日本加除出版より2018年に出版されました「弁護士13人が伝えたいこと 32例の失敗と成功」より、弁護士加藤真朗による執筆部分を掲載いたします(一部図表等を省略しております)。
1 はじめに
私が扱った訴訟で近時終了した事件としては、オリンパスが有価証券報告書等に虚偽記載をしたことによって損害を被った株主156名(注:法人を含む)による集団訴訟がある。
私は、株主側弁護団の代表の立場で事件に関わった。
一方、会社側の代理人は、いわゆる四大事務所の一角を占める事務所であった。
2 事案の概要
本件は、オリンパスが有価証券報告書に虚偽記載をしていた期間に同社の株式を取得した株主が虚偽記載による株価の下落によって損害を被ったことから、民法709条、金融商品取引法21条の2等に基づきオリンパスに対し損害賠償を請求した事案である。
オリンパス株価は、平成23年10月14日のウッドフォード氏の代表取締役解職を端緒とし、その後不正会計等の疑惑が報道されたことによって大幅に下落し、虚偽記載が公表された11月8日には734円、上場廃止のおそれから11日には460円にまで値を下げた。原告として訴訟に加わった株主の多くは、この期間に取得価額より低額で株式を売却していた。
主要な争点は、虚偽記載と相当因果関係のある損害額は幾らかというものであった。
この事件は、争点の異同等により、三つの裁判体に分かれて係属していたが、先行する事件の高裁判決(大阪高判平28.6.29金判1499号20頁、地裁判決は大阪地判平27.7.21金判1476号16頁)を経て、すべて訴外和解で終了している。高裁判決は、大要、株価下落額の8割を損害額として認めていた。
3 著名学者の意見書
この類型の訴訟では、西武鉄道事件、ライブドア事件、アーバンコーポレーション事件の最高裁判決が存在していたものの、未だ司法判断の行く末が見通せない論点が存在していた。そのこともあって、会社側からは著名な商法学者の意見書が5通提出された。会社法関係の事件で大事務所が用いる典型的な手法である。
相手方から意見書が提出された場合、基本的にはそれに対抗する意見書の提出を検討する。特に、医療・建築・機械といった技術的な問題については、その分野の専門家の意見書(私的鑑定)は極めて重要性が高いため、可能な限り対抗する意見書を提出する。また、株価・不動産価格の争いについても公認会計士・不動産鑑定士の作成した意見書(私的鑑定)の提出の必要性は高い。
一方、法律学者が作成した法律意見書については、裁判官が重視しない傾向にあるため、対抗する意見書を提出する必要性は減少する。裁判官には「我々こそ法律解釈のプロである。」との矜恃があるためと思われる。
相手方から提出された法律意見書に対抗する意見書を提出すべきか否かの判断に当たっては、裁判例、学説の動向を見極める必要がある。
先例のない案件であれば、対抗する意見書を提出する必要がある。
逆に、相手方から提出された意見書の内容が最高裁判例に反する場合は、原則として無視してよい。例外は、判例変更の兆しが感じられるときである。
最高裁判決がない事案においては、即断できない。たとえ、相手方意見書の内容が下級審裁判例の大勢に反していたとしても、油断してはならない。学説の動向によっては、別の判断もあり得るからだ。
相手方意見書が下級審裁判例の大勢や学界の通説に反している場合は、当方に有利な論文等を裁判所に提出することで足り、対抗する意見書を提出する必要性は低い。
別途、対抗意見書を提出するか否かを判断するに当たっては、当方の意見書作成に協力してくれる専門家がいるのか、その専門家にお支払いする謝礼が用意できるのかという点も重要となる。会社法関係のジャンルでは、その謝礼の高騰が噂されているところでもある。
本件の場合、前述のとおり相手方から著名学者4名の意見書計5通が提出された。「おお、さすが四大事務所やな。ビッグネームばっかしやん」と内輪では大いに盛り上がったが、現実問題としては、対抗する意見書を提出するべきか、その対応を決める必要があった。
当方は、この類型の損害賠償請求事件について、見つかる限りの裁判例、その判例評釈、論文、書籍を検討していた。その上で、今回は対抗する意見書を提出する必要がないと判断した。相手方の意見書はいずれも裁判例・学説の趨勢からすると裁判所に与える影響はごく軽微と考えられたからである。
当方は、裁判例・学説を引用して相手方意見書を批判した。地裁判決も高裁判決も、相手方意見書が結論に影響を与えた様子は見受けられなかった。(②へ続く)
弁護士13人が伝えたいこと | 日本加除出版 (kajo.co.jp)
世代も専門も異なる13人の弁護士が、担当した事件の中から印象に残る32例の事件をストーリー形式で紹介。成功事例だけでなく失敗事例も収録。
事件処理のポイントとなった行動から独自の工夫、当時の心境まで、事件の経過を振り返りながら語られ、どのように考えて事件に取り組み、解決に向けて苦悩したのかなど、各弁護士の経験と知恵がこの書籍に収録されている。
特に若手弁護士に読んでいただきたい書籍としてご好評をいただいており、司法修習生や法科大学院生といった弁護士を目指す方はもちろん、弁護士の仕事に興味のある方など、幅広い方に手に取っていただきたい一冊。