4 判断
千葉地裁は争点について以下のように判示し、概ねXの主張を認めました。Xの勝訴と言える内容です。
争点ごとに説明します。
①X一人で監査役報酬額の決定ができるか?
裁判所は、一人で決定することも許容されると判断しました。
会社法387条の趣旨は監査役の独立の保障であり、一人監査役が自己の報酬額を決めたとしても、その趣旨に反しないとしています。また、株主総会決議により報酬の上限額が画されているため株主の利益も害さないとしました。
②監査役任期の途中に報酬の増額ができるか?
この点、本件の事情の下では許容されると判断しています。
裁判所は、監査役が最高限度額の範囲内で自己の報酬額を決定するときには、その額を報酬額とする期間を定めることができ、それが会社との間の報酬特約の内容となると判示しました。そして、Y社においては、Xが毎年報酬協議書を提出していたことから、その期間は1年間と認められるとしています。すなわち、本件増額決定は、任期途中で増額できるかという点でも、問題なし、とされたのです。
③本件解任決議に正当理由があるか?
裁判所は、解任に正当理由はないと判断しました。
Y社は、平成24年度から任期を1年とするXとの合意があり、Xがその合意に反する意思を示したことから本件解任決議をするに至った旨主張していました。
しかし、裁判所は、監査役の独立の保障の観点から、監査役の任期は定款の定めや株主総会決議によっても短縮できないのであって、Y社X間の合意で短縮できないと判示しています。ちなみに、XY社間の任期を1年とする合意の存在自体も否定しています。
また、⑤で述べるように、Xの本件増額決定が善管注意義務に違反しないことも正当理由がない根拠としています。
④Xの損害額はいくらか?
①②で述べたように、Xの本件増額決定は有効ですので、増額後の月額100万円を前提に解任後の残任期である2年分の報酬相当額が損害として認められました。
また、退職慰労金、功労金についても月額100万円が前提の計算で算出された額と実際の支給額との差額が損害として認められています。
⑤本件増額決定がXの善管注意義務に違反するか?
裁判所は、善管注意義務に違反しないとしました。
Y社は、本件増額決定は、ⅰ株主の合理的意思に反する、ⅱ不合理なものであるとして善管注意義務違反を主張していました。
しかし、裁判所は、ⅰについては、株主が一人監査役の報酬最高限度額として相当でないと判断するのであれば、最高限度額を引き下げる変更決議を行うべきなどとして、ⅱについては、Xが監査役減員による職務の負担を負っていたこと、自己の職務内容や他社の監査役報酬との比較検討をして本件増額決定をしたことなどを根拠として、Y社の主張を排斥しています。
5 雑感
本件判決は、監査役の独立を尊重したもので、高く評価するべきでしょう。
商法・会社法は一貫して監査役の権限強化、独立性の確保を図ってきました。ところが、実際には、監査役の地位が明らかに向上したとは言い切れません。実務上、会社側(経営陣)の人事の都合で、監査役に対し、任期途中で辞任を求める例があるようです。これは本来の監査役の役割に鑑みると不適切と言わざるを得ません。監査役が、監査対象である経営陣による人事コントロールの下に置かれてしまえば、実効性ある監査が阻害されてしまうリスクがあります。
本件は、Xが経営陣による"人事"を拒否したことから裁判にまで至った事案です。Xの行動には相当な勇気が必要だったと思います。Xが自らの報酬を引き上げた点には賛否両論があるかもしれません。また、Xの行動それ自体が直接Y社の企業価値を上げた訳ではないでしょう。
しかし、その行動が監査役の独立の重要性に光を当てたことは間違いありません。これは、間接的に各企業における監査役の地位の向上に繋がっていくでしょう。
また、世の監査役・監査等委員・監査委員の方々に勇気を与えることができたのであれば、その価値は非常に高いものだと言えます。
加藤真朗
(続く)
監査役の独立Ⅰ ―千葉地裁令和3年1月28日判決・金判1619号43頁①―