日本加除出版より2018年に出版されました「弁護士13人が伝えたいこと 32例の失敗と成功」より、弁護士加藤真朗による執筆部分を掲載いたします。
3 株主代表訴訟
(3) 控訴審
一般に、控訴審においては、第1回の弁論だけで終結されてしまう事件が多い。弁護団としては、直接不祥事に関与していない取締役らの事件について、一審の審理が十分に尽くされていないことを強調した。また、約106億円という巨額の損害に膨れあがったのは、ダスキンの隠蔽体質に対する厳しい批判が主な理由である旨主張・立証を尽くし、「自ら積極的に公表しない」との経営判断の不合理性を攻撃した。
弁護団は、多くの立証活動を行ったが、うち二つの例を挙げる。①国民生活センター特別調査事務局による『[特別調査]:「製品回収」をめぐる現状と問題(概要)』を提出し、消費者に対するアンケート結果では、危険がなくても不具合がある以上公表して回収すべきとする率が84.6%を占めることなどを立証した。②食品販売に関し異物混入等の問題があった際の販売会社による商品回収・謝罪広告を多数提出するとともに、当該会社の有価証券報告書を提出し、公表するなど適切な措置を取った場合には、ダスキンと異なり当該会社に大きな損失が発生していないことなどを立証した。
迎えた第1回期日、大阪高裁は、控訴審では異例ともいえる5名の尋問を認めた。第一審の審理が不十分であったことを認めたのであろう。控訴審で多人数の尋問が認められたことにより、弁護団は逆転の可能性に色めき立った。
(4) 尋 問
尋問に備え、弁護団は、証人(本人)ごとにチームを編成し、準備にあたった。特に相手方本人である取締役ら3名の尋問については、経営判断の誤りを浮き彫りにすることを目標とした。
尋問当日は取材陣やダスキン関係者などで傍聴席はあふれ、独特のムードを醸し出していた。
原告側証人に続き、取締役らの尋問となった。中山先生、金子先生のベテランらしいユーモア溢れる尋問のおかげで、若手弁護士達の緊張も解けた。
この日のメインは、「自ら積極的に公表しない」との経営判断をした当時の社長の尋問であった。担当チームは、経営判断に至る具体的な議論の状況 ─どのような事実認識の下で、考えられるいくつかの方策のうちから、なぜこの方策を選択したのか等─について、集中して尋問を浴びせた。社長は曖昧な答えを繰り返し、逃げの姿勢に終始した。そのため、裁判長は「公表しないことによるメリット・デメリットは何か」と尋問し、社長はやむを得ず「メリットは非難を避けられること、デメリットはない」と答えた。
裁判長は、「そのメリットというのは、ずっと隠しおおせられたらもたらされるものですね」と静かに尋ねた。
(5) 逆転判決
大阪高裁は、直接不祥事に関与していない取締役ら全員に対し、損害賠償責任を認めた。不祥事の認識時期により約2億円から約5億5、000万円の支払を命じた(大阪高判平18.6.9判時1979号115頁、判タ1214号115頁、資料版商事法務268号74頁)。
「自ら積極的に公表しない」ということは「消極的に隠蔽する」とも言い換えられる、経営判断というに値しない、と切り捨てられていた。
逆転判決の言い渡し直後、法廷で中山先生と握手を交わしていた。
4 結果を得られた理由
ダスキン株主代表訴訟は、企業不祥事に当たって経営者の取るべき行動につき、一定の示唆を与えた意義あるものと考えている。このような結果を得られた理由として、私個人としては以下のように考えている。
第1に、中山先生、金子先生が、若手弁護士を信頼してくださったことにある。このことにより、準備書面を主に起案した細見孝次弁護士をはじめとした若手弁護士は、自由な気風の中、楽しみながら事件に向き合うことができた。
先例がないなど困難な案件を処理するためには、主張の組立てや証拠の収集等において創意工夫が必要となる。そのために有益だったのが弁護団における活発な議論であった。議論の中で、新しいアイデアが生まれ、それが検証されていく。その過程を経たものが、訴訟に活かされたのである。
この経験もあって、私の事務所では、議論の場においては先輩・後輩の差はなく弁護士として対等であると教え、議論を大いに奨励している。優秀な弁護士であっても、常に完璧な事件処理ができるわけではない。複数の弁護士が関わり、議論を深めることによって、そのクオリティが向上すると考えている。
第2に、伊勢田道仁金沢大学教授(現関西学院大学教授)にご協力いただいたことも、勝因の一つと考えている。
伊勢田先生は、金子先生にご紹介いただいたのだが、弁護団の主張に大きな示唆を与えてくださった。また、被告らの善管注意義務違反の有無について法律意見書も作成していただいた。
法律意見書については、裁判官によってはほとんど効力がないといわれることもある。私の経験からもある程度首肯できる。もっとも、先例のない案件については、法律意見書が効力を有する場合もあると考えている。裁判官の思考の整理を助けるだけでなく、思い切った判決を書く後押しになるものと思われる。
伊勢田先生の意見書は、いらぬ事実認定に踏み込むこともなく、直接不祥事に関与していない取締役らの主張する情報収集・検討プロセスを前提としても、経営判断原則が適用されない旨結論付けるもので、説得力のあるものであった。
本件において、伊勢田先生の意見書が、裁判所の判断に影響を与えた可能性は十分にある。
最後は、信念の人である原告の坂井氏の存在である。坂井氏が厖大な熱意とコストをかけたからこそ、弁護団はこのような経験を得ることができた。揺るがぬ信念で判決を勝ち取った坂井氏は、平成29年1月28日に永眠された。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
弁護士13人が伝えたいこと | 日本加除出版 (kajo.co.jp)
世代も専門も異なる13人の弁護士が、担当した事件の中から印象に残る32例の事件をストーリー形式で紹介。成功事例だけでなく失敗事例も収録。
事件処理のポイントとなった行動から独自の工夫、当時の心境まで、事件の経過を振り返りながら語られ、どのように考えて事件に取り組み、解決に向けて苦悩したのかなど、各弁護士の経験と知恵がこの書籍に収録されている。
特に若手弁護士に読んでいただきたい書籍としてご好評をいただいており、司法修習生や法科大学院生といった弁護士を目指す方はもちろん、弁護士の仕事に興味のある方など、幅広い方に手に取っていただきたい一冊。