加藤&パートナーズ法律事務所

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法律情報・コラム

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近時の重要裁判例  TOYO TIRE品質不正に係る株主代表訴訟事件 (大阪地判令和6年1月26日LEX/DB: 25598382)

第1 判決の概要

 本件は、完全子会社(B社)が建築基準法に基づく技術的基準に適合しない免震積層ゴムを販売したことに関し、親会社(A社)取締役の損害賠償責任が認められた株主代表訴訟です。

 当該技術的水準を満たしていない(または満たしているか明確ではない段階において)免震積層ゴムを出荷すべきか否か、さらにその事実を公表すべきか否か、公表すべきとしてどの時点で公表すべきか否かは、取締役の経営判断に属する問題であり、その経営判断が善管注意義務となるかが問題となった事例です。

第2 事案の概要

1 当事者等

⑴A社

 各種タイヤの製造販売のほか、ダイバーテック事業(鉄道車両用の防振ゴム等のゴム製品の製造販売)を行う株式会社。

⑵B社

 A社の完全子会社で、免震積層ゴム(ダイバーテック事業の一製品)の製造販売を行う株式会社。

 A社が行っていたダイバーテック事業分野のうち、化工品の製造・開発・販売部門はB社設立時にB社へ移管されていました。

⑶原告

 A社の株主。

⑷被告ら

 被告らは、平成26年3月~平成27年3月までA社の取締役にあった者らです。

・Y1及びY2

 免震積層ゴムの技術的基準への適合性の確保、品質管理に直接携わる地位にあったA社の取締役。

・Y3

 入社以来タイヤ事業本部に所属し、免震積層ゴムの製造販売等に携わったことはない取締役。

・Y4

 文系出身の総合職で、免震積層ゴムの製造販売等に携わったことがない取締役。

2 争点

 ⑴Yらが建築基準法所定の技術的基準に不適合のある免震積層ゴム(以下「本件製品」という。)の出荷停止を判断すべき善管注意義務違反があったか

 ⑵本件製品が技術的基準に適合しないものがあるという問題を国交省に報告するとともに一般に公表する判断をすべき善管注意義務違反があったか

3 裁判所の判断

⑴ 争点⑴について

 裁判所は、取締役の任務懈怠責任が認められるかの判断に当たって、「建築基準法に基づく技術的基準に適合すると認識ないし評価した取締役の当時の当該認識ないし評価に至る過程が合理的である場合には、かかる認識ないし評価を前提に、当該判断の当否について検討するべきである会社が大規模で分業された組織形態になっている場合には、取締役が、業務を分担する各部署で検討された結果を信頼してその判断をすることは、下部組織から提供された事実関係や分析及び検討の結果に依拠して判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情のない限り、基準に適合するとの認識ないし評価に至る過程は合理的ということができる。」「備えるべき品質や性能に係る基準がその製品や製品を要素とする完成品の安全性にかかわるものである場合には、特段の事情があるか否かについて、より慎重に検討することが求められる。」との規範を示し、Yらの善管注意義務違反の判断にあたっては、経営判断原則[1]ないし信頼の原則[2]が働くことを示しました。

 ア Y1について

 その上で、裁判所は、Y1について、A社の取締役及びダイバーテック事業本部長であり、B社の担当取締役として、B社による本件製品の製造、出荷業務の一般的な指揮監督を行う立場にあったにもかかわらず、

・平成26年5月12日以降、本件製品が技術的基準に適合していないことを示唆する報告を受け、

・その後同年8月19日頃までに、一級建築士から本件製品を使用した建築物は建築基準法に違反する違法建築物になる旨の回答を得て、

・同年9月12日に出荷を停止した方がよいとの弁護士の助言を得て、

・同年9月16日午前、出荷を停止する方針を取ったにもかかわらず、

・同日午後、Dから一定の補正により基準を満たすことができるとの報告(以下「D報告」という。)を受け、同報告の内容を信じて、本件出荷を停止しないと判断したという、一連の事実関係を認定し、

 Dは本件製品の技術的知識を有していないこと等からD報告によって直ちに本件製品の技術的基準への適合があるというには疑義を感じさせるものであったとして、D報告に依拠して本件製品の出荷停止をしないと判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情がありY1の判断過程は合理的なものであるとはいえないとして、Y1は出荷停止を判断すべき注意義務を怠り、任務を懈怠したと判断しました。

 イ Y2について

 裁判所は、Y2については、取締役就任前後において製品の品質保証を担当する立場・役職にあったことから、Y1と同様に出荷停止の判断をすべき注意義務を怠ったとして、任務懈怠責任を肯定しました。

 ウ Y3について

 一方、裁判所は、Y3、Y4については、本件製品の技術的基準への適合性の確保やその品質管理に直接携わる地位、職務にはないことを理由に、任務懈怠責任を否定しました。

⑵ 争点⑵について

 裁判所は、「取締役としては、出荷済みの製品が基準に適合しない場合可及的速やかに国交省に報告するとともに、一般に向けて公表することが求められる。国交省への報告及び一般への公表に係る注意義務については、調査の進捗状況及び内容、基準違反の内容やそれによる影響の程度、当該取締役が認識した事情等の具体的な事実関係等を踏まえて判断される。」との規範を示した上で、

 ・平成26年9月16日頃時点での報告・公表にかかる義務違反については

  引き続き調査が必要な状況であったことを理由に否定し、

・平成26年10月23日時点での報告・公表にかかる義務違反については、

 従前既に出荷された本件製品が技術的基準に適合しない物件が複数あることの報告を受け、弁護士からは出荷を停止し国交省への報告が必要になるとの助言を受けており、加えて同年10月23日会議において、Y2、Y3、Y4が本件製品のリコールは不要であるとの見解について反対の意見を述べ、本件製品が基準に適合しないことを前提とした今後の対応方針が協議されていたことからすれば、同年10月23日の時点でYらの間で基準に適合しない本件製品があることは明らかになっており、既に相当数の建物で現に使用され、これを用いている建物の改修方法等を示して報告・公表するにはしばらくの時間を要し、これを待ってはいつ公表できるか明らかでない状況であったと評価し、

 Yらは、同日の時点で、国交省に報告する判断をするべき義務とともに一般への公表をする判断をすべき義務を負っていたのに、これを怠ったとしてYらの義務違反を肯定し、任務懈怠責任を肯定しました。

4 本判決の特徴

 争点⑴との関係では、取締役がD報告に依拠して本件製品の出荷停止をしないと判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情の有無について時系列に沿って詳細な事実認定をしている点が特徴的です。

 また、争点⑵との関係では、本件製品が技術的基準に適合しないものがあるという問題を国交省に報告するとともに一般に公表しなかった義務が認められる時点を複数検討した上で、その特定の時点において義務違反があったと認定している点で特徴的な裁判例です。

第3 本判決の実務上のポイント

1 本判決の意義

 本判決は、取締役の経営判断の当否が問題となった事例であって、子会社製品を出荷停止する判断等について親会社取締役の業務執行の一環であるとして親会社取締役の子会社管理にかかる任務懈怠責任が認められた事例として実務上参考になります。

 また、監督官庁への報告や一般公表が遅れたことへの信用毀損に基づく損害賠償請求が認容された事例として実務上参考になります。

2 望ましい実務上の対応

 本判決を前提とすると、経営判断事項であってもその判断が人の健康・安全に関わる事項である場合には取締役の裁量が狭く解され、厳しく判断される可能性があるので注意が必要であると考えられます。

 また、製品の安全性に関する基準に違反する事象が発生した場合、仮にその事象への具体的な対応方針等について検討中の段階であっても、場合によっては当該事象が明らかになった時点で所管官庁への報告や一般への公表義務を検討するべきであると考えられます。

 そのほか、会社においては、不正を発見した従業員は、役員等に早期に報告するなどの体制を整備することも重要であると考えられます。



[1] 経営判断原則とは、取締役の業務執行は不確実な状況で迅速な決断をせまられることが多いため、その当否について事後的な評価がされると、取締役の判断を萎縮させてしまうことから、善管注意義務がつくされたかの判断に当たっては行為当時の状況に照らして判断の過程・内容に不合理な判断されなければ取締役には幅広い裁量を認めるという考え方です。

[2] 信頼の原則とは、判断の過程における情報収集と調査に当たっては、弁護士、公認会計士等の専門家の意見を信頼した場合には、専門家としての能力や資質に特に疑うべきような事情があった場合を除き善管注意義務違反にはならず、また、他の取締役や従業員等からの情報についても特に疑うべき事情がない限りそれを信頼しても善管注意義務違反にはならないという考え方です。

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