法律事務所によるB型肝炎訴訟についてのテレビ、インターネット広告をしばしば見かけます。いわゆる過払い金請求に特化して大きくなった新興事務所が広告主の中心の印象です。
これらの広告は、昭和23年から昭和63年までの間に受けた集団予防接種等の際に、注射器が連続使用されたことが原因でB型肝炎ウイルスに持続感染した方やその方から母子感染した方(それらの相続人も含む)を対象とするものです。
B型肝炎被害者の救済については、B型肝炎訴訟の原告団・弁護団が切り開いたものです。国も被害者救済に動いており、訴訟手続き等について詳細に記載したHPを厚労省が公開しています。
B型肝炎訴訟について(救済対象の方に給付金をお支払いします) |厚生労働省 (mhlw.go.jp)
何ら帰責性がないにもかかわらず病気で苦しむ方々に対し国の救済制度を広く知らしめるという点で、一部法律事務所によるB型肝炎訴訟の広告は一定の役割を果たしていると言えるでしょう。
弁護士による広告の"本家"である「過払い金」の広告はピークより大幅に減ったように思います。
過払い金返還請求は、ごく一部の例外を除けば、その処理に必要なスキルは高度とは言いがたく(実質事務員任せのため、日弁連が弁護士による面談をわざわざ必要と定めたほどです。)、驚くほど手間がかからないため、効率良く高収益を上げることができました。そのため、弁護士業界、司法書士業界は"過払いバブル"を謳歌したと言われています。その受任を狙って、弁護士、司法書士の広告が巷に溢れかえったのです。
もともと弁護士の多くは"儲け"について貪欲ではなかったように思います。
著名な企業法務弁護士である中村直人先生でさえ、かつてタイムチャージに換算すると「200円」の事件があったと記していました(『弁護士になった「その先」のこと。』120頁(商事法務・2020))。
これは大げさではなく、実際にあり得ることです。案件の経済的利益の大小と処理に要する時間はあまり関係がないため、小さな案件であっても最善を尽くそうとすると膨大な時間を要することがあります。タイムチャージ制で報酬を頂かなければ、とんでもなく"儲からない案件"というのがどうしても発生するのです。
従来型の弁護士の多くというのは、このような案件も含めて縁があって自分のところに来た案件を受任していたら、逆に"儲かる案件"も含まれるので、ある程度のバランスに収まっていたというのが実態だったと思います。
ところが、過払いバブルにより、前述の過払い金請求に特化し、"儲かる案件"を選択して受任しようとする新興事務所が出現したのです。高いスキルが要求されず、効率的に高収益を獲得できる分野に集中して広告を打ち集客を図ったのです。
ビジネスの世界の住人にとっては「経営戦略」のイロハで当然のことでしょうが、弁護士業界に「選択と集中」を持ち込んだ点で画期的と言えます。
しかも、丁度司法改革により弁護士が大幅に増員されており、新規採用も比較的容易であったため規模の拡大も可能だったのです。
その後、それらの事務所は過払い金案件が減少したことにより、他の効率的と考える分野に広告展開していると考えられます。その一つがB型肝炎訴訟なのでしょう。
長々と弁護士業界の話をしてきましたが、一連のコーポレート・ガバナンス改革も日本企業の"儲ける力"を復活させようとするものです。
例えば、コーポレートガバナンス・コードは、事業ポ-トフォリオについて言及しています(補充原則4-2②、原則5-2)。平たく乱暴に言えば、「儲からない分野は切り捨てて、儲かる分野に集中投資しろ」ということなのです。
会社は営利を目的としています。
会社法の教科書でも、法人性とともに最初の方に営利性の説明があります。
法令等のルールを守った上で稼ぐことは、株主はもちろんのこと従業員にとっても良いことです。納税することで社会にも貢献できます。大げさに言ってしまえば、個々の企業がそれぞれ稼ぎを増やすことができればそれらの集積の結果、日本も経済成長することができます。
弁護士法1条1項には、弁護士の使命として「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」とあります。
そのような本来営利とは無縁かのような弁護士の中でさえ、ビジネスに邁進している者がいます。
ビジネスの世界で生きてらっしゃる方はその道のプロなのですから、稼ぐ為にはどうすればよいかもっと頑張って頂かねばなりません。
頑張りが足りないなら、社長であってもCEOであっても首をすげ替えろ、というのがコーポレートガバナンス・コードの考え方と言って良いでしょう(補充原則4-3②、同4-3③)。
以前、仲の良い弁理士に叱られたことがあります。
「士業はあんまりお金を貰ってはいけないと思っているからダメなのだ。」
「そもそも日本人はお金儲けを悪いことだと思っているフシがある。それだから欧米に勝てないんだ!」
血中アルコール濃度が相当高い状況下での発言ですが、まま頷ける話であります。
加藤真朗
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