加藤&パートナーズ法律事務所

加藤&パートナーズ法律事務所

法律情報・コラム

法律情報・コラム

ダスキン大肉まん事件株主代表訴訟① 「弁護士13人が伝えたいこと 32例の失敗と成功」(日本加除出版、2018年)より

日本加除出版より2018年に出版されました「弁護士13人が伝えたいこと 32例の失敗と成功」より、弁護士加藤真朗による執筆部分を掲載いたします。

1 はじめに

近時も企業不祥事が続発している。それらの事例の多くは、企業自らが不祥事を公表したものである。ダスキン株主代表訴訟は、企業が不祥事を起こした場合に、自ら積極的に公表するという対応を定着させたものといえよう。

この事件においては中山嚴雄先生が株主側弁護団の団長を務められた。私も弁護団の一員として参加させていただいた。中山先生が紹介されないとのことなので、僭越ながら私が紹介させていただくことにした。

2 大肉まん事件の概要

ミスター・ドーナツを運営するダスキンは、中国から輸入した大肉まん(中華饅頭)を販売していたところ、ダスキンの取引業者は、大肉まんにわが国では認可されていない添加物が混入していることを知り、平成12年11月にこの事実を担当取締役に伝えた。ミスター・ドーナツ担当取締役2名は、この事実を代表取締役や取締役会に報告することなく、当該業者に対しいわば「口止め料」とし6,300万円を支払い、食品衛生法に違反して在庫の販売を継続した。その後、これらの事実は、時期は異なるものの社長以下その他の役員の知るところとなった。ところが、ダスキン経営陣は、「自ら積極的に公表しない」との方針をとって、無認可添加物混入の事実などを公表することはなかった。

平成14年5月、匿名の告発により一連の事実がマスコミにより大々的に報道された。混入した無認可添加物は人体に悪影響を及ぼすものではなかったが、その隠蔽体質を含めダスキンは厳しい批判に曝され、加盟店に対する営業補償等を出捐するなど大きな損害(約106億円)を被った。

3 株主代表訴訟

(1) 信念の人

本件事件の原告株主である坂井洋氏は、ダスキンOBであったが、「企業は社会の公器である」との信念を持った人物であり、社会の信頼を裏切り会社に損害を与えたダスキン経営陣の責任を追及したいと考え、中山先生と面談した。経営陣に怒りを感じていた他の株主数名も中山先生と面談したが、結局株主代表訴訟を提起したのは、坂井氏唯1人であった。他の株主は、原告となることによる不利益を懸念したのである。

また、自らの利益のために坂井氏を利用しようと考え接触してくる関係者も何人かいた。しかし、坂井氏の信念は全く揺るがなかった。

(2) 提 訴

弁護団は、中山先生を団長とし、金子武嗣先生が副団長、他は私の同期を中心とした若手(当時)弁護士の10数名であった。

弁護団は、平成15年に株主代表訴訟を提起し、大阪地裁商事部(4民)に係属した。

坂井氏と弁護団は、事実を隠蔽して販売を継続した担当取締役2名が責任を負うべきは当然であるが、不祥事には直接関与していないが事実認識後に公表するなどの措置をとらなかった取締役らの責任も重いと考えた。事実認識後速やかに公表するなどの措置をとっていれば、これほど大きな批判に曝されることもなく、ダスキンに巨額の損害は生じなかったと考えたからである。

そのため、先例はなかったが、公表しなかったこと等が取締役らの善管注意義務違反に当たるとの主張を展開することとなった。

これに対し、直接不祥事に関与していない取締役らは、大要、「自ら積極的に公表しない」との経営判断を選択したのであって、経営判断原則が適用され、善管注意義務に反しない旨主張した。

多くの下級審判決において用いられる経営判断原則とは、取締役の経営裁量を尊重し、①意思決定の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがあったか、②その意思決定の過程・内容が企業経営者として特に不合理、不適切なものであったかを審査するものである。経営判断原則を適用した結果、取締役等の善管注意義務違反が否定された事例は多い。

被告らの狙いが、自己に有利なフィールドで闘うことにあるのは明白であった。

弁護団の思惑と異なり、裁判所は、訴訟の早い段階で、直接不祥事に関与した2名の取締役と、直接関与していないその他の取締役ら11名の審理を分離した。弁護団は、裁判所がその他取締役らの責任を認めない方向で審理を進めるものと考え、これに強く反対したが聞き入れられなかった。

その後は、弁護団がおそれたとおり、11名の取締役らについては、当方が到底受け容れられない内容での和解を勧められ、弁護団の尋問申請の多くも認められず、審理は終結した。

第一審判決は、11名の取締役らのうち、事実の存在を知らされながらも代表取締役や取締役会に報告しなかった専務取締役(当時)についてのみ、約5億3,000万円の損害賠償責任を認めた。

しかし、「自ら積極的に公表しない」との方針をとったことについては、責任を否定した(大阪地判平16.12.22判時1892号108頁、判タ1172号271頁、金判1214号26頁、資料版商事法務250号186頁)。積極的に公表するなどの措置をとらなかったことと損害との間には因果関係がない、被告らが不祥事を隠蔽した事実はない、と判断したのである。肝腎の論点で弁護団は敗れてしまった。

一方、不祥事に直接関与した担当取締役2名については、約106億円の損害賠償責任が認められた(大阪地判平17.2.9判時1889号130頁、判タ1174号292頁、金判1214号26頁、資料版商事法務256号21頁)。

両事件ともに、大阪高裁に舞台が移ることとなった。(②へ続く)

000000001693-01-l.jpg

弁護士13人が伝えたいこと | 日本加除出版 (kajo.co.jp)

世代も専門も異なる13人の弁護士が、担当した事件の中から印象に残る32例の事件をストーリー形式で紹介。成功事例だけでなく失敗事例も収録。

事件処理のポイントとなった行動から独自の工夫、当時の心境まで、事件の経過を振り返りながら語られ、どのように考えて事件に取り組み、解決に向けて苦悩したのかなど、各弁護士の経験と知恵がこの書籍に収録されている。

特に若手弁護士に読んでいただきたい書籍としてご好評をいただいており、司法修習生や法科大学院生といった弁護士を目指す方はもちろん、弁護士の仕事に興味のある方など、幅広い方に手に取っていただきたい一冊。

トップへ戻る