと思います。ちなみに、当事務所の客員弁護士でもある伊勢田道仁関西学院大学教授がNHKニュースで専門家としてインタビューを受けていました。余談ですが。
後日、責任が認められた4名は、控訴したとのことです。
事案の詳細は把握しておりませんが、事案の性格上、控訴審や上告審で異なる判断も十分あり得ると考えています。
今後も注目を集める事件です。
ところで、裁判所が認めた13兆円という損害賠償金額に驚かれた方も多いと思います。
この額は我が国の裁判で認められた史上最高額と言われています。
これほど高額を請求する裁判が提起されたのは株主代表訴訟であるが故でしょう。
訴訟を提起するには請求額に応じて手数料として収入印紙を裁判所に納付しなければならず、請求する金額が増えると納める印紙の額も大きくなります。
Microsoft Word - 費用法別表1 (courts.go.jp)
そのため、裁判実務上は印紙代を考慮して、あえて全額を請求せずに一部請求にとどめる事案もあります。
ところが、株主代表訴訟は請求額がいくら多額であっても印紙代は1万3000円と変わりません。
それゆえ、今回の東電の事件のように請求額が青天井となるのです。
なぜ株主代表訴訟は印紙代が低額に抑えられているのか。
それは株主代表訴訟の特殊性にあります。
第16回でも説明したとおり、株主代表訴訟とは、株主が(元)役員等に対して損害賠償を請求し、株主の請求が認められると損害賠償金は会社に支払われるという裁判です。
取締役の任務懈怠によって会社に損害が生じたのであれば、本来は会社が取締役に対し損害賠償請求をするべきです。
しかし、どうしても役員同士には仲間意識がありますから、その仲間である取締役に対し損害賠償を請求することを躊躇してしまいます。
人情としては十分に理解できますが、それでは会社の損害は回復されませんので、株主にとっては損失です。
そこで、会社に代わって株主が損害賠償を請求する、それが株主代表訴訟なのです。
先に述べたとおり、株主が株主代表訴訟を提起して勝訴したとしても、賠償金は会社に支払われますので、株主にとっては直接的な利益はありません。
それゆえ、通常の裁判と同じように印紙代を納めなければならないのであれば、株主代表訴訟を提起することに二の足を踏むことになります。
実際に、平成5年商法改正以前は印紙代が定額であると明確にされていなかったため、株主代表訴訟はあまり提起されていなかったようです。
このように印紙代については1万3000円で済むのですが、裁判を起こすには印紙代だけではなく弁護士費用が必要となります。
この点、株主が勝訴または和解した場合には、株主は弁護士費用のうち相当と認められる額を会社に対し請求することができます(会社法852条1項)。
しかし、これを裏返せば、株主が敗訴した場合には弁護士費用は株主の"自腹"になるか、株主側の弁護士が"タダ働き"をするということになります。
このように株主にとってリスクが大きいにもかかわらず株主代表訴訟が提起されるのはなぜか。
株主が抱く社会的な問題意識が大きな動機付けとなっているように思います(一方、同族会社など非上場会社においては、経営権争いの一環として株主代表訴訟が提起される例が多くあり、上場会社の場合とは株主の動機が異なります。)。
取締役の違法行為を糺したい、自らの考えを社会に問いたいとの強い想いがなければ、株主はなかなか提訴に踏み切りにくいように思います。
加えて、その意義を理解して着手金を相当低額にするなどして協力してくれる弁護士がいなければ、実際には費用面で株主が提訴することは困難でしょう。
株主代表訴訟の機能としては、先に挙げた損害回復(填補)機能だけではなく、違法行為抑止機能が重要とされています。
もし違法なことをすれば株主代表訴訟で訴えられる可能性があると認識させることで、経営陣に違法行為を控えさせる効果があるということです。
ところが、このように重要な機能を有する株主代表訴訟ですが、最近は新たに提起される件数が減少傾向にあります(福井章代「会社法施行後の株主代表訴訟の概況」資料版商事334号72頁(2012)、旬刊商事法務編集部「ニュース」商事2298号65頁(2022))。
その要因は何か。
企業不祥事自体が減少したのかもしれませんが、そのようなデータを見つけることはできていません。
多くの株主代表訴訟を提起してきた『株主オンブズマン』が解散したことも一つの要因かもしれません。
また、司法改革によって弁護士のマインドがビジネス志向に変化したことも要因かもしれません。弁護士の数自体は大幅に増えましたが、米国と異なり日本ではあまり儲からないとされる株主代表訴訟を受任する弁護士が減少したとも考えられます。
コーポレート・ガバナンスに係る議論においては、経営陣の"暴走"や"怠慢"によって会社、株主が不利益を被るのをどうやって防ぐのかという、いわゆるエージェンシー問題が従来の中心でした。
その中で株主代表訴訟は経営陣の規律付けとして一定の役割を担っていると評価されています。
このまま株主代表訴訟の減少傾向が続くとするならば、他のどのような方法で健全な経営へと誘導していくのかを考えていく必要があるのではないでしょうか。
最後になりますが、今日のコーポレート・ガバナンス改革は第二次安倍政権においてスタートしたものです。
安倍元総理のご冥福をお祈り申し上げます。
加藤真朗
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