加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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オリンパス有価証券報告書等虚偽記載事件② 「弁護士13人が伝えたいこと 32例の失敗と成功」(日本加除出版、2018年)より

日本加除出版より2018年に出版されました「弁護士13人が伝えたいこと 32例の失敗と成功」より、弁護士加藤真朗による執筆部分を掲載いたします。

4 マーケットモデル・イベント分析

前述したとおり、この事件では株主の被った損害額が最大の争点となるところ、会社側からは、マーケットモデル・イベント分析を用いて原告ごとに具体的な損害額を算出した専門家意見書も提出された。

マーケットモデルを用いたイベント分析(イベントスタディ)とは、上場株式の株価変動(収益率)のうち、マーケット(TOPIX等)と連動する部分及び企業固有の部分を除外して、特定の原因(イベント)による株価変動を取り出すための手法をいう。

このように現代ファイナンス理論を司法の場において利用することは、株式価格が問題となる事件ですでに裁判所に取り入れられている。平成27年の日本私法学会においても、ファイナンス理論を裁判所の判断に活用することにつき基本的に前向きに取り上げられている。一寸した流行といえるかもしれない。

本件で相手方から提出された意見書は、上記手法を用いて虚偽記載と相当因果関係のあるイベントによる株価変動、すなわち相当因果関係のある損害を算出しようと試みたものであった。相手方意見書を作成したA氏は、この分野の第一人者のようで、いくつかの事件において意見書を提出し、裁判所がその意見を取り入れた例もあるようであった。

相手方意見書を見た最初の印象は、「うわっ、えらいもん出てきたなぁ。係数とか変数とか難しすぎてようわからんわ」との困惑と、余計なことだが、「これコストすっごいかかったんやろなぁ」というものであった。

当方は、マーケットモデル・イベント分析についての知識が全く足りていなかったので、A氏の書籍・論文も含むこれらに関する書籍等を教材として、勉強した。もちろん、A氏の意見書が提出された裁判例とその評釈等も検討した。そうすると、A氏の意見書が裁判所に常に採用されているわけではなく、また一見採用されているようであっても、A氏の意見書の証拠価値を高く認めたというよりは、実質的には別の理由によるものがあることが分かった。また、A氏の意見書の公正性について厳しく批判する論文も見つかった。

マーケットモデル・イベント分析についてある程度の理解が進むと、A氏意見書の粗も段々と見えるようになった。A氏意見書は、専門家が述べるべき範囲を逸脱しているように思えた。専門的・技術的事項についての知見を超えて、一方当事者であるオリンパスの主張を前提とした記載等がいくつか見受けられたのである。

当方は、A氏意見書は潰せると判断した。現代ファイナンス理論を司法の場で用いることの問題点、A氏意見書自体の問題点等を丁寧に主張・立証した。裁判所における説明会にも自信をもって臨むことができた。

裁判所はA氏意見書を採用することはなかった。

5 この事件から得たもの

この事件で得たものと言えば、あたりまえとされていることの大切さを再認識できたことであろう。

事件を処理するに当たって、裁判例、文献を調査することは、あたりまえのことである。まともな弁護士であれば誰でもやっていることである。問題は、どのレベルまで調査を徹底するかということであろう。

この点、関係するすべての裁判例、文献にあたるべきとの教えも聞く。

もっとも、関係するすべての裁判例、文献を検討するには、担当弁護士の知識・経験や事件類型によっては、凄まじい時間を要することとなる。受任した事件のすべてにおいて徹底した調査を行うことは、時間的に著しく困難と思われる。法律事務所の経営的には、破綻への道を歩むことになる。

クオリティと効率化の両立の観点からは、今後、個々の弁護士の専門性の獲得、事務所内における知見・ノウハウの集積・活用がますます重要となってくるのではないだろうか。

私はこの事件類型についてある程度の知識・経験があったこともあって、見つかる限りの裁判例、その判例評釈、論文、書籍を十分に検討することができた。事件の規模がある程度大きかったことも時間を費やすことができた理由である。

このような状況で事件に向き合うことができたため、終わってみても、『こうしておけばよかった』といった後悔はない。加えて、以上の経験を活かし、平成27年には書籍『有価証券報告書等虚偽記載の法律実務』(日本加除出版)を出版することができた。我が幸運に感謝したい。

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弁護士13人が伝えたいこと | 日本加除出版 (kajo.co.jp)

世代も専門も異なる13人の弁護士が、担当した事件の中から印象に残る32例の事件をストーリー形式で紹介。成功事例だけでなく失敗事例も収録。

事件処理のポイントとなった行動から独自の工夫、当時の心境まで、事件の経過を振り返りながら語られ、どのように考えて事件に取り組み、解決に向けて苦悩したのかなど、各弁護士の経験と知恵がこの書籍に収録されている。

特に若手弁護士に読んでいただきたい書籍としてご好評をいただいており、司法修習生や法科大学院生といった弁護士を目指す方はもちろん、弁護士の仕事に興味のある方など、幅広い方に手に取っていただきたい一冊。

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