コーポレートガバナンス・コードの策定を実質的な嚆矢とするコーポレート・ガバナンス改革は、いわゆる"攻めのガバナンス"に主眼を置いたところが特徴的です。いわば"稼ぐためのガバナンス"ということで、世界にも類を見ないものと言われています(江頭憲治郎『株式会社法 第8版』403頁注9(有斐閣・2021))。
その成果はまだ明確になったとは言えないため批判もあります。しかし、長期低迷が続く我が国において、何もせずに放置するよりは余程前向きと捉えるべきでしょう。
攻めがあるなら守りもあります。一方の企業不祥事による企業価値の棄損を防止する"守りのガバナンス"の重要性について否定する声は小さいでしょう。
守りのガバナンスで重要なのが内部通報制度です。不祥事情報を早期に取得して適切な対応を取り会社の損害を最小化する、また、内部通報制度の存在が牽制として働くことにより不祥事発生を未然に防止するといった機能が期待されています。企業価値を守るために重要な役割を果たしており、大企業であれば当然に内部通報制度を設けています。
コーポレートガバナンス・コードにおいても、原則2-5、補充原則2-5①にて内部通報制度について規定しています。
この内部通報制度に関わる公益通報者保護法が令和2年に改正され、本年6月1日の施行が予定されています。
改正点は多岐にわたりますが、注目すべきは内部通報に関わる「従事者」に守秘義務が課せられ、違反に対し罰則が設けられるなど通報者保護を徹底しようとしている点です。
内部通報制度が機能するためには、通報者を保護する必要があります。保護されなければ、誰も怖くて通報することができません。
しかし、現実には日本郵便の事件など、通報者が不利益を被った嘆かわしい事例が発生しています。
くれぐれも通報者に不利益が生じないように、制度設計、そして運用がなされる必要があります。
形式的に内部通報制度を設けさえすればよいのではなく、その機能を十全に発揮するためにはどのように変えていくべきなのか、公益通報者保護法改正はその点を改めて検討し直す良い機会になると考えます。
ところで、令和2年改正により内部通報制度の設置が従業員300人超の会社に義務づけられることになりました。比較的規模の小さな会社にとっては負担が大きくなることは確かです。しかし、不祥事情報を早期に認識して、取り返しがつかなくなる前に適切な手を打つことは企業価値を守る上で、とても重要なことです。これは企業規模によって差はありません。
また、寄せられる情報は、現実には直ちに企業価値に影響を与えるような重大問題が通報されることはほとんどなく、ハラスメント等の情報や単なる不平不満と言ってもよいようなものが多くなります。そのため、内部通報制度の効用をすぐに実感することは少ないかもしれません。
しかし、これらの通報も働く従業員にとっては重大事であり、会社がこれらに適切に対応することは、従業員の会社に対する信頼を高めることになります。
リソースとして最も重要なのは"人"でしょう。これを大切に扱うという意味でも、内部通報制度を充実させる価値は十分にあります。
「備えあれば患いなし」ともいいます。内部通報制度を設けたからといって必ずしも安心とまでは言えませんが、BCP(事業継続計画)と同様に事が生じてから後悔してもどうしようもありません。何もせずに放置するという選択は許されないのです。
加藤真朗
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